銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

13 不機嫌そうに堂々と

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「言ってみろ、阿呆」
「幽霊みたいな存在ってことですか。死んでるも同然ってことは死んでない、生霊のが近いですかね。なんにしても了解です。まずはとにかく食べてください。リクエストが無いなら、美味しいもの適当に作ります」

 口を半開きにして、呆気にとられている様子の彼へ「作るので、ちゃんと待っててくださいね」と、柔らかいなりに強めの口調で念を押す。

 死んでいるも同然の、幽霊みたいな存在だとして。生霊だとして、本当に幽霊だとして──だからどうした。

 魂だけになっても助けを求めて死に向かう、どれだけ苦しい思いをしてきたのか。

 簡単には推し量れない、推し量ってはいけないくらいに、彼は追い詰められていた。

 それを教えてもらえただけでも、有り難い。

「……お前、阿呆か?」

 呆気にとられている彼が、気の抜けた声で聞いてくる。耳や尻尾は、呆気にとられているというより、驚きや動揺を示すように細かく震えていた。

「はいアホです。あ、自己紹介がまだでした」

 長期戦か短期戦か、どっちにしても彼とある程度は親しくなったほうが良い。

 思った凪咲は、

「さっきも流れで言いましたけど、自分は、」

 思ったのに、思ったからこそ、一瞬詰まった。
 詰まった凪咲に気づいたらしい彼が、訝るように眉をほんの僅か、ひそめる。

(こんなとこでしくじるな、俺のバカ)

 頭の中で自分を叩き、何でもないと示すために微笑んだ。

「言い直します、言い直す。俺は凪咲、松崎凪咲って名前。敬語使うの、やめる。敬語のほうが良いなら言って」

 軌道修正だと思わせれば、

(違う、意味のある軌道修正だろ)

 彼と距離を縮めるための軌道修正も兼ねれば、それほど変に見えないはず。気にしたら負けだ。
 こちらを訝るように見ていた彼が、苛立った様子で舌打ちした。
 構うもんかと微笑みを崩さず、凪咲は今ある食材で何が作れるか考えながら続けていく。

「今年で十八歳、四月から高校三年生」

 年齢を伝えた時、彼が少し驚いた様子を見せたのも、指摘しない。
 実年齢より若い、幼く思われていた、くらいだろうし。

「さっきも言ったけど、ここは家族、俺の両親が持っている家。けど、今日から俺が一人で暮らすことになってるから、あなたも好きに使って大丈夫。大丈夫ってか、好きに使って」

 人の出入りは制限されていて、防犯用の監視カメラやセンサーなども別邸内で完結している。別邸の状況を記録する機器もない。自分が『療養』している間、別邸に両親が来ることもない。

(療養してなくても、滅多に来ないけど)

 この場所は「松崎凪咲のために用意された」場所だから。

(こんな形で)

 両親あなたたちと別邸に、感謝する日が来るなんて。
 別邸をこんなふうに『利用』する自分は。

(思ったより)

 両親あなたたちと似ているみたいです。
 微笑んでいた凪咲は、笑顔になって。

「このままここで暮らしたって、こっちはなんの問題もないよ」

 明るく朗らかに言ってから。
 あとさ、と疑問混じりの苦笑で続けた。

「さっきから気になってたんだけど、なんでずっと浮かんでるの?」

 驚きから苛立ちの表情へ戻っていた彼が、苛立った様子で、若干座りが悪そうに。

「土は全て取り払ったが、お前、汚れだなんだと気にしていただろう。どこにも触れなければ問題は起きないと、思ったまでだ」

 あなたマジでなんなんだよホントに。

「お前に付けてしまった土も全て取り払ったが、俺が勝手にしたことだ。気になっているのだろう、お前自らが洗うなどすれば、心情的にも少しはマシになるはずだ」

 道理で服が汚れてないように見えたはずだよ、本当に汚れてなかった──汚れを落としてくれたワケか。

(言えよ!)

 言えないよね、罪悪感があったからだよね。
 あなたマジでなんなんだよ、ホントに。

(真面目で素直で優しくて!)

 思いやる心を持ってるヒトが、こんな自分を気遣ってくれるな。

 内心で叫ぶ凪咲は、苦笑を崩さないように必死に耐える。

(なんだこれ、耐久戦か?)

 彼を助けたいのに、彼が思いやってくれていると「勘違い」しそうになる。

 勘違いするな、俺。

 自分を戒め、凪咲は真面目な表情を作った。

「ごめん、俺のせいだった。俺の服もありがとう。気を遣わせてごめん、気にしないで降りて。浮かぶのにも力を使うなら、なおさら降りて」

 あなたがまたぶっ倒れるの、嫌だから。

 本音の本気を、真面目に伝える。
 苛立っている彼が、迷う素振りを見せた。

 もう一押しすれば降りてくれそう。

「気になるなら服、父ので良ければ使って。着物も、できる限り手入れするよ。どうする? 服、持ってくる?」

 やはり何かしら思い入れがあるモノらしく、着物の話を出したら、

「手入れは、有り難いが」

 不承不承な感じで、素直なことを言いながら降りてくれた。ペットボトルも、丁寧にテーブルへ置いてくれた。

「お前、なんなんだ?」

 不可解そうに眉をひそめて聞かれたけど。

(それはこっちのセリフだよ)

 叫びたいのを我慢して、やっぱり自分よりとても背が高い──190cm近い彼を見上げ、苦笑する。

「今、ちゃんとっていうより軽くなっちゃったけど、自己紹介した通りだよ。あなたのことも教えてくれると、嬉しいけど。名前とか、呼び方とかさ。どう呼べば良いのか、分かんないし」

 ずっと「あなた」呼びするの、なんか堅苦しい感じがするから。
 不可解そうだった彼が、不愉快そうな表情になり、キレの良い舌打ちをする。

月白雪つきのしらゆきという名がある」

 不機嫌そうに堂々と名乗られた。

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