銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

15 額へのキスで

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 泣きながら絞り出した言葉を聞いて、

「は?」

 驚いているらしい彼へ伝えなければと、涙を流す凪咲は必死に。

「幸せすぎる……死ぬ……ほどほどで……お願いします……」
「……阿呆が」

 彼が、心底呆れたように。

「幸せすぎて死ぬことなどない。存分に味わえ」

 いやもうマジで、死にそうです。
 軽い拷問です。
 幸せすぎても死なない理論とか根拠、なんか知ってたりするんですか。

 頭の中に浮かぶ文章が「幸せすぎて死にそう」と叫ぶ心に、呆気なく負ける。

「死ぬ……マジで……幸せすぎて……死ぬ……」

 泣きながら、彼へ必死に訴える。

 幸せすぎて死ぬから、死んじゃうから。
 俺が死んだら、あなたが人殺しの犯罪者になっちゃうから。
 俺なんかを殺して犯罪者にならないで、お願い。

「ホントに……幸せすぎるから……幸せで……死ぬから……マジで……お願いします……」

 泣きながら必死に訴えたら、彼が呆れたようにため息をついたらしいのを察した。

(呆れるの、分かるけど)

 あなたのせいでもあるんだよ、そう思っちゃうくらい今の俺はヤバいから。
 ホントにマジで幸せすぎて死ぬから、やめてくれ。

「泣き疲れるまで泣いていろと言いたいが、泣かせたままでいたら泣きすぎで倒れる気がしてきた。顔を上げろ、少し眠れ」

 訳が分からないのに凪咲の心にぶっ刺さることを、呆れを見せる彼が心配そうに言ってきた。訳が分からない着地点も、心にぶっ刺さった。

(今)

 何を言われても、心にぶっ刺さるんだ。
 もうダメだ、死ぬ。

「むり……かお、上げらんない……泣いてるから……むり……」
「顔を見せろという意味ではない。額を貸せ」

 幸せすぎて死ぬことはないが、お前が死んだらお前が作ると約束してくれた『美味い飯』が食えん。

「俺を助けてくれるのだろう。額を貸せ、阿呆」

 命令口調っぽいのに、思いやってくれている声で優しく言ってくれる、凪咲にとって混乱極まりない状況が出来上がってしまった。

 なんで、こんなことに。

(俺が助けられる側になってんの、マジでなんなんだよ)

 混乱している凪咲は一秒でも早く混乱する状況から抜け出したい思いに負けて、顔を上げた。

 額を貸せの意味も分からず、尋ねる余裕も無く、彼と目を合わせるように顔を上げるしか思いつかなくて。

 見えた彼は、少しだけ驚いたように目を瞬かせ、

「少しで良いから眠れ。目を覚ましたら」

 思いやりの色を映す銀の瞳を柔らかく細めて微笑み、思いやってくれているような優しく柔らかな低い声で。

「美味い飯を食わせろ。お前が作る美味い飯だ、忘れるな」

 心にぶっ刺さることを言ったあと、

(──え)

 凪咲の額にキスをした。

「な、……ん……、……? ……」

 なんで、キスを?

 聞こうとした凪咲のまぶたが下がっていき、姿勢を保てなくなって体が傾く。
 そんな自分を彼が危なげなく抱きとめてくれて、さっきと同じように抱きしめ直してくれたのだと、沈んでいく意識の中、凪咲はぼんやりと理解する。

(急に、ねむ、く、……な、に……?)

 彼にこれ以上迷惑をかけてはいけない、原因を探るためにもとなんとか目を開けて体を起こそうとした凪咲を、

「少しで良いから眠れと言っただろう、阿呆」

 抱きしめて止めた彼が、呆れと心配が混ざる声で言い、

「弱かったか、今のでは」

 寝ぼけている凪咲の額に、またキスをした。

 さっきと同じような、触れる程度のキスを受けた途端。

 眠気が強くなり、凪咲はやっと。

(あ、これ)

 キスで眠らせる能力ってこと?

 予想がついたことで安心してしまったのか、凪咲は眠気に抗えなくなってくる。

「……ごめん……本気で……寝る、かも……」
「構わないからさっさと寝ろ、休め阿呆」

 三度目のキスを額に受けると同時に、彼の尻尾でまた包みこまれて、体も心も温めてくれる感覚まで、また。

(……これ……回復ってやつ……だよね……)

 彼に力を使わせてしまっている、彼が倒れてしまう。

「回復……大丈夫……だから……幸せすぎて、俺、死んじゃうし……」

 俺なんかに力を使って、倒れたりしないで。

「……俺が、寝たら……放っといて……適当に、なんか、食べてて……」
「なんにしてもさっさと寝ろ阿呆。お前の寝つきが悪いのか、今の俺の力が弱すぎるのか、分からなくなってきた」

 困った様子の彼に四度目のキスを額に受けて、閉じてしまったまぶたを上げられず意識も完全に閉じていく中、凪咲は今さら思う。

(てか、さ)

 キスで眠らせるって、なに?

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