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学校と日常
8 不審者に思えない不審者
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「……えーと、理人」
混乱が続いている凪咲は、それでもどうにか頭を働かせる。
「あの、気にしてくれるの嬉しいけど、別邸に来て大丈夫かは、その、……親、が……」
出入りの許可は両親がする。凪咲が勝手に招くと、理人に迷惑がかかってしまう。
ジャージの前を丁寧に閉めてくれる理人が「その辺りは何も問題ありません」と、真剣な口調で続ける。
「今のあなた、凪咲は松崎家、俺の家は鷹司です。俺のほうで家から話を通しておきます。事後承諾でも、なんの問題も起きません」
「それは……そう、ですね……」
むしろ、両親は「鷹司家の関心を得た」と喜びそうだ。理人が利用されるかどうかについても。
「理人が問題ないって言うなら、大丈夫なんだろうけど……」
松崎家の別邸がどういう存在かを知っている理人が、利用されるとは思えない。
ただ、やっぱり気になるのは。
「その……帰る前にちょっと……確認取らせて……? 両親じゃないんだけど……大丈夫だと思うけど……」
ユキのことをこの場で話していいのか迷うし、ユキだって凪咲の知り合いだとしても突然の訪問者に戸惑うかもしれない。
そしてまた、凪咲は忘れかけていた事実に気がつく。
「あっ、俺のスマホとかってぶっ壊れたよね? 連絡取れないな……なんか気絶して、よく覚えてないけど……そういや、今日の『皆さん』への対応は……?」
『皆さん』は、凪咲に水をかけた複数人と、あの五人。
いつも通りなら……
「あいつらにはいつも通りの対応をしました」
真剣で誠実な雰囲気で応えられ、凪咲は内心で呻いた。
いつも通りの対応は、明言は避けつつ『秘密の恋人を傷つけた』と示して、軽めではあるものの公的な罰則を与えること。
なんとなくでも『理人とは昔から仲が良かったこと』を思い出し、切り替えた自分が『素の凪咲』に戻っている今、その対応は色々ヤバいと分かる。
「ごめんね……俺のせいだね……秘密の恋人のフリ、やめようね……理人のためにならないし……」
「本当の恋人になっていいということですか?」
真剣な表情と口調で、何を言ってるのかな。
「理人? 大丈夫? 疲れてる? いや、疲れてるよね。ごめんね」
ずっと無理をして『秘密の恋人』だと暗に主張し続けていたのに、凪咲が急におぼろげでも昔のことを思い出したり素を見せたりしたから、理人も混乱しているはずだ。
だからと謝ったのに「疲れていません。本気です」と真剣に返される。
(ちょっと、ワケ分かんない)
お互いに混乱している結果だとしか思えない。
(帝国制度の関係で、同性同士も当たり前になったって、教わるけどさ)
だから余計に。
(俺、そういうの、駄目なんだってば)
松崎家がどういう家か分かってる理人が、仲が良かったとはいえ凪咲の恋人だと嘘でも口にしたら、それこそ松崎家の思うツボだ。
誰も幸せになれない。
頭を抱えそうになった凪咲に、
「荷物は全部無事です。濡れただけで破損してません。乾いていますし、ここにあります」
ベッドの下に置いてあったらしいケースを取り出し、サイドボードに置いた理人が中身を見せてくれた。
「え、あ、ホントだ。リュックの中身も全部無事だ……? 制服もコートも無事だ……?」
荷物を確認して首を傾げたら、なぜかまた泣きそうになった理人が頭を下げる。
「……すみません。凪咲を責めるために持ってきました。どうして全て無事なのかと……役目を果たして、ない……と……」
慌てた凪咲が被さるように理人を抱きしめ、
「いやごめん、違うって。理人は悪くないってば」
理人の頭を優しく撫でた時。
一等階級保健室のドアが遠慮がちにノックされ、
「お取り込み中に申し訳ありません、鷹司会長」
ノックと同じように遠慮がちに、生徒会役員の一人の声が聞こえてきた。
「守衛が、その……不審者に思えない不審者らしき方が居ると……名家の方のような……もしかしたら天帝様と関係のある方なのではと……」
本当に名家の誰か、天帝の関係者なら、下手に声をかけたり身分の確認もできない。不審者として通報したら、罰される可能性がある。
入学式が終わって新入生も帰って一時間以上経っている今は午後の三時を過ぎているということだから、残っている教職員も対応できない立場の人間ばかりだろう。
この場で気軽に声をかけても平気なのは、同じく天帝の関係者で神の血を受け継ぐ理人だけ。
すみません、と顔を上げて凪咲に小声で謝罪した理人が、総会長の雰囲気に戻ってカーテンの向こうに行った。
(不審者に思えない不審者……)
学校用の凪咲からもとに戻ってしまった凪咲の頭が、勝手に考え始める。
ただの不審者なら、名家の人間や天帝に関係する雰囲気なんて出せない。
逆に本当に名家の出だったり天帝関係者なら、不審者のような行動を取らない。
(けど)
名家とか天帝とか関係なく、関係者じゃないのに関係者ではないかと思わせる雰囲気を出せる存在に、心当たりがある。
(当たってたら)
マズい。マズい上にヤバい気がする。
部屋の外に行ってしまった理人に、顔を出して声をかける訳にもいかない。会長の雰囲気を取り戻してたけど、まだ混乱してて混乱を隠しているだけかもしれない。
どのような不審者か一緒に確かめたいと言っても、なぜなのかと聞かれた場合の上手い理由が思いつかないし、理人をさらに混乱させる。
凪咲は無事だったスマホでそれぞれにメッセージを素早く送り、片方には通話も試す。
(使い方は一通り教えたし、練習したし、たぶん出られる)
というか、出て。思い違いかどうかを一刻も早く確かめたい。
呼び出しをかけている間に着替えようとベッドにスマホを置いて制服を手に取ったら、画面はすぐに切り替わってテレビ通話が開始された。
「ユキ?! 早いね?! 違った! 違わないけど! ごめん今どこにいる?!」
ベッドに置いたスマホを覗き込み、凪咲は小声で叫ぶ。
学校のほとんどの場所は別邸と違って、高性能すぎる防音機能などは施されていない。全てを隔てる防音機能なんて付けたら、名家の人間に危険が迫ってもすぐに気がつかないで、手遅れになるかもしれないから。
『どういう意味だ?』
画面越しにこちらを軽く睨んでいる──つもりだろうけど、銀色の眼差しが心配そうに揺れている──人間姿のユキの背後に映るのは、見覚えのある壁。
(学校の塀だね?!)
