あなたのセフレにはなりません!

鳴哉

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 とにかく最悪の気分だった。

 10年越しの婚約を解消された。
 子爵家の嫡男である婚約者を将来支えたいという思いで、学園に通っている間は勉学に勤しみ優秀な成績を収め、卒業後は結婚までの間だけでも経験を積んでおこうと難関の採用試験をクリアし国の官吏として働いていたら、「そんなものは婚約者に求めていない」とフラれた。
 彼が婚約者そして妻に求めていたのは、そう彼が告げた時に腕に纏わり付かせていた彼女のような「可愛げ」だそうだ。


「そんなこと今まで一度も聞いたことないし!」

 言葉と同時にテーブルの上に空になったジョッキを振り下ろす。ダン!という大きな音が鳴ったにも関わらず、周りの誰もこちらに注目しないのは、ここが人気の大衆食堂で私がたてた音が紛れる程の喧騒の中だから。

 私の前に座る上司だけが困ったように眉尻を下げる。

「……飲み過ぎですよ、カルティさん」

 10年もの時間を無駄にしたと思うと、自棄酒でも飲んで忘れたくなっても仕方なくない?
 怒りが違う感情に代わりそうで、追加のお酒を店員さんに注文する。

「それくらいにしておかないと帰れなくなりますよ」

 宥める上司の顔を見返す。無駄に整った麗しい顔の彼は、落ち込む私を心配して晩御飯に誘ってくれた直属の上司、ダウニー課長だ。

 見た目だけでなく人柄だとか家柄だとか財力だとか他にもモテる要素を各種兼ね備えた彼の存在によって、我が部署へ異動希望する未婚女性は後を絶たない。あわよくば彼に見初められたいのだろうけれど、思いの外仕事に対して厳しい彼の指導について行けず、泣く泣くまた別の部署に異動してしまう者も同数。
 結果、うちは慢性的な人手不足だ。そして私は残業、婚約者の彼と会う回数も減り、彼女ができたことにもこんなことになるまで全く気づけなかった。もう家にも話が伝わっているのだろうと思うと、さらに気が重い。

「帰りたくない」

 そう思っても仕方のないことだと思う。
 でもそれは決して口に出してはいけなかったのだ。

 直後限界を超え睡魔に襲われた私の意識は、そこでぷつりと途絶えた。



 目が覚めた時、窓の外はようやく明るくなり始めた感じだった。

 だるい。
 頭が痛い。
 体の節々も強張っている。
 特に首が痛くて、これいつもの枕じゃない、と気付く。枕が変わると寝られない性質の私は、それを避けようと頭の下に手をやった。

 ……悲鳴を上げそうになりすんでのところで止める。それは枕ではなかった。




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