銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

32 心から

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「え、なん、」

 なんで『一緒に学校へ行けるか』なんて、急に聞いてきたのか。
 ユキへ聞き返しかけ、

(聞いちゃダメなヤツだ、これ)

 凪咲は言葉を飲み込んだ。

 不機嫌混じりの不満顔で自分を見つめる銀色の眼差しが、心配そうに揺れている。
 耳も心配そうに動いてるし、離れていた尻尾も全部、凪咲じぶんの不安を和らげるように包み直してきた。

(ごめん、ユキ)

 優しいお前を心配させる振る舞いを、自分はいつの間にかしていたのか。

(そういや、お前)

 力が戻ってきたから、気配をある程度読み取れるようになったって、言ってたっけ。

(色々すごい力を持ってるお前ユキは)

 自分にはあまり届かない〝人間の声や気配〟も、読み取れるのかな。

(それなら)

 凪咲はユキへ苦笑して、心からの本音を伝える。

「俺のためにも、ユキが一緒に学校へ行くの、やめてくれないかな」

 自分を気にかけてくれる優しいユキに、嫌な思いをさせたくない。
 心配してくれている銀色の瞳が鋭く眇められ、不機嫌混じりの不満顔だったユキから完全に睨みつけられ、

「ごめんね、でも──、?!」

 本心から来る言葉を重ねようとした凪咲は、ユキの胸元へ顔を押し付けられる形で強く抱きしめられた。
 キレのいい舌打ちが聞こえ、遣る瀬無く苛立った声が降ってくる。

「お人好しな凪咲のために、共に学校へ行くのはやめてやる」

 その代わり。

「お人好しで阿呆な凪咲が学校へ行っている間、俺は好きに動く」

 凪咲の学校へは、

「行かないように心がけるが、それ以外はどうしようが俺の勝手だ。俺は自由に動く。そこは譲ってやらん」

 抱きしめてくるユキの腕に力が込められ、九本ある長い銀色の尻尾も全部、凪咲を覆うように包み直してきた。宝物を奪われないために、隠すように。

(……ユキ)

 幸せで死にそうな腕の中で、凪咲の心が沈んでいく。

 俺には『宝物』みたいな価値なんて──

「俺が自由に動けるように、凪咲が学校へ行く日は、凪咲の作る美味い昼飯とオヤツ、間食だろう、それらを用意しろ。それも譲ってやらん。阿呆な凪咲の阿呆が」

 ユキの遣る瀬無い声と重なって、

 ──申し訳ありません。役目も果たせない自分ならば、どうか、せめて。

 存在しないあの日の君の〝声〟が聴こえた。
 悲痛で死にそうな〝君の声〟が、届いたから。

(君は)

 凪咲おれのために、ユキの味方をしてくれるのか。

「──うん、わかった」

 幸せすぎて死にそうな腕の中で、泣きそうになっている凪咲は、

「ありがとうね、ユキ」

 優しいユキの味方になってくれた君も、本当に。

「ありがとう」

 心からの感謝を、伝える。

 ユキの胸元に泣きそうな顔を自分から押し付け、縋るように服を握りしめ直してしまった凪咲の耳に。

「……俺の言い分に『ありがとう』と返す奴があるか」

 やはりお前は。

「世間知らずでお人好しな阿呆だ、凪咲の阿呆」

 遣る瀬無くて情けない、どうにも悔しい。そんなユキの声が聞こえたけど。

(ユキ、お前)

 尻尾が、全部。

 安心したように──それから少し嬉しそうに──揺れ始めたの、分かってるかな。

 ユキのためになるなら、いくらでも言うよ。

「ありがとうね、ユキ。あり、ちょっ、ユキ、あの、尻尾、尻尾ヤバい、幸せで死ぬ、ユキ、あの」

 とっても嬉しそうに揺らしてくれるの、ユキが嬉しいってわかるから、止めたくないけどさ。

「あの、ユキ、他の相談、相談まだある、確認もある。死ぬ、相談、ちょっ、できない、ユキ? 聞いてる? あの、マジで、尻尾、ちょっと」

 泣きそうでも顔を上げないと、ユキがやめてくれない気がする。

 だからと顔を上げようとした頭を、なぜか優しく押さえられた。

「泣きたい時は存分に泣けと言っただろう。存分に泣いて、幸せで死ぬと存分に言え。それらを終えてから、他の相談や確認の話を聞かせろ」

 呆れた声で言ってるつもりのお前、ユキお前。

(嬉しそうなのが隠しきれてないんだよ)