しかも煉瓦の色からして、高等部の正門近くの塀だと分かる。
『俺は言ったが? 凪咲が学校へ行っている間は好きに動く。俺の自由だと』
「それは分かってるしありがとうって思ってるよ! そうじゃなくてね、今そっちに俺の知り合いが行くかもしれなくて──」
『その格好はなんだ? お前の服ではないだろう、凪咲』
慌てていた凪咲は、ユキの目が鋭く眇められたことと問いかけられた内容に、慌てながら答える。
「いやこれ、ちょっと借りてるだけでね。そっちに向かってるかもしれない人が貸してくれててね」
『鷹司の者が来るのか。名前らしき文字に覚えはないが……』
そういやジャージ、左胸のところに校章と一緒に氏名が刺繍されてるんだった。
鷹司家は知ってるんだ、歴史も長くて古くからある、神に連なる家系だしな。
(じゃなくて!)
今は雑念だからと思考を切り替え、鷹司の名前から会話を繋げるつもりで言葉を続けようとした。
『その通りに名前だ。読みはリヒト。鷹司家の嫡男、鷹司理人だ』
爽やかさの中に厳しさをまとった声が画面越しに少し遠くから聞こえ、続けようとした言葉が止まる。
混乱が続いている凪咲は、それでもどうにか頭を働かせる。
「あの、気にしてくれるの嬉しいけど、別邸に来て大丈夫かは、その、……親、が……」
出入りの許可は両親がする。凪咲が勝手に招くと、理人に迷惑がかかってしまう。
ジャージの前を丁寧に閉めてくれる理人が「その辺りは何も問題ありません」と、真剣な口調で続ける。
「今のあなた、凪咲は松崎家、俺の家は鷹司です。俺のほうで家から話を通しておきます。事後承諾でも、なんの問題も起きません」
「それは……そう、ですね……」
むしろ、両親は「鷹司家の関心を得た」と喜びそうだ。理人が利用されるかどうかについても。
「理人が問題ないって言うなら、大丈夫なんだろうけど……」
松崎家の別邸がどういう存在かを知っている理人が、利用されるとは思えない。
ただ、やっぱり気になるのは。
「その……帰る前にちょっと……確認取らせて……? 両親じゃないんだけど……大丈夫だと思うけど……」
ユキのことをこの場で話していいのか迷うし、ユキだって凪咲の知り合いだとしても突然の訪問者に戸惑うかもしれない。
そしてまた、凪咲は忘れかけていた事実に気がつく。
「あっ、俺のスマホとかってぶっ壊れたよね? 連絡取れないな……なんか気絶して、よく覚えてないけど……そういや、今日の『皆さん』への対応は……?」
『皆さん』は、凪咲に水をかけた複数人と、あの五人。
いつも通りなら……
「あいつらにはいつも通りの対応をしました」
真剣で誠実な雰囲気で応えられ、凪咲は内心で呻いた。
いつも通りの対応は、明言は避けつつ『秘密の恋人を傷つけた』と示して、軽めではあるものの公的な罰則を与えること。
なんとなくでも『理人とは昔から仲が良かったこと』を思い出し、切り替えた自分が『素の凪咲』に戻っている今、その対応は色々ヤバいと分かる。
「ごめんね……俺のせいだね……秘密の恋人のフリ、やめようね……理人のためにならないし……」
「本当の恋人になっていいということですか?」
真剣な表情と口調で、何を言ってるのかな。
「理人? 大丈夫? 疲れてる? いや、疲れてるよね。ごめんね」
ずっと無理をして『秘密の恋人』だと暗に主張し続けていたのに、凪咲が急におぼろげでも昔のことを思い出したり素を見せたりしたから、理人も混乱しているはずだ。
だからと謝ったのに「疲れていません。本気です」と真剣に返される。
(ちょっと、ワケ分かんない)
お互いに混乱している結果だとしか思えない。
(帝国制度の関係で、同性同士も当たり前になったって、教わるけどさ)
だから余計に。
(俺、そういうの、駄目なんだってば)
松崎家がどういう家か分かってる理人が、仲が良かったとはいえ凪咲の恋人だと嘘でも口にしたら、それこそ松崎家の思うツボだ。
誰も幸せになれない。
頭を抱えそうになった凪咲に、
「荷物は全部無事です。濡れただけで破損してません。乾いていますし、ここにあります」
ベッドの下に置いてあったらしいケースを取り出し、サイドボードに置いた理人が中身を見せてくれた。
