槇村焔

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1章

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男は狼なのよ…ー

誰が最初にそんな言葉を使い始めたんだろうか。

男が〝狼〟だなんて。



 時に獣のように相手を襲いかかる者もいるからだろうか。

相手をねじ伏せる、野生じみた激しいセックスが、狼を連想させてしまうからなのだろうか。



狼を理性が無いけだもののように言う風潮に、僕は昔から疑問に思っていた。



 狼は、一夫一妻で、番つがいが見つかったら、死ぬまでその番だけしか愛さないし、愛せない生き物だと、テレビのドキュメンタリーでやっているのを見かけたことがある。

他の相手なんて目移りすることもない。



たった一人、番だけを愛し、愛される。

求め与えあい、慈しむ。



軽々しく番以外を愛さないし、自分のパートナー以外を、人間のように求めることもないのだ。

狼は番だけしか、愛せない生き物。

愛が深い生き物なのだから。







ーー狼ーーー





『男は狼。

だから、油断していたら、パクリと食べられちゃうのよ。気をつけなさい。

どんな紳士的な男でも、化けの皮剥がれたらどんなものかわかったもんじゃないわ。

仮面の裏じゃ、今夜どう生娘の服を脱がそうか虎視眈々と油断するのを待っているのよ。どんな男も一皮むけば、野獣になるの。



飲み会とか要注意ね、酔いが回って高揚した気分のまま、生娘は馬鹿な狼に頂かれちゃうのよ。

優しく解放するふりをしてね。



ホラ、歩けないだろ。送ってあげるよ、なんて耳元で囁いて優しくするのよ。

でもね、その優しさにつられちゃ駄目。

そういう男はやりたいとしか考えていないんだから。

年頃の女は注意しなさい。

たとえ、どんなに紳士ヅラした大人の男でも一皮むけば野獣よ。

若くていい女がいたら、女房がいても、その身体をどうやっていただこうかな…なんて考えてるのよ。



性欲が強いから、すぐに浮気できるの。寂しがり屋なのね。

すぐに温もりを求めたがるのよ。

家庭を持つ母よりも、魅力的な身体で抱きしめてくれる女に転がるの。



そんなもんよ、男って。

期待しちゃ、駄目。獣だから。



浮気しない方法は、あそこを切るくらいしかないんじゃない?

