勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス

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第3章 団長、まさかのモテ期突入!?

無自覚の……恋?

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 アメリア姫が軽やかに部屋を去り、扉が音もなく閉じられる。残された空気は張り詰めたまま、誰もすぐには口を開けなかった。

「……陛下」

 ユリウス殿下が、押し出すように口を開く。

「まさか……姫の申し出を本気で受け入れるおつもりですか?」

「正気とは思えません」

 続いたアルベルトもまた、きっぱりとした口調で言い放つ。

 レオポルト陛下はワインの杯を持ったまま、ゆるやかに息を吐き出した。 

「ふむ。正気かと聞かれれば、まあ正直、驚いてはおる。だが……」

 そう言って陛下はちらりと俺を一瞥し、手元のワインを静かに揺らす。ゆらゆらと波打つ深紅の液面に、何かを思案する影が落ちていた。 

「世の中には、愛のない夫婦など珍しくもない。それを否定はせん。だが裏を返せば、愛がないのならば、別の道を選ぶのもまた一つの在り方であろう。それが国の発展に繋がるのなら、なおさらだ」

 小さく一息ついたあと、陛下はようやく視線をこちらへと戻す。 

「もしヴォルフと奥方のあいだに愛がないのなら……アメリア姫の申し出を検討する余地はあると、そう思っただけのことだ」

 声音は淡々としているのに、その言葉は重石のように俺の胸へ沈み込んでくる。それきり王は何も言わず、椅子から立ち上がった。

「では、儂は政務に戻るとしよう。午後の会議が控えておるのでな」

 侍従に軽く目配せを送り、陛下は重々しく部屋を後にする。

「……検討する余地はある、か」

 低く呟いたユリウス殿下は、ちらりと俺に視線を投げた。

「なぁ、ヴォルフ。一応聞いておくが──お前、アメリア姫と結婚したいか?」

「なっ、したいわけないでしょうが!?」

 唐突な質問に、つい語気が強くなる。

「だよなぁ。だってお前、レゼのこと、好きっぽいし」 

「なっ、そ、そんな! ち、違います! 俺は、ただ……!」

 言葉の先が出てこなくて、慌てて口をつぐむ。熱が一気に頬へ上っていくのがわかる。

(俺が……テレーゼ嬢を、好き……? そ、そんなわけ……いや、でも……)

 ふと、あの夜の記憶がよみがえる。彼女の手を握ったときの感触。白くて、細くて、やわらかくて……なんか、離したくなくて。

(……な、なに考えてんだ俺っ)

 慌てて頭を振る。これ以上余計なことを思い出したら、まともじゃいられなくなる。

 なのに、目の前のふたりは──なぜかそろって納得顔だ。 

「ふむふむ、やっぱり気づいてないパターンか」

「完全に無自覚の恋……ってやつだな」

「おいっ! 勝手に診断するなっ!」

 思わず声を荒げた俺に、アルベルトが急に真顔に戻った。

「でも、よく考えたら……さっき陛下は『愛がないのなら』って仰ってましたよね。つまり、『愛がある』なら、問題ないってことでは?」

 その言葉に、ユリウス殿下が食いつくように言葉を畳みかける。

「だな! アメリア姫もそこは気にしてたし。ようするに……お前がはっきりさせりゃ済む話なんだよ、ヴォルフ」

「なっ──!」 

 ふたりの言葉が、じわじわとのしかかってくるようで、思わず喉が鳴った。

「だから、さっさとアメリア姫に言えばいいんだよ。『俺はテレーゼを愛してる』って。な?」

「愛っ……!?」

 その言葉を繰り返した途端、顔が熱くなっていくのがわかる。

(そ、そんなの……言えるわけないだろうがっ!) 

 けれど、そんな俺の様子など気にも留めず、ふたりは好き勝手に話を進めていた。

「てかさ、最初からお前が即それ言ってりゃ済んだ話なんだよな~」

 ユリウス殿下が、わざとらしく肩をすくめる。

「でも、それができないのがこの男なんですよ。何しろ無自覚の権化ですから」

 アルベルトは片眉をわずかに上げ、からかうように俺を見る。 

「だな~。しかも仕事と鍛錬のことしか頭にない脳筋だしな~」

「マジで恋愛方面の処理能力ゼロですしね」

(……こいつらっ!)