「え、あ、ホントだ。リュックの中身も全部無事だ……? 制服もコートも無事だ……?」
荷物を確認して首を傾げたら、なぜかまた泣きそうになった理人が頭を下げる。
「……すみません。凪咲を責めるために持ってきました。どうして全て無事なのかと……役目を果たして、ない……と……」
慌てた凪咲が被さるように理人を抱きしめ、
「いやごめん、違うって。理人は悪くないってば」
理人の頭を優しく撫でた時。
一等階級保健室のドアが遠慮がちにノックされ、
「お取り込み中に申し訳ありません、鷹司会長」
ノックと同じように遠慮がちに、生徒会役員の一人の声が聞こえてきた。
「守衛が、その……不審者に思えない不審者らしき方が居ると……名家の方のような……もしかしたら天帝様と関係のある方なのではと……」
本当に名家の誰か、天帝の関係者なら、下手に声をかけたり身分の確認もできない。不審者として通報したら、罰される可能性がある。
入学式が終わって新入生も帰って一時間以上経っている今は午後の三時を過ぎているということだから、残っている教職員も対応できない立場の人間ばかりだろう。
この場で気軽に声をかけても平気なのは、同じく天帝の関係者で神の血を受け継ぐ理人だけ。
すみません、と顔を上げて凪咲に小声で謝罪した理人が、総会長の雰囲気に戻ってカーテンの向こうに行った。
(不審者に思えない不審者……)
学校用の凪咲からもとに戻ってしまった凪咲の頭が、勝手に考え始める。
ただの不審者なら、名家の人間や天帝に関係する雰囲気なんて出せない。
逆に本当に名家の出だったり天帝関係者なら、不審者のような行動を取らない。
(けど)
名家とか天帝とか関係なく、関係者じゃないのに関係者ではないかと思わせる雰囲気を出せる存在に、心当たりがある。
(当たってたら)
マズい。マズい上にヤバい気がする。
部屋の外に行ってしまった理人に、顔を出して声をかける訳にもいかない。会長の雰囲気を取り戻してたけど、まだ混乱してて混乱を隠しているだけかもしれない。
どのような不審者か一緒に確かめたいと言っても、なぜなのかと聞かれた場合の上手い理由が思いつかないし、理人をさらに混乱させる。
凪咲は無事だったスマホでそれぞれにメッセージを素早く送り、片方には通話も試す。
(使い方は一通り教えたし、練習したし、たぶん出られる)
というか、出て。思い違いかどうかを一刻も早く確かめたい。
呼び出しをかけている間に着替えようとベッドにスマホを置いて制服を手に取ったら、画面はすぐに切り替わってテレビ通話が開始された。
「ユキ?! 早いね?! 違った! 違わないけど! ごめん今どこにいる?!」
ベッドに置いたスマホを覗き込み、凪咲は小声で叫ぶ。
学校のほとんどの場所は別邸と違って、高性能すぎる防音機能などは施されていない。全てを隔てる防音機能なんて付けたら、名家の人間に危険が迫ってもすぐに気がつかないで、手遅れになるかもしれないから。
『どういう意味だ?』
画面越しにこちらを軽く睨んでいる──つもりだろうけど、銀色の眼差しが心配そうに揺れている──人間姿のユキの背後に映るのは、見覚えのある壁。
(学校の塀だね?!)
しかも煉瓦の色からして、高等部の正門近くの塀だと分かる。
『俺は言ったが? 凪咲が学校へ行っている間は好きに動く。俺の自由だと』
「それは分かってるしありがとうって思ってるよ! そうじゃなくてね、今そっちに俺の知り合いが行くかもしれなくて──」
『その格好はなんだ? お前の服ではないだろう、凪咲』
慌てていた凪咲は、ユキの目が鋭く眇められたことと問いかけられた内容に、慌てながら答える。
「いやこれ、ちょっと借りてるだけでね。そっちに向かってるかもしれない人が貸してくれててね」
『鷹司の者が来るのか。名前らしき文字に覚えはないが……』
そういやジャージ、左胸のところに校章と一緒に氏名が刺繍されてるんだった。
鷹司家は知ってるんだ、歴史も長くて古くからある、神に連なる家系だしな。
(じゃなくて!)
今は雑念だからと思考を切り替え、鷹司の名前から会話を繋げるつもりで言葉を続けようとした。
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