銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

29 埋め尽くされている部屋

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「ユキ。お風呂、途中だったんだよね。新しい服持ってくるから、体冷えちゃうし、入って待ってて」

 軽く胸を押すと、ユキは我に返ったように目を瞬かせ、狼狽えながら尻尾も腕も離し、数歩下がる。

「すまない、少し、なつ、……いや、すまない」
「大丈夫だから、早くお風呂に戻っ──なんでなんも着てないの?!」

 驚いて叫んだら、

「は? 風呂に入っていたからだが?」

 何を当たり前な、と呆れたように返された。
 隠しもせず、仁王立ちで腕を組むお前、ユキ。

「お風呂で何も着ないのは分かるけど! 出てくる時にはなんか着ててよ?! せめてソコ隠してよ?! 昔は違ったかもだけど! 現代の人間はそれが一般的、マナー、普通だからね?!」

 茶色っぽくなった衣類を目元を隠すように顔へ当て、指で示してやる。
 キスやらなんやらは気にするのに、なんでそういうのは気にしないんだよ。

「そうなのか? 昨今、現代、人間の男女ならばそうらしいとは聞いたことがあったが、男同士でも同じ……凪咲は女だったのか? 俺が気配を読み間違えたのか? すまない」

 一応な感じでも尻尾で隠してくれたのは有り難いけど、仁王立ちで腕組んだまま、不思議そうに首を傾げてから素直に謝るお前、ユキお前、色々とお前。

「男同士でも隠すのが普通だから! あと俺は男で間違いないです! その部分は謝る必要ないです!」
「そうか、分かった」

 頷いたユキが、

「凪咲も、凪咲が持ってきてくれた着替えも、床やらも濡らしてしまった。着替えなど、ヘアカラーという染料を付けてしまった。水気やヘアカラーを払っておく」

 土汚れと同じ要領で力を使ったのか、何もしていないように見えるのに、凪咲も服も床もびしょ濡れだった全部が一瞬で乾き、

「着替えも有り難いが、泣きそうになったら声をかけることも遠慮しないでくれ、凪咲」

 真剣な様子で言ったあと、

「色々と世話をかけた。着替えの水気やヘアカラーが気になるなら、悪いが別の着替えを頼む。俺は風呂場へ戻る」

 真剣なまま洗面室へ入り、洗面室のドアが勝手に閉まった。
 洗面室のドアが閉まったのも、ユキの力だと分かる。

(分かるけど)

 その場にへたり込みかけた凪咲は、深呼吸をして切り替え、歩き出す。本当にヘアカラーの色も消えているけれど、別の服も有り余るほどあるし、持ってきた服ではユキが困るだろうから。

(狐って、こんなに色々できるんだ……九尾だからかな……)

 本物の九尾はユキしか知らないけど、フィクションの九尾もなんかスゴイのばっかだもんな。
 そのユキに。

(大切な存在が居て、良かったよ)

 絶対に『勘違い』なんてしないと安心できる。

(髪も)

 このまま、黒髪にしとこう。美容院で染める前に知れて良かった。

(明日入れてた美容院の予約、キャンセルだな)

 スマホで手早くキャンセルを終えた凪咲は、着替えを見繕いながら、思う。

 凪咲じぶん両親あなたたちと同じ黒髪にしてくれて、ありがとうございます。

(ユキが『大切な誰か』を思い出せるので)

 自分の黒髪を『利用』します、ありがとう。

(ユキが俺に、どれだけ優しくしてくれても)

 心にぶっ刺さることを言ってくれても、勘違いしそうになっても、大丈夫。

 ユキ──月白雪には、大切な誰かが存在する。

 勘違いするならすればいいと、ユキは言ってくれた。

(たくさん勘違いするよ)

 絶対に『勘違い』しないから。

(ユキの『大切な誰か』さん)

 すみませんが、あなたを『利用』させてください。
 ユキが自分を『大切なあなた』と重ねることで、ユキの心を癒せるだろうから。
 ユキを助けられるなら、凪咲じぶんも救われるので。

 強く〝気配〟を発する父の衣類──母の服もだが──から、ユキでも着れそうな衣類を選び直していく。

(ユキが)

 父より背が高いことは、凪咲じぶんとの身長差から分かっていたけれど。

(思ったより細くなかったな、結構しっかり筋肉ついてたし)

 着痩せするタイプかな。

(俺のせいで飛び出させちゃったけど)

 ユキが何も身に着けていなかった──ことは置いておき、目測だけど体格を再確認できた。

 持っていた着替えは肩幅やら色々と、ユキが着られないと確実に分かる細身なサイズの衣類。
 凪咲ほどではないにしろ、細身な父と同じくらいにユキも細身に見えていたから、着られないサイズの衣類を渡すところだった。

(背が高いユキでも着られて、ゆったりめなサイズで)

 着た時にそれほど違和感のなさそうな衣類を選んだ凪咲は、衣類へ声をかけて〝気配〟を宥めていく。

 もう大丈夫、心配ないよ、あの人はあなたを大切に思っているから。
 だからもう大丈夫だよ、泣かないで。

 強かった〝気配〟がほとんど消えた衣類を持って、凪咲は立ち上がる。

 部屋のドアを開けた凪咲は、部屋を埋め尽くす劣情や怨念、様々な負の〝気配〟を発するモノたちへ振り返り、

「ごめんね、みんな待っててね」

 今居るみんなも、これから来るみんなも。

「全員の話、ちゃんと〝聴く〟から待っててね」

 せめてと微笑み、申し訳ない思いで言葉をかけ、部屋をあとにした。

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