銀色九尾な孤の彼と

山法師

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学校と日常

3 溶かされる

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(昨日までのは、まだ)

 力を受け取るためと一応は納得して、それでもやはり抵抗があるらしく、ユキは一分くらい舌を絡ませる程度でやめていた。

 初心者な凪咲じぶんからしたら、一分も舌を絡ませるキスなんて『ディープすぎるキス』に思えるはずなのに。

 庭で無理やり力を渡した時より、時間は長くても軽いキスだった。

 身構えた自分が恥ずかしくなるくらい、軽かった。
 額へのキスのほうが、恥ずかしいし『勘違い』しそうになる。

 それにユキは「あり得ないほど力を取り込めた」と不思議そうに言い、力を受け取りすぎてないか、倒れないかとこっちの心配をする。

 元気だよと伝えたし、元気なままだった。
 力は渡せてるみたいだし、ユキを心配させるくらいならと、もっと長くても大丈夫とか言ったりしなかった。

 今日も同じ『一分くらい舌を絡ませる軽いキス』だと思ったのに。
 まだ一分なんて、絶対に経っていないのに。

(……なに、これ……?)

 溶ける。溶かされる。

 思った途端、顔が熱くなった気がして、恥ずかしさに負けた凪咲は目をつぶった。

 重ねられた唇が、絡み合う舌が、溶かされる。

 目の前にある銀の瞳まで、愛おしそうに自分を見つめ、慈しむように自分を溶かす──蕩けてしまう気がした。

 頭の片隅で色々と考えていたけれど、時間は数秒も経っていないはず。

 なのに、訳が分からない。

 額へ受けるような甘く優しく慈しむキスを、力を渡すために重ねた唇や絡む舌が、受け取ってしまう。

 目をつぶってもユキはキスをやめないでくれて、目を閉じていても大丈夫なのだと、少し安心した。

(安心した俺がバカでした)

 気遣ってくれたのか、さらに優しく蕩けるような甘く慈しむキスになった。破壊力が増した。

 ユキのため、ユキに力を、優しいユキが元気になるために。

 こんな自分に優しいユキが──自分を、こんなに、心から……

(やばい)

 念じていた脳内まで、ユキからのキスに押されている。

(……ホント、に『勘違い』する……)

 ユキのためにならないから。
 やめて、ユキ。

 伝われと強く念じたら、キスが止まった。

「──だから言っただろう。覚悟しろと」

 口を離したユキが、声を一段低くして唇を掠めるように喋り始め、キスは止まったのに身動きが取れない。目も開けられないし、話せない。

(しかもなんか)

 ユキ、お前、声も。
 慈しんで愛おしく思ってる声に聞こえるから、ちょっとやめてほしい。

「お人好しで初心な、阿呆の凪咲」

 九本の尻尾全部使って、労るように包み直されるのも。
 甘く聞こえてしまう低い声も、自分の唇を掠めるユキの唇を熱く感じていることも。

(本当に『勘違い』するから、ちょっと)

 やめろと口を動かそうとした、凪咲の耳と心に。

「いつになく短い十秒程度の口づけで、今まで以上に力を渡してくる、底抜けにお人好しな凪咲の阿呆」

 ──申し訳ありません。お役目を、どうか、せめて。

 遣る瀬無いユキの声と、存在しない〝君〟の声が届いた。
 届いたから、動き出せた。

「ちょっと色々待ってくれる?!」

 全力で顔を引き、離れたユキの口を左手で塞ぎ、叫びながら目を開ける。

 呆気にとられたように銀色の瞳を見開いているユキが、表情も仕草も雰囲気も何もかも、悲痛そうなモノへと変わりかけ、

「違うから。嫌とかじゃなくて」

 ユキの口から手を離し、安心して欲しくて微笑みかけた。

「今みたいなキスのほうが、今までよりユキに力を渡せるってこと? って聞きたかっただけ」

 また呆気にとられたらしいユキが固まったかと思ったら、苛立ちと情けなさと悔しさが混じる表情になる。

「この阿呆、凪咲の阿呆。お人好しで初心な凪咲の阿呆が」

 苛立たしげに低い声で唸られ、喉の奥でまた低く唸り、櫛を通すだけでまっすぐサラサラになる銀色の長髪を両手でかき混ぜ始める。

「えっと……ユキ……?」

 時々とても器用に使う尻尾に支えてもらって、急に腕が離れても倒れずに済んだけど。

(あと、髪)

 人間が使うには適さない、返すか処分か決めてくれと、見せてもらった櫛で。
 処分は勿体ないよ、返すのでもいいけど良ければ使ったらと伝えたら、少し迷う素振りを見せたものの「凪咲が良いなら」としぶしぶ使った櫛で。

(たぶんだけど、ユキの)

 月白雪の『大切な誰か』と関係があるだろう櫛で。

 なんかすごい神々しい気配がする櫛でサラサラになった髪が、見るも無惨な姿に。

「あの、ごめん。今のキス、ユキは嫌だったってこと?」

 どうにも状況が掴めなくて、迷いながら聞いたら、

「黙れ阿呆凪咲の阿呆が!」

 悔しそうに吠えられ、逃さないとばかりに抱きしめられた。

「無自覚に渡していたということだろう、この阿呆。あれほどの力を無自覚に渡す奴があるか、凪咲の阿呆。お前が力を有していることは理解しているが、底がないなどあり得ない。力を渡すにしても加減して渡せ、阿呆な凪咲の阿呆」

 遣る瀬無く言われ、尻尾で包み直され、回復の温かさまで感じる。

「……うん、えっと……」

 嫌じゃない、恐らく次からもあのキスになる、その辺りは理解できた。

「俺が倒れないかって気にしてくれるのは嬉しいけど、俺やっぱり元気だよ? 回復、大丈夫だと思う」
「黙れ阿呆、黙って回復されていろ凪咲の阿呆」

 縋るように抱きしめ直してきたユキへ、

「えっと、ごめん。あと二つだけ」

 ユキの反応を気にかけ、なるべく気軽に。

「力を渡す加減とか分かんないから、大丈夫そうなら教えて──やっぱ自分で頑張ってみる。ありがとうね、ユキ」

 怯えるように体が強張ったユキを抱きしめ、

「それで、二つ目なんだけど。ごめん、そろそろ学校へ向かいたいです」

 キレのいい舌打ちの音が聞こえ、低く唸られ、頭を優しく撫でられた。

「……どこまでも、お人好しな阿呆が……」

 苦々しく思うような低い声で言われたあと、

「同行できる限界まで同行させろ」
「え」

 ちょっと想定外なことを悔しそうに言ってきた。

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