銀色九尾な孤の彼と

山法師

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学校と日常

1 たった三日で

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(色々、想定外すぎる三日間だったし)

 四月三日の午前四時半、後ろから緩く抱きしめてくる腕の中でスマホのアラームを止めた凪咲は、

(今朝も快眠で安眠からのすっきりした目覚めだよ、ユキのおかげで)

 なんで結局こっちが助けられてんだ、こんちくしょう。

 悔しく思いながら後ろへ顔を向け、安心したように眠っているユキが目に入り、悔しさが消えた。
 そんな自分に、凪咲は苦笑する。

 寝る前に色々あったけど、安心して眠ってくれているし、

(ユキを起こしちゃってたの、アラームの音とか本当に関係ないって)

 確信してしまうから、次からも昨日のように『心の底から安心して寝る』しかなくなった。

(ユキのためにもって思うけど)

 もうこれ、本当にどっちが助けられてるか分かんないな。

 ユキが「凪咲と共に寝る」と言ってきた理由は、ユキのためというより──凪咲じぶんを気にかけてくれたからだった。

 ◇

 三十一日の夜、出来るだけ諸々を決めたり進めたり、寝る段階になった時。

 寝るの意味は就寝だとユキに念を押され、分かってるよと頷いた凪咲は、分かってなかったかもと思った。

 ユキに抱きしめられ、九本ある長い銀色の尻尾全部を使って包み込まれる『幸せすぎて死にそう』な状態にされる。

 その上、頭を優しく撫でられ、額へ優しくキスをされ、

「凪咲が眠るまでこうしている」

 と、遣る瀬無さと慈しみを込めた声や表情で、伝えてくる。暗い中で浮かび上がるように光る銀色の眼差しが、切なく愛おしそうに自分を見つめてくる。

 いやもう、逆に寝れないから。

 言ったらユキを困らせる。どうにかやめさせる、自分もユキも早く寝る方法を。
 考えた凪咲は、思い出した。

「あの、キスするならなんか、あれ、キスで眠らせるヤツ、あれならすぐに寝れると思うんだけど」
「あの場では仕方ないと思ったが」

 遣る瀬無く慈しむようなユキの声に、悔しさが加わった。

「あの方法は、強制的に眠らせるのと変わりない。何度もするべき方法でもない」

 肉体や精神、魂が慣れてしまったら、眠れたとしても安らかさとは遠い眠りになってしまう。

「眠れないようなら、口づけで眠ってもらう。だが、出来うるならば」

 安らかに眠ってくれ、凪咲。

 言葉通りの意味だと分かっても、「いやもうそれ、死ねって言ってる感じに聞こえるからね」と皮肉を言いたくなった。
 なんにしてもこのまま、早く寝るしか道はない。
 覚悟を決め、全力で寝ようとした。案外すぐに眠れたのは、色々あったからなのか。

 けれど、ふと目を覚ました凪咲は、寝ているように思えたユキが眠そうに目を開き、起こしてしまったかと謝る前に。
 寝ぼけているらしいユキに抱きしめ直され、悔しそうに額へ優しくキスを受け、解けかけていたらしい尻尾全部で包み直された。

 これがユキの当たり前なのか。

 現実逃避したくなり、やっと気づく。

 強制的に眠らせたくない、安らかに眠って──安眠してくれ。

 あんな就寝方法だと思わず、狼狽えて『勘違い』しそうで、理解できていなかった。

(俺のためか、ユキのこれ)

 睡眠時間が短いことは伝えたが、日常的に眠りが浅いことは伝えていない。勘が鋭く優しいユキは、察しても自分へ伝えずに「安らかに」と言ってきたのかも。

(そういや、俺、クマ消してない)

 幼い頃からある目のクマも消さないほうが『ためになる』らしいと理解して、普段は隠したり消さずに過ごしている。今日だって『普段』と変わらないはずだったから、消してない。

 昼間、ユキの腕の中で一時間も寝てしまい、目を覚ましたら睨まれた。
 寝ている時に妙な寝言を言ったか、言ってなくても目のクマで、寝れてないと思われるのは当然だった。
 それに少しは力を取り戻せたらしいユキは、人間の気配を読めるようだし。

 自分を気にかけてくれて、「安らかに眠ってくれ」と言ったのか。

 凪咲はまた覚悟を決め、優しいユキのためにも『安眠』しなきゃと寝直した。

 それから、ずっと。

 ◇

(おかげさまで安眠だよ。ユキを起こさずに起きられたの、良かったけど)

 穏やかそうに眠っているユキを起こさないようにと、腕の中から慎重に抜け出す。

 ベッドから降りて『ユキの部屋』を出た凪咲は、朝の支度をする前に自室の窓から庭へ目を向け、呆れ半分に思う。

(ユキお前)

 また来てるよ、ユキへ『借りを返す何かしら』が。

 庭の一角、デカい物置の横に山と積まれた、様々な品物。
 ユキが言っていた『貸しがある奴ら』から、ユキへ『借りを返すため』にと、毎日どころか気づけばいつも何かある。

