追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角

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第十六話:収穫祭の計画と忍び寄る魔の手

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奇跡の芽吹きから一ヶ月。
私たちの希望の象徴であった小さな双葉は、今や力強く葉を広げ、豊かな実りを予感させるまでに成長していた。
スライムの膜で作った温室の中は、生命の息吹で満ちている。見たこともない豆は、ぷっくりと膨らんだ鞘をつけ、寒さに強いという根菜は、土の上からでも分かるほどに太っていた。

領民たちの顔には、もはや不安の色はない。
そこにあるのは、自分たちの手で未来を切り拓いているという、確かな自信と誇りだった。
皆、驚くほどによく働き、そして、よく笑うようになった。
街は、私が初めてこの地を訪れた時とは比べ物にならないほど、明るい活気に満ちている。

「素晴らしい……。本当に、素晴らしいですわ」

夕暮れ時、温室が立ち並ぶ丘の上からその光景を眺めながら、私は感慨深く呟いた。
隣には、いつものように、アレクシス様が立っている。

「ああ。これも全て、お前のおかげだ」
「いいえ。皆が、そしてアレクシス様が、力を貸してくださったからです」

私たちは、自然と笑みを交わす。
彼との間に流れる空気は、とても穏やかで、心地よかった。
もはや、氷血公爵という異名は、彼には似合わない。
私の知る彼は、誰よりも領民を愛し、不器用ながらも、とても温かい心を持った人だ。

「アレクシス様。一つ、ご提案があるのですが」
「なんだ」
「最初の収穫を祝して、皆で『収穫祭』を開きませんか? これまでの皆の労をねぎらい、そして、私たちの団結を、改めて確かめ合うために」

私の提案に、彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにその青い瞳を優しく細めた。

「……収穫祭、か。いいな、それも」
「本当ですか!?」
「ああ。領民たちも喜ぶだろう。それに、お前の作る新しい祭り料理とやらも、少し、興味がある」

彼は、少し照れくさそうに、そう付け加えた。
その不器用な物言いが、たまらなく愛おしい。

収穫祭の計画は、すぐに領地全体に広まり、街はお祭りムード一色に染まった。
女たちは、飾り付けの花飾りを作り、男たちは、広場に立てる大きな櫓を組み立てる。
子供たちは、祭りで披露する歌や踊りの練習に夢中だ。
ゲオルグさん率いる厨房チームも、新しく収穫される野菜を使った、特別なメニューの開発に燃えていた。

誰もが、収穫祭の日を、心待ちにしていた。
それは、苦難を乗り越えた者たちだけが味わえる、特別な祝祭になるはずだった。

私も、祭りの準備に奔走する合間に、アレクシス様と穏やかな時間を過ごすことが増えた。
二人で城の書庫で古い文献を調べたり、領地の未来について語り合ったり。
そんな何気ないひとときが、私にとって、かけがえのない宝物になっていた。

……だが、私たちは知らなかった。
その輝かしい光の裏側で、どす黒い悪意に満ちた影が、静かに、そして着実に、私たちの足元に忍び寄ってきていることを。

「……おい、聞いたか? 最近、見かけねえ面構えの連中が、街の酒場にいるらしいぜ」
「ああ。なんでも、仕事を求めて流れてきた、傭兵崩れだとか」

そんな噂が、領民たちの間で、囁かれ始めたのは、収穫祭を三日後に控えた日のことだった。
最初は、誰も気に留めていなかった。
領地が活気づけば、よそ者が流れてくるのも、自然なことだからだ。

しかし、その不審な男たちの数は、日に日に増えていった。
彼らは仕事を求めるでもなく、ただ昼間から酒を飲み、領民たちを値踏みするような、いやらしい視線で眺めている。

セバスチャンが、私にそっと報告してくれた。

「奥様。どうも、あの者たちの素性は、はっきりしませぬ。傭兵組合にも、登録がない者ばかりのようで……」
「……そうですか」

胸騒ぎがした。
ただの偶然だろうか。
それとも、これは……。

私の脳裏に、マルティナ・ゲルラッハの、憎しみに歪んだ顔が浮かぶ。
経済封鎖が失敗した彼女が、このまま大人しく引き下がるとは思えなかった。

私は、この一抹の不安を、アレクシス様に伝えるべきか迷った。
だが、確たる証拠もないのに、皆が楽しみにしている祭りの前に、水を差すようなことはしたくなかった。
きっと、私の考えすぎだ。そう、自分に言い聞かせた。

その夜、私はアレクシス様に頼み、城のバルコニーから、二人で街を眺めていた。
煌々と灯る家々の明かりは、まるで宝石箱のように美しい。

「綺麗……。この領地が、こんなに輝いて見えるなんて」
「そうだな。……リナ、ここへ来てくれて、感謝している」

不意に、彼が真剣な声で言った。
驚いて隣を見ると、彼は、まっすぐに私を見つめていた。

「お前がいなければ、この光景を見ることはなかった。俺は……」

彼が、何かを言いかけた、その時だった。
彼の大きな手が、私の手に、そっと重ねられる。

その温もりに、私の心臓が、大きく、高鳴った。
私たちの間に、甘く、そして少しだけ緊張した空気が流れる。
彼が、私の名前を、呼ぼうとした、その瞬間――

遠くの森で、一羽の梟が、まるで警告するかのように、低く、不気味に鳴いた。

その声に、私は、なぜか背筋がぞっとするのを感じた。
穏やかな夜の闇の向こう側で、何かが、うごめいている。
私たちの幸せを、根こそぎ奪い去ろうとする、邪悪な何かが。

迫りくる魔の手に、私たちはまだ気づいていなかった。
あと三日後に訪れる祝祭の夜が、炎と絶叫に包まれた、悪夢の夜になるということを。
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