(そもそも失言して話をややこしくしたのは殿下だろうがっ!)

(なのに、いつの間にか俺が……あ、愛してることになってるし!)

「……おまえらなぁっ!」

 さすがに抗議の声を上げかけたその時。
 コン、コンと扉を叩く音が響いた。

「失礼いたします」

 控えめな声とともに扉が開き、侍従が姿を現す。 

「アメリア殿下は、先ほどヴォルフ様のご自宅に向かわれたとのことです」

「は?」

 思わず、三人とも動きを止めた。

(アメリア姫が、俺の屋敷に?)

(な、なにしに……って、テレーゼ嬢に会いに行ったのか!?)

(やばいっ! 何を言う気だあの人!? 頼むから、話をややこしくするようなことはやめてくれっ!)

 心の中で大絶叫しながら、そわそわしだす俺を見て、ユリウス殿下が手をパタパタと振ってみせる。

「ほら、早く行ってやれよ。今日は姫の護衛もないんだし、別にいいだろ」

「す、すみません! 失礼しますっ!」

 言われるが早いか、俺は踵を返し、ほとんど駆け出す勢いで部屋を飛び出した。

 背後からは、ふたりの呟きが聞こえてくる。

「……やっぱ、愛、あるよなぁ?」

「……ありますねぇ」

「じゃあまあ、心配ないか」

 
 *

 
 馬を駆けさせて屋敷に戻ってきたとき、まず最初に感じたのは──妙な静けさだった。

 昼下がりの邸宅とは思えない。門番の姿はあるし、玄関の扉も開いている。だが、普段ならあちらこちらで聞こえるはずの雑談や食器の音、使用人の足音すら、まるで隠されているかのように、聞こえてこなかった。

(……なんだ、この空気) 

 邸に足を踏み入れた瞬間、胸の奥がぞわりと揺れる。玄関ホールに誰一人出迎えがないことに気づき、思わず眉をひそめた。

 そのとき──

「おかえりなさいませ、ヴォルフ様」

 廊下の奥から、ハロルドが静かに姿を現す。いつもと変わらぬ丁寧な口調だが、その声音には微かだが、確かに冷えたものが混じっていた。

「ただいま。……アメリア姫は?」

 口にしてからしまったと思う。これではまるで、自分が姫を追って帰ってきたみたいじゃないか。

「すでにお帰りになられました」

 ハロルドは相変わらず表情ひとつ動かさずに、淡々と答えた。

「そうか。それで……テレーゼ嬢は?」

 問いかけながら、心のどこかで願っていた。外出していて、アメリア姫とは鉢合わせしていない──そんな奇跡があれば、と。

「テレーゼ様はお部屋に籠もられました」

 その言葉に、小さな落胆が心をかすめた。同時に、心臓をひと突きされたような痛みが走る。

(……傷つけた)

 足取りが途端に重くなる。それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。アメリア姫が彼女に何を告げたのか──それはもはや二の次だ。

 今この瞬間、彼女がどんな思いでいるか。それだけが気がかりでならなかった。

(……とにかく、会いたい)

 俺は足早に、テレーゼ嬢の部屋へと向かう。

(ユリウス殿下の言う通りだ。最初からアメリア姫にはっきり断ればよかった)

(全部、俺のせいだ)

 後悔、苛立ち、情けなさ。すべてが自分の中で渦を巻いて、胸の奥でぐしゃぐしゃに絡み合う。何もかもが遅すぎた気がして、無性に腹が立った──自分自身に。

 静まり返った廊下。屋敷の空気すら、やけに重たく感じられる。

 そして──彼女の部屋の扉の前に立ち、軽く、ノックをする。

「……テレーゼ嬢」

 返事はない。
 もう一度、今度は少しだけ強くノックする。

「……話がしたい。少しだけでいい。顔を……見せてくれないか」

 それでも、扉の向こうからは何の音も返ってこなかった。
   
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