銀色九尾な孤の彼と

山法師

文字の大きさ
9 / 45
始まりの日

9 死なせない

しおりを挟む
 肩で息をした彼が、ふらついたような。
 思った瞬間、後ろへ倒れかけた彼を勢い任せに引き寄せる。尻もちをついてしまったが、今度は倒れ込まず抱きとめることに成功した。

「すみません自分のせいですよねこれ?! ずっと話してて消耗したんですよね?! たぶんですけど!」
「消耗は、確かだが。お前の、せいではない。俺が、力の減り具合を、失念していた、だけだ」

 今にも死にそうな感じではないけど、とってもしんどそう!
 こっちが怖くなるくらい青白い顔色に戻っちゃってるし、耳も尻尾も全部が力失ったみたいに落ちちゃってて動かないし!
 それに、そんな状態でもずっと強めの口調なのなに?!
 強めの口調でとっても素直に、自分の状況を教えてくれるってなに?!
 人間にも、人間以外のヒトにも、色々様々居るのは、それなりに分かってたつもりだったけど。

(あなたみたいなヒトと接するの初めてすぎて、どうするのがいいか分かんないな俺?!)

 彼がしていたように頭を抱えたくなったが、そんなのは時間の無駄だ。
 凪咲はどうにか切り替え、目の前の問題、自分に凭れたまま動けないくらい消耗してしまった彼へ、静かに問いかける。

「少しでも回復しないと動けないように見えます。キス以外の方法、教えてください。教えられない、喋れないくらい消耗しちゃったならすみませんが、一回キスで回復してください。喋れますか」

 顔色が青白いを通り越して紙のように白くなってきて、完全に目を閉じて、か細く息をしている彼が、

「何か食事、食べ物でも、多少は力が戻る」

 それでもやっぱり強めの口調を崩さず、教えてくれた。
 情報提供ありがとうございます。食べ物で回復できる系のヒトなんですね。
 けど、肝心の。

「すみません、今自分、食べ物、お菓子とかも何も持ってなくて」

 ここに来るまで、来てからも食事や食料は最低限に抑える予定だったから、朝ご飯用のおにぎりを一つ持っていただけだ。それも電車を乗り換える合間に食べてしまったから、本当に何も持っていない。
 強いて言うなら。

「水ならあります、持ってます。リュックに入ってます。無いよりマシかと思うので、今出します」

 説明しながら腕をリュックのベルトから抜こうとしたら、彼が喉の奥で弱く笑う。皮肉を込めようとしているのが伝わってきたけど、だからこそ。

「……もう、いい……面倒に、なってきた……捨て、置け……」

 ──申し訳ありません。どうか、せめて。

 強めの口調すら保てなくなった彼の様子と、また彼から〝あの日の声〟が聴こえて、焦った凪咲は、

「すみません水分も必要だとは思いますが、本当にすみません、一回キス、えぇと、口移しで力を渡すヤツで回復してください。姿勢変えますね、失礼します」
(踏ん張れ俺、全力でいけ俺)

 体力も腕力もないなりに力を出し、多少強引になってしまいながら胸元に抱き込んだ彼を抱え直す。仰向けに近い姿勢にした彼へ顔を寄せかけ、改めて思った。

(いや、もう、ホント。どうすりゃいいのか分かんない)

 キスはあれが初めてで──あれをキスをカウントすべきか微妙だし、口移しで力を渡す経験だって初めてで、最善の方法が分からない。
 口を合わせるといっても、人工呼吸とは勝手が違うだろうし。人工呼吸も習っただけで、実際の経験はないし。
 考えてしまって、考えている間にも彼から〝あの日の声〟が聴こえ続け、余計に焦る。姿勢や顔を動かされても、ほとんど反応を示さないでされるがままだった彼にも焦る。
 そんな自分にできるのは、なるべく彼がしたことを真似るくらい。

「ホントすみません。キスの経験も皆無な自分ですみません。失礼します」
「は、けい、っ」

 焦っている凪咲は、眉をピクリと動かし思わずといったふうに何か言いかけた彼へ、噛みつくように唇を合わせた。

(すみません、言おうとしたこと、あとで聞き直します)

 だから回復してくれ。助かれ、力を渡せ俺。力を受け取ってくれ、助かれ。
 あなたも、存在しない〝あの日の君〟も、助かれ。

 人間以外の存在、人間だって場合によれば〝心に届く声が聴こえる〟自分だ。

 気合いでなんとかなれ。気合いでなんとかならないのは百も承知だ、なんでもいいからなんとかなれ。

 唇を合わせ、祈るように願う。

 見つめる彼が苦々しく顔を歪め、ほんの僅かにまぶたを持ち上げた。
 銀色の瞳が、今にも泣きそうなカオになっている彼が、凪咲へ訴える。

 悔しい、悲しい、情けない、遣る瀬無い。
 お前も呆れるほどに阿呆だが、俺は輪をかけて救いようのない阿呆だ。
 だから、もう。

 心に届いて響く、彼の訴えと。

 ──どうか、せめて。

 あの日の君の〝声〟が。

 死なせてくれ死なせてください

 二重になって届いた凪咲は、

「……」

 彼から、そっと口を離す。

 泣きそうなカオで満足そうに自分へ微笑む彼を、〝あの日の君の声〟が聴こえ続けるあなたを。
 こんな自分を思いやってくれている、そんな勘違いをしそうになるほど優しいあなたを。

「死なせないからな!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

愛玩人形

誠奈
BL
そろそろ季節も春を迎えようとしていたある夜、僕の前に突然天使が現れた。 父様はその子を僕の妹だと言った。 僕は妹を……智子をとても可愛がり、智子も僕に懐いてくれた。 僕は智子に「兄ちゃま」と呼ばれることが、むず痒くもあり、また嬉しくもあった。 智子は僕の宝物だった。 でも思春期を迎える頃、智子に対する僕の感情は変化を始め…… やがて智子の身体と、そして両親の秘密を知ることになる。 ※この作品は、過去に他サイトにて公開したものを、加筆修正及び、作者名を変更して公開しております。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

神父様に捧げるセレナーデ

石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」 「足を開くのですか?」 「股開かないと始められないだろうが」 「そ、そうですね、その通りです」 「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」 「…………」 ■俺様最強旅人×健気美人♂神父■

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

処理中です...