アラサートリオの異世界スローライフ

MONGOL

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本編

17.交差

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 シェスタは精霊に愛されている国と言われるだけあり、眼下に流れる景色はどこも美しく、いつまででも眺めていたくなるような素晴らしい光景だった。
 まあそれも、数千メートル上空から・・・・・・・・・でなければの話だが。

 どれぐらい飛んでいるだろうか。瑛冬えいとの蹴りを受けた腹はシクシクと痛みを訴えており、時おりポーションを飲んではいるが治りがおもわしくない。

「だから俺は紙装甲だって言ったのに。瑛冬くん手加減って言葉知らないんじゃないの? 一体どこまで飛ばす気だよ~」

 ブツブツと文句をたれながら空中遊泳も飽きた大眞はるまは、そろそろ真面目に帰り方を考えなくてはと風を操る。空気のクッションを作るイメージで、ポヨヨ~ンと見えない壁に跳ね返されて勢いがようやく止まる。

「お? あっちから来るのはもしかして」

 常時発動しているサーチ魔法に引っかかったものを確認するため方向転換した大眞は、ニンマリと人相の悪い笑みを浮かべると風を操り探索を開始する。からかって遊ぶ気満々で対象に近付いてみると、その反応とは別の気になる一団を見つけた。

「あれ? この反応は──」

 方角はパウロ王国との国境近くの辺りである。

「まさか、もう侵攻して来てるなんてことないよな? ないよな…?」

 あの国が絡んでいるとなると事態は一気にきな臭いものとなる。一抹の不安を押し込めて緩んでいた意識を引き締める。

「俺って働き者~」

 大眞は情報収集のため一人シェスタの空を駆けるのだった。


 事態は緩やかに動き出している──。





 *





 パウロ王国とシェスタの国境を少し過ぎた森の中。メンバーは全員年若く十代の男女のみのパーティーである。その中の中心的人物である少年は秀麗な顔を歪め、他のメンバーを必死に諫めていた。

「お前ら前に出過ぎだ! この辺りの魔獣はほぼ殲滅したからもう帰投しよう!」
「もう! やっと調子が出て来たところなのに! 私たちならまだまだやれるわ!」
「そうだぜ、十秋とあ! 今日はジャマな兵士もいないことだし、もっと狩り尽くそうぜ!」
「「おー!」」

 全身に返り血を浴び真っ赤に染まった姿で拳を突き上げる三人は、十秋と同じ召喚者仲間で高校の元同級生であった。日本でもクラスの中心人物だった彼らは、この世界でも大いに期待をされている。

 同級生の一人、上樹 勇吾 かみき ゆうごは日本人にしては恵まれた体躯をしており、肩に大剣をかつぎ無骨な装備を纏う戦士然とした格好をしている。
 気の強さを現したような少しつりぎみの大きな瞳が目を引く、万人がハッとするような美人の山下 千佳 やました ちかは、勇吾とは対照的に動きやすさに重点を置いた装備を身に纏っていた。
 もう一人の女子で大人しそうなおっとり系美人の宮下 陽菜みやした はるなは、ローブを纏い魔法使いの杖を手にしている。陽菜が杖を振るたびにたゆんと揺れる大きな胸に、自然と男たちの目線が集まるのは仕方のないことだろう。

 魔獣の血を浴びるたびにだんだんと理性を失い、チームのブレーキ役である十秋の説得を聞かずに暴走をはじめた三人は、パウロ王国側の魔獣を狩り尽くしてしまい、魔獣を追い求め隣国へと進軍してしまった。
 普段であれば王国の兵士が常に付き従い同行していたため、土地勘のない彼らはまだそのことに気が付いていない。


 パウロ王国の第一王子フリューゲル・ジャン・パウロに目を付けられたあの日を境に、十秋の中ではとある変化がおきていた。
 まずはレベルがありえないぐらい、一気に上がった。これまで魔獣を倒して地道に上げていたレベルがまるで無駄だったかのようなレベルである。
 十秋の記憶通りであれば、その数値はとあるゲームでの自分のものと似通っている。


 マクベス社が6年前に発表したMMORPG無料オンラインゲーム「グランクロス」をやりはじめたきっかけは単純で、十秋の兄がプレイしていたからだった。
 それまでポータブルゲームにしか興味のなかった十秋は、なんとなく暇つぶし感覚でプレイしていたが、とあるプレイヤーと出会ってから加速度的に「グランクロス」にハマっていった。

 HNハンドルネームエイト。
 「グランクロス」のトップランカーであるei_toエイトと同じ名前のプレイヤーである彼女・・は、自分と変わらないぐらいのレベル帯であるはずなのに卓越した技を持っていた。それも彼女は戦闘職ではなく、生産職といわれる錬金術師であった。
 そんな彼女に何度も危機的状況を助けてもらった十秋は、エイトに何度も声をかけ半ば強引に仲間にしてもらったのだ。エイトの求めるレア素材を探して二人であちこち駆け回ったのはいい思い出だ。