 自分の胸の中で泣いてくれて、自分の尻尾で幸せを感じてくれてるのが嬉しいんだろ。その時間を伸ばしたいんだろ、お前ユキ、あのね。

(そんなお前のおかげで、泣きそうな気分がどっか行ったよ)

 だから。

「相談も確認もさせろ、今すぐ。ユキのおかげで涙引っ込んだから、ユキと暮らすための相談とかをさせろ。寝る場所とか色々さ。頭を押さえてる手、どかすからね」

 少しだけ抵抗されたような、それでもあまり力を使わないでユキの手を外せた。

「今言ったけど、ユキの寝室とか色々、早く決めたいんだよ、ユキのためにさ」

 最初は自分のせいだったけど。

(今はユキのせいで、ユキのための相談時間が削れてるんだよ)

 ユキが戻ってきた時、午後の二時半過ぎだったんだよ。

(そのくらいかかるかなって思ってたから、それは良いんだけど)

 今はもう、早く諸々を決めさせろ。

 呆れながら、軽く睨みつけてやろうと顔を上げ、

「ユキ?」

 どこか躊躇っている様子のユキと目が合い、首を傾げた。
 躊躇っている様子のユキは何かに迷っているようで、銀色の瞳が揺らいでいる。

「……俺の寝る場所やら、寝室、と、言ってくれたが」

 ユキが遠慮がちな、どことなく不安そうな声で、

「ひとりで暮らすはずだった凪咲は、ひとりで寝るのか……?」
「え? うん、一人で寝るけど?」

 質問してきた意図が掴めず、凪咲はさらに首を傾げた。

(俺が誰かを)

 別邸に呼ぶことはあり得ない。泊まらせることも、人間ならば絶対にさせない。

 ユキのように迷い込んだり、間違って入ってきてしまったヒトと関わることも稀にあるが、みんなすぐに帰るので、寝る時はやっぱり一人だ。

 一人で寝るのが『当然』の人生を、今も歩んでいる。

 思い返していたら、不安そうなユキが不安を抱えたまま覚悟を決めたように、揺らいでいる銀の瞳でまっすぐ見返してきた。

「俺が凪咲と、共に寝る、ことは、可能か?」
「あ、うん。大丈夫だよ」

 なんだそれを言いたかったのかと、凪咲はあっさり頷く。

「いや、あちらの意味では──は?」

 不安そうなまま続けかけ、目を丸くしたユキが、銀色の瞳を瞬時に眇めて凪咲を睨みつけ、

「今のような問いかけに、詳しく聞きもせず即答するな。初心な阿呆の凪咲が」

 低い声を一段と低くして、それこそ説教するように言ってきた。

(そう言われても)

 凪咲は苦笑してしまう。

「ユキはそんな意味で聞いてこないって、それくらいは俺でもわかるよ。まだ会って一日もないけど、なんとなくじゃなく、わかる」

 呆気に取られたのか、一瞬固まったように見えたユキが、

「やはりお前は」

 切なそうに耳を揺らし、泣きそうなカオと遣る瀬無い声と──慈しむ銀色の眼差しを向けてきて、

(え)

 狼狽えてしまった凪咲の額へ唇を寄せ、

「どこまでも」

 世間知らずで、お人好しで、初心な、

「阿呆だ。凪咲の阿呆」

 慈しみと愛おしさを込めたような、優しいキスをくれた。

(ちょ……マジ……『勘違い』する……)

 固まりかけた凪咲は、愛おしい存在を見つめるように銀色の瞳を柔らかく細めて微笑んできたユキに、また額へキスをされそうになり、

「わ、わかった、わかったから相談しよ?! ね?! こういうの、こういうのってか、全部の相談とかが終わってからね?!」

 ユキの手を掴んでいた右手で額をガードし、ユキの口を左手で塞いだ。

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