世の奥様方、割り切ることも大事なのよ。浮気は男の甲斐性なんだから。



何事も許すのも、また愛なのよ。

許せる心も、また愛なの。



どんな我儘でも、最後にきちんと受け止める事ができたら、それは本当の愛だと思うわ』





 ブラウン管に映る女は、テレビカメラに向かって高尚なご意見を語った。

愛は人を愚かにする。

それでも、人は人を愛し寂しさをまぎらわすにはいられない。愛することは、本能だからと。



「馬鹿らしい」





女がドヤ顔で語っているのを尻目に、僕は頬杖をつきながら、苦々しく呟く。

女は自分の恋愛観を誇りに思っているようで、得意になって持論を繰り広げていた。

テレビに映っている番組は、人気司会者が送る男と女の修羅場特集。



女の肩書きは、恋愛スペシャリスト。

恋多き女性であり、数々の恋愛に悩める女性にアドバイスするスペシャリスト、らしい。



ぽっちゃりとしている見た目に対し、恋愛経験は多いようで、自称愛され小悪魔系らしい。

数々の恋愛で悩める女性を救ってきたスペシャリストなんだそうだ。







 女は自分の恋愛歴を、周りに誇示するように、大げさにドラマチックに恋愛論を語っている。

男の事を考え、意のままに操る自分の恋愛のテクニックなどを話に交えて。





今の話題は、「浮気する男」についての話になっていたところだった。

周りのタレントは、「おおー」だとか、「やだぁ…」とか、ありきたりなテレビ向けの返答をくり返していた。



そんなテレビのバカ騒ぎを、1人白々しく思っている自分は心が荒んでいるのか。

飲み会の時、一人はしゃいでいる輪に入れらず、遠くから見ている感覚に似ている。

虚しい。馬鹿みたい。

たまらずテレビの電源を切る。





「血の気の多い狼だったら、良かったのに…」





だれともなしに、つぶやいてみる。

1人でいる部屋では、当然返事なんかない。

それでも、つぶやかずにはいられなかった。



血の気の多い狼だったら。

そうしたら、遊びでも抱いてくれたかもしれないのに。

そうしたら、僕も、嫌いになれたかもしれないのに。

僕の心を占めるあの人のことを。

僕の心も身体も陵辱してくれたなら、この苦しい恋から開放されたかもしれないのに…な~んて。





「馬鹿だよなぁ…、ほんと」



愛のない行為、虚しいし自分が傷つくだけだ。

馬鹿な考えだとはわかっている。



でも、それでも…っと考えてしまうほど僕は切羽詰まるほど悩んでいる。

この恋が終わる方法を、ずっと。



だけど、けしてあの人は、そんな無体な真似してくれない。



優しくて、不器用で、温かな人。

僕が好きなあの人は、狼のように孤高な空気を纏うひと。

そして、一人の人を愛し続ける一途なひとだった。





 ふと天井近くを見上げれば、壁にかかっている壁時計は夜の12時を指していた。

洗濯物はベランダに干しっぱなしだったけど、疲れが抜けなくて、そのままベッドに直行する。





すぐに眠りが訪れない僕は、寝る前にあの人のことを思い描くのが、習慣になっていた。



現実では遠い彼が、夢の中では近くにきてくれる。

夢に出てきた彼は、所詮僕が作り出した幻であり、起きれば現実との違いに空しくもなるけれど、一瞬でも幸福に浸れるからやめることができなかった。





「仁さん……」

名前をつぶやくだけで、胸がじわりと暖かくなる。



沢山の恋愛なんてしたくない。沢山の人とも付き合いたくない。

欲しいものはひとつだけ。



ただ、一人彼だけに愛されていればいい。彼に愛されたい。



 こんなこと思っちゃう僕は、今風な言葉で言えば〝寒い〟のかもしれない。

こんなに人を想い過ぎて。好きになりすぎて。

好きすぎて苦しくなる、だなんて。



誰かに話せば、『恋愛に酔っているのかよ』なんて、言葉を返されるかもしれない。

自分では酔っているつもりは毛頭ないけれど、そう酷評されても仕方ないくらい、僕の頭は日々あの人で埋め尽くされてしまっている。





目元を隠すように目の上に腕をのせ、息を吐く。

瞼の裏、暗い視界の中、彼を思い描く。

空想の彼はいつだって、僕に笑顔を向けてくれた。





例えば、彼の気分を損ねて怒らせてしまった日も。

彼が嫌がることをやってしまった日も。

僕の空想の中の彼はいつも笑顔で僕を咎めない。

優しい微笑みで僕を包んでくれた。

昔と変わらない笑顔で僕に微笑んでくれる。





 今は出張でいないけど、彼はこの〝家〟に帰ってくる。

その時向けられる顔は……僕が想像しているような笑顔ではない。

いつも困ったような、我儘な僕を持て余しどうしようかと考えている、そんな顔だ。



そんな顔させたくないのに…、僕は彼の笑顔を奪っている張本人だったりする。

彼の事が好きなのに、僕は彼を笑顔にさせることができない。

どんなに思ったところで、僕は彼にとって〝困った〟存在なのだ。

僕がどんなに彼を思おうと。





 僕の好きな彼の名前は、舘野仁たてのじん

名前のとおり、とにかく仁義を貫く人であり、人一倍生真面目な人だった。



僕と仁さんの関係は、簡単にいえば〝幼馴染〟である。

仁さんは僕より5つほど年上で、近所に住むお兄さんだった。

昔から仁さんはとにかく優しく真面目な人で、学校で仲間外れにされた僕なんかと遊んでくれた。

生真面目すぎる彼は、いつも周りに頼られる眩しい存在だった。



誰にでも平等で、かつ、公正で。

中学・高校と生徒会長もやっており生徒のみならず教師にまで一目置かれていた。

仁さんはいつだってみんなの中心であり頼れる人気者のお兄さんだった。





 僕には1人姉がいる。

1つ年上の女王様のような性格の姉だ。

姉の名前は、まりん。



まりんは母親ゆずりの童顔で可愛い顔をしている。

大きな少しだけ垂れ目かかった瞳、全体的に小作りの甘いベイビーフェイス。

可愛らしいフランス人形のような砂糖菓子のように、完璧なその美貌。

子供の頃だけ可愛い…とかではなく、成長してもまりんの可愛らしさは損なうことはなかった。

平凡な僕と本当に血がつながっているのかと疑問に思うほど、その愛らしさは一目をひく天使のようで。



そんな愛らしいまりんだから、子供のころから彼女の周りは人が絶たなかった。

まりんが可愛らしく微笑めば、周りの人間はまりんの言うことをなんでも聞いたし、まりんに好かれ良うとご機嫌をとっていた。



まりんが望めば、周りの人間はまりんが思うがままに動く。

まりんが望んで叶わなかった願いなどない。

全てが彼女が思うが儘。

人も、玩具も、なにもかも。



可愛くて、甘え上手で、人を使うのがべらぼうに上手い。







完璧な美貌のまりんとは違って、僕は不完全である。

顔も地味だし、僕は普通の人間とは違う。

僕の身体は「ふたなり」であった。

僕には他の人間とは違うふたつの性が存在していた。

男の性と、女の性が。


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