 今ではお守りのように身につけている手の中の小瓶を握りしめ、このアイテムを自分に与えてくれた相手に想いを馳せていた十秋は、緊張を孕んだパーティーメンバーの声で現実に引き戻された。

「新手だ気を付けろ!」

 警戒する四人の前に現れたのは見事な体格の真っ赤な獅子だった。豪奢な毛並みは乱れ少し薄汚れしまってはいるが、堂々とした風格と内側から溢れ出る強者のオーラは少しも霞むことはない。
 赤獅子は警戒する十秋たちをチラリと一瞥すると、そのまま無視して彼らの目の前を通り過ぎようとしていた。その態度はまるで「お前らのような小物に興味はない」とでも言いたげな、不遜な態度であった。

「あ、こら待て! 逃げるんじゃねえ!」

 無視され腹を立てた勇吾が大剣の切先を赤獅子へと向ける。

「ねえ、なんだかこの魔獣おかしくない? なんで私たちを襲ってこないの?」

 魔獣らしからぬ様子に疑問を持った陽菜は不安そうにメンバーに問いかける。

「そんなことどうでもいいじゃない! 勇吾、十秋、さっさとヤるわよ!」
「こいつを狩ればレベルも一気に上がりそうだ!」

 手強そうな相手を見つけ、俄然ヤル気の勇吾と千佳。もはや獲物を狩ることが快感となってしまっている彼らは、多少の違和感を感じつつも攻撃を仕掛けようとしていた。

「お前らちょっと待て!」

 十秋が止めるのも聞かずに勇吾が我先にと斬り込んでいく。

「でゃあーッ!!」

 大きく振りかぶった大剣を赤獅子に狙いをつけ勇吾は力の限り叩きつけた。だが手応えもなく地面を抉った勇吾の剣は赤獅子には届かなかった。

「ちょっと勇吾、ちゃんと当てなさいよ! なっさけないわね~!」

 勇吾に代わり前へと躍り出た千佳が素早く弓を放つ。風魔法の力も借りて風を切る弓矢が赤獅子の前足を狙うが、これも軽々とかわされてしまう。

「あーー!! なんで私のとっておきの技が簡単に避けられるのよ!!」
「うぷぷ。避けられてやんの。あとは俺に任せとけ!」

 悔しそうに地団駄を踏む千佳を笑ってから、勇吾は剣のスキル技を繰り出す。

「これでどうだ!! でぇぁぁぁ!!」
「勇吾やめろ!」

 十秋の静止も虚しく、勇吾の持つ大剣が青く光ると、切先から巨大な斬撃が飛び出して赤獅子へと襲いかかった。しかし相手も素早い動きで勇吾のスキル技を飛び避け、非常に苛立った唸り声を上げ睨み付けて来る。

「やべぇ…今のを避けれるのかよ」

 ことごとく攻撃をかわされ焦りを見せる勇吾たちとは対照的に、獅子はその場から動こうとしない。ふと憎々しげに睨み付けていた視線が勇吾たちから逸らされ、つられるように全員が上を見上げた。

「あ、見つかっちゃった☆」

 言うほど慌てた様子でもなく、普通に散歩でもしていたかのような男の態度に十秋たちは戸惑いを隠せない。その男はなぜか、空中に浮いているのだ。
 全員から不審な目を向けられても全然気にしない男は「こんにちは~」とヘラヘラ笑いながら十秋たちに手を振っている。

「きゃぁッ!!」
「な、なにあの人。浮いてるわよ?」
「日本人ってことは、俺らのお仲間か。でも、あんな奴いたか?」
「さぁ? 私は覚えてないわ」
「あの人、もしかして…」

 変な男の存在に戸惑う友人たちだったが、十秋はその顔をかすかに思い出していた。召喚の時騒がしく暴れていた三人組のうちの一人で、すぐに消えた男がこんな風貌をしていた気がする。
 それでもなぜ今、このタイミングで彼がこの場に現れたのか十秋は不思議でしょうがない。それに、今までどこに行っていたのだろうか。
 疑問は尽きないが、それをこの目の前の男に問いただしたところでマジメに答えてくれなさそうな、そんな気がした。

「やはり君だったか…やっと、やっと姿を現したな! さあ、教えてくれ! ナツキは今どこにいる!!」
「まったく、貴方も懲りない人だなぁ~。教えるわけないでしょ。人を頼ってないで、ご自分の力で探したらどうですか?」

 四人の前に突然現れた赤髪の美丈夫が空に浮かぶ男に吠えると、男はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて舌を出す。獣のような唸り声を上げる赤髪の男をからかい遊んでいるかのようである。

「ねぇ、さっきの赤いライオンさんはどこにいっちゃったの?」
「あれ? ホントだ。逃げたのかしら?」

 陽菜の呟きを聞いて、やっとそのことに気付いた十秋たち。赤獅子は姿を消し、その場所には代わりに赤髪の美丈夫が立っていた。首を捻る四人をよそに、二人の睨み合いはヒートアップしていく。

「で、あいつ誰よ」
「さぁ?」
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