 四月一日の午前中、ユキから、

「送る手前までは手はずを整えたが、宅配という方法は凪咲のためにならないのだろう。直に送らせる、届けさせようかと思うんだが、どこか借りられる場所はあるか」

 と言われ、いつの間にと思いつつ「外でも大丈夫なら物置の近くとか」と伝えたら、ユキはまた即座に手はずを整えた。

 今度は凪咲の目の前で、この辺りで大丈夫かと確認され、頷いた瞬間。物置の横の空間が陽炎のように揺らぎ──多種多様すぎる品々の山ができていた。

「人間が必要とするモノだと、伝えはしたんだがな。人間、凪咲が触れても安全か不明なモノもあるようだ」

 送られてきた色々な品物──食料品、日用品、家具や家電、雑貨に道具類、贈答品らしきモノまで様々あった。

 ユキが触れても大丈夫かと危惧したのは、神々しかったり不穏ではないけど妙な気配を発していたりする、これまた多種多様なモノたちだろう。

 それらを見て呆れた反応を示すユキに、凪咲は呆れと困惑を向けたくなった。

「すまない、安全かどうか確認してから凪咲へ渡す。日光や風雨などの影響は受けないし劣化の速度もある程度抑えてあるから、品質はそれほど落ちないはずだ。放っておくか、気になるなら声をかけてくれ」

 確認を始める……前に、ユキが目を向けた全ての品々が一瞬眩く光るのを目にして、

(今のもユキの力だって、なんとなく分かるけど。規格外すぎない? 九尾)

 若干気後れしながら口を開く。

「……えー、ユキ。答えたいならで良いんだけど、いっこ、聞いてもいいかな」
「なんだ? 凪咲のためならできる限り答えるが」

 真面目なカオと声してるけどユキ、お前の耳も尻尾も嬉しそうに動いてるんだよね。

「うん、えっと……すごい量、数? があるけど、どうやって手はずを整えたのかなって」

 一体何人へ『借りを』と伝えたのか、これだけの数を届けてもらう手はず、大変そう。

「少しは力が戻ったからな。出雲のやしろへ伝達した」

 嬉しそうに耳と尻尾を揺らして真面目に説明してくれるユキの言葉で、凪咲の思考が止まりかけた。

 いずものやしろ。

(え? 出雲ってあの出雲だよね? そんな凄い場所と、気軽にやり取りできるの?)

 人間じゃないからか、ユキがすごいのか。

「各地へ伝達するのは、凪咲が言うように数が多くて手間がかかる。あの社なら、昼夜を問わず誰かしら居る。そこから各地へ伝達するよう伝えたんだが……伝達の仕方というより、借りを返す側の感性などの問題だろう」

 人間には扱いづらいモノを送ってくる奴らは、扱いづらいと分かっていないだけだ。

「昨今、現代は以前と違い、人間が主体な世の中になった。俺も他所のことをとやかく言えんが、以前の感覚が残っているだけで、悪気はないように思う。大目に見てくれ」
「……いや……有り難いかぎりです……」

 さらっと「人間が主体の世の中」とか「以前の感覚」とか言ってくれたユキお前、そんな気はしてたけど。

(ユキに借りがある人たち)

 人間じゃないヒトたちってことだよね。

 生鮮食品だけでも有り余るのに、ユキの部屋と決めた部屋の家具などをそれらで一新しても有り余った。
 ユキが寝れるサイズの大きなベッドや寝具も、多種多様な品々の中にあった。どう見ても新品だし、寝心地良さそうだし、そっちを使うのはどうかと提案したら、

「試しにこちらで寝てみるか。凪咲が気に入るならば、こちらを使う」

 真面目で素直に、ベッドへ目を向けながら返された。

「……うん、ありがとう……」

 自分が気に入るかじゃなくて、俺が気に入るかどうかなんだね。

 別邸にあるどのベッドも、ユキにもベッドにも悪いからと、初日に用意したベッドはユキに少し窮屈なサイズの『仮のベッド』だからまあ、ユキが良いなら良いんだけど。

 良いんだけどね、ユキ。

 ◇

(俺のほうが、ユキに助けられちゃってるんだよなぁ)

 凪咲は、洗面室の鏡に映る自分へ苦笑する。

 睡眠時間は変わってないのに、目のクマはほとんど消えた。
 質のいいベッドのおかげもあるだろうけど、ユキと一緒に『心の底から安心して眠れる』おかげのほうが大きい気がする。

(一緒にご飯食べて、一緒に寝て。……あと、まあ)

 ユキの力が少しずつでもちゃんと戻ってきてるのは、自分も素直に嬉しい。
 その自分が、松崎凪咲が──三日ほどで『とても健康的』な見た目になっている。

(目のクマ以外も)

 カサついていた肌、傷んでいた──ヘアカラーでさらに傷めた──髪まで、健康的になった。

(謎すぎる)

 クマも、肌や髪の質も、三日でどうにかなるものじゃないだろ。ユキお前、美容医療とかで食っていけるよ。

(この見た目、今日の反応見てから)

 どうしていくか決めよう。

 苦笑する凪咲の手が、ナチュラルブラウンのヘアカラーへ伸ばされた。

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