銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

18 幸せすぎて死ぬショック療法

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「……苦しそうに見えるんだが、息はできているか? 大丈夫なのか、それは」

 いつ、凪咲の隣へ膝をついたのか、心配そうに尋ねてくれる彼の言葉通りに。

(息、できてない、です)

 笑いすぎて咳き込む凪咲は言葉で伝えられないと悟り、咳き込みながら首を横に振る。

(これ、絶対)

 笑う経験が少なすぎたせいだ。笑い方の調節ができてない。
 彼が心配そうな表情で呆れたように息を吐くのを、笑って咳き込んで涙まで出てきた凪咲の目や耳が──役立たずなりに鍛えられた五感が捉える。

「少し落ち着け、今度は笑いすぎて倒れるぞ」

 呆れた声で心配してくれている彼が、咳き込む凪咲を抱き寄せ、

(え?)

 咳き込みながら混乱する凪咲を、あぐらになった足の間へ横向きに座らせるように抱え直す。
 九本ある尻尾全部を使って包み込み、凪咲の背中を優しくさする。

「落ち着くまでこうしていろ。多少はマシだろう」

 心配そうな声で真面目に言ってくれるの、有り難いけどやっぱり心にぶっ刺さるよ、どうしようか。

(あとさ)

 回復の温かさはないのに、幸せすぎて死にそうな気分になるの、どういうこと。
 この状態で、どう落ち着けと?

(なんで『幸せすぎて死ぬヤツ』で落ち着くと思った?)

 混乱が強まった凪咲は、混乱したおかげで呼吸が整ってきたらしいと認識する。

「落ち着いてきたか」
「……落ち着いて、きたけども……」

 これは彼のおかげと思って良いのか、悩むところだな。
 けど、ショック療法のようなものだと思えば、彼のおかげになるのか。

 考えをまとめた凪咲は心配そうに自分を見つめる彼へ、

「ありがと、あなたのおかげでなんとかなった、助かったよ。ありがとね」

 心からの感謝と笑みを向ける。

「え? ちょ、なに?」
「煩い黙れ阿呆」

 彼が一瞬驚いたように固まったかと思ったら急に強く抱きしめられ、低く唸りながらよく分からないことを言われ、凪咲はさらに混乱した。

 しかもなぜか、彼の尻尾が動揺と混乱を示すように揺れ動き、ふわふわでサラサラな心地良さが増した。
 「幸せすぎて死ぬヤツ」の『幸せ度』が軽く十倍は跳ね上がった。

(いや、幸せ度ってなんだよ)

 混乱してるせいで、意味が分からない尺度を作ってしまった。
 凪咲は頭の中で自分にツッコミを入れ、彼の腕の中でもがく。

「ちょ、あの、死ぬ、ごめん、幸せで死ぬ、尻尾ふわふわのサラサラで気持ち良くて、幸せすぎて死ぬ。あの、落ち着いたから、もう大丈夫なんで、死ぬんで、幸せすぎて死ぬから、あの」
「黙れ阿呆この阿呆、幸せで死ぬことなどないと言っただろう阿呆。お前が死んだらお前の美味い飯が食えんだろうが阿呆、黙れこの阿呆」

 さらに強く抱きしめられ、唸りながら心にぶっ刺さることを言われ、肩に額を押しつけられた。
 そのせいで、尻尾と同じく動揺と混乱を示すように揺れ動いていた彼の耳が頭に当たり、

「ミ゛ャアッ?!」

 凪咲は内心でなく実際に叫んでしまった。

 叫び声が奇声になったことについて、考える余裕すらない。

(耳、ふわふわサラサラで、ヤバい)

 幸せ度が爆上がりした。死ぬ。

「ちょ、耳、耳当たってる。耳もふわふわのサラサラで死ぬ。気持ち良くて幸せで死ぬ。耳と尻尾に幸せで殺されるから、ちょっと、頼むから、マジで死ぬ」
「黙れ……阿呆が……俺の耳と尾がなんだ……死ぬはずがあるか……っ……力を……」

 力を取り込んでいる訳でもない、ただの狐と変わらぬはずの。

「耳と……尾で……死ぬはずが……あるか……幸せで……死ぬことなど……あるか……阿呆……」

 強く、どこか縋るように抱きしめられ。低く唸りながら、苦しく苦々しく泣きそうな声で呻くように言われ。

 ──申し訳ありません。

(なんで、今)

 縋るように抱きしめてくる彼から、微かに、それでも確かに〝あの日の君の声〟が聴こえた。

 やっぱり狐なんだ。
 それになんか、意味深な感じがするような。
 思ったそれらより。

 耳や尻尾が動揺して混乱して──ほんの僅かに喜んでいるように揺れ動き出したことと、耳と尻尾とはちぐはぐな様子になった彼と、聴こえた〝声〟とを。

(助ける、どうにかしなきゃ)

 優先するべきだと、凪咲は自分の混乱や思考を、頭の隅へ強引に押しやった。

「ごめん、なんか、混乱? させちゃったっぽい」

 人生で初めてしてもらった「抱きしめてもらう」ことと「頭を撫でてもらう」ことを、彼に返すように、彼にしてもらったように。
 拙いなりに彼を抱きしめ、拙いなりに彼の頭を優しく撫でる。

(俺なんかので落ち着けると思わないから、ショック療法の方向で)

 上手くいくと良いけど、なんでも良いけど、彼の心を助けないと。

「耳も、尻尾も、抱きしめてくれるのも、撫でてくれるのもさ。幸せすぎて死ぬ気がするのは本当だけど、本当の意味で死ぬって、俺も思ってないよ」

 彼がしてくれたように、心からの思いやりを、安心感を、穏やかな声で。

「すっごい幸せで、すっごいてか、もうね、生きてきた中で一番、たぶん俺が生まれて初めて感じる幸せな感覚でね。こう、天にも昇る感じ? あ、そっか」

 天国に連れて行ってもらってる感じなんだ、これ。

 言ってから、

「すっごいしっくり来た、自分で言ったけど今の言葉、すごくぴったりだと思う」

 凪咲は嬉しくなって、声を弾ませる。

「俺さ、それくらい幸せなんだよ、だから死ぬって言っちゃってた」

 またあなたが、抱きしめてくれたり撫でてくれたり。尻尾全部で包み込んでくれたりして、耳も当たっちゃったりすると。

「幸せすぎて死ぬって、言っちゃいそうだけど。心の中では思っちゃうだろうけど、言わないように気をつけ「言わないのをやめろ阿呆」え、あ、……え?」

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