勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス

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第4章 恋の行方、ただいま急展開!

もしかして、マリッジブルーってやつですか!?

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「ヴォルフ様、どこから回ります? お店? それとも噴水広場に行ってみます?」

 レゼが弾むような声で尋ねてくる。頬はほんのり上気し、瞳はきらきらと輝いていて──

(……まるで遠足に来た子どもだな)

 思わず苦笑する。いや、子ども扱いするのも違うが……やっぱり、こういう素直なところはかわいい。 

 今日は休みを取って、ふたりで街へ出た。こうして出かけるのは……以前、ユリウス殿下に無理やり休暇を取らされた時以来か。

(あの時は、ろくにエスコートもできず、レゼに呆れられたんだったな)

 つい数ヶ月前のことなのに。あれから色んな事がありすぎて、随分と懐かしく感じる。にわかに感傷に浸りながら、俺は今度こそとばかりに腕を差し出しかけ──ぴたりと動きを止める。

(……いや、待て)

(手を……つなぐべきなんじゃないか?)

 ふいに思い出した。以前、任務の一環でアメリア姫と手をつないだ話をレゼに報告したら、「ずるい!」と口を尖らせていたことを。

(いや、でも……)

 ちらりと横目で、レゼの手元を盗み見る。白くて細い、レゼの手がすぐそこに。その手を取るか、取らないか……たったそれだけのことが、どうしてこんなにも難しいんだ!

(くそっ、こんなことで悩むな)

 俺はすっとレゼの隣に立ち、自然に──いや、自然を装って、恐る恐る彼女の手を取った。その瞬間、レゼが驚いたように顔を上げる。

(み、見るな……こっちを!)

 俺はその視線には気づかないふりをして、ひたすら前だけを向いて歩き出す。しばらくして──レゼがふっと笑った気がした。

「ヴォルフ様?」

「な、なんだ?」

「大好きですっ」

 つないだ手をきゅっと握り返してきた。

「なっ……!?」

 思わず立ち止まりかけた足を、なんとか踏みとどめる。  

(な、なんで俺は今……告白されたんだ!?)

 混乱しかけた頭をどうにか落ち着けようと、ちらりとレゼの顔をうかがうと──彼女はにこにこと、嬉しそうに俺の隣を歩いていた。

(……もう、なんなんだ。ずるいだろ、それは)

 顔がじわりと熱くなる。逃げ場のない感情を持て余しながら、俺はそのまま手をつないで、再び歩き出した。 
 
 
 *
    

 ひと通り街を回って、そろそろ帰るかという頃。レゼがふと思い出したように、ぱんと手を打った。

「そうだわ。ヴォルフ様、あのパン屋さんに寄ってもいいですか?」

「パン屋?」

「ええ。屋敷の皆様へのお土産に、何か買って帰りたくて」

 そう言って、レゼが視線を向けたのは、俺がクリームパンを勧めたあの店だった。

「あそこか。……わかった、待ってる」

 店内は広くないし、見るかぎり、すでにそこそこ客が入っている。俺みたいな大柄な男が入れば邪魔になるだろう。俺は通りから少し外れた日陰に立ち、レゼがパンを選ぶのを待つことにした。

 しばらくして、小さな鈴の音とともに店の扉が開く。そこから出てきたレゼの両手には、ぎゅうぎゅうに詰まった紙袋が二つ。 

(おい、またそんなに買ったのか……)

 思わず苦笑を漏らし、袋を持ってやるかと足を踏み出そうとした──その時だった。

「まあ……テレーゼお嬢様?」

 通りの向こうから、ふいに誰かの声が飛んだ。俺は思わず足を止める。見ると、店の近くにいた年配の女性が、レゼに声をかけていた。距離はあるが、ふたりの会話が、なんとか聞き取れる程度には届いてくる。 

「まあまあ、お綺麗になって。すっかり見違えましたわ」 

 知り合い、か? 

「……もしかして、ルイーズ? まあっ、お久しぶりですわ!」 

 レゼが目を丸くして、ぱっと笑顔を見せる。どうやら、彼女も覚えているようだった。俺は路地の影からそっと様子をうかがいながら、耳を澄ます。

「相変わらず、クリームパン……お好きなんですね?」

「えっ、ええ……」

 レゼがほんの少し、気まずそうに笑ったのが見えた。

(……クリームパン?) 

(苦手って、言ってなかったか?)

 俺の眉が思わずぴくりと動く。続く女性の言葉が、さらに気になった。

「憧れのお方との思い出のクリームパンですものね。お嬢様ったら、あの頃、満天の星空の下で、憧れの方に抱きしめられながらプロポーズされるのが夢だって、毎日のように仰ってましたものねぇ」

「も、もうっ……昔のことですわっ」

 レゼがあたふたと手を振っている。笑ってはいるが、頬が少し赤い。……照れてる?
 その光景に、胸の奥がずしんと重くなった。 

(……憧れの人、だと?)

 レゼには……そういう相手がいたのか? クリームパンは、そいつとの思い出?

(だから俺には、苦手だって言ったのか……?)

 ぐらり、と視界がわずかに揺れた気がした。いや、冷静になれ。昔の話だと言ってるじゃないか。だけど。

(……なんだ、この感じ)

 思いがけず、レゼの「理想のプロポーズ像」は聞けた。けれど、それ以上に、胸の奥にじわじわと広がるこのざらついた感情が、妙に落ち着かなかった。
 
  
 *
 
  
「ごちそうさま」

 そう言って席を立ったヴォルフ様の背中を、私は少し寂しい気持ちで見送っていた。

 あの日──ヴォルフ様が手をつないでくださって、ふたりで街を歩いたあの時間は、とっても楽しくて、幸せで……。なのにそれからというもの、なんだかずっと、元気がない気がしますわ。

(お仕事で疲れているのかしら……でも、それだけじゃないような)

 その後ろ姿を見送りながら、私はそっと小さく首をかしげた。静かになった食卓に、ぽつりとルーディさんが口を開いた。

「……なーんかヴォルフ様、最近元気ないですよね?」

 その一言に、全員がぴくりと反応する。

「ほんとですよ。テレーゼ様と想いが通じ合って、いまがいちばん幸せな時期のはずですのに……」

 マチルダさんが首をひねる。

「テレーゼ様と何かあったわけでもなさそうですしねえ……」

 セシルが紅茶を注ぎながら、ちらりと私の方を見た。

「ねえ、誰か、思い当たることはないのかい?」

 マチルダさんがテーブルを見回すと──

「……あの」

 おずおずと、ハロルドさんが控えめに手を上げた。

「なんだいっ?」

「い、いえ……その、もしかすると……」

 ちらりと私を見るハロルドさんの目が、申し訳なさそうに伏せられる。

「先日、私が、ヴォルフ様に『そろそろ結婚式の準備を』とお声がけしたのです。……それで、その……プレッシャーになってしまわれたのかも……」 

 食堂がしんと静まりかえった。

「それって……」

 ルーディさんが目を見開く。

「マリッジブルーってやつですか!?」

「……えっ?」

 手が止まり、スプーンがわずかに揺れる。胸の奥がきゅっと締めつけられた。

「わたくしとの結婚が……嫌になったとか……?」

 カチャン、とスプーンを落としたその姿に、一同がざわつくのだった。  
     
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