霊和怪異譚 野花と野薔薇

野花マリオ

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鐘技怪異談集全18話

13話「デリートカップル」

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【語り部:鐘技友紀】

 マッチングアプリって、
 たしかに恋が生まれる場ではあるけど、
 同時に、人間を“選別する”場でもある。

 スワイプ、マッチング、ブロック、削除――

 軽い言葉で人の存在を「なかったこと」にできる時代。
 けれど、その軽さが“何か”を呼ぶって、考えたことある?

 今日は、そんなアプリにまつわる話をひとつ。

 ⸻

【1】

「最近さ、カレシいなくなったんだよね」

 親友の咲良(さくら)が笑いながら言ったのは、春の午後だった。

「え、別れたの?」と聞くと、
 彼女はスマホを軽く振って言った。

「……削除したの」

 

 “削除”?
 それ、アプリのブロックって意味でしょ? と返そうとしたけど――

 咲良は真顔で言った。

「リアルごと、デリート。」

 そして画面を見せてくる。
 そこには、「削除済」という文字と共に、
 モザイクのかかった男のプロフィール写真。

 妙なのは、その男の名前を聞いても、誰も思い出せなかったことだ。

 クラスメイトも、共通の友人も。

 まるで最初から“存在していなかった”みたいに。

 ⸻

【2】

 咲良が使っていたのは、最近出たばかりの新しいマッチングアプリ――『re:lation(リレーション)』。

 ウリ文句は、「AIが本気の縁を選んでくれる」というやつ。

 だけど、そのアプリには“隠し機能”があった。

 マッチした相手を【長押し】して、表示される“Delete(削除)”ボタン。

「実際、押したらどうなるの?」と聞くと、咲良は笑って答えた。

「1回だけなら試してみれば? 戻るけどね、1回だけなら」

 ……試す?
 人を削除するボタンを?

 

 けれど、あの時の私は、
 ちょうどアプリで知り合った男とのやり取りに、
 心底うんざりしていた。

 暴言。束縛。監視。

 一線を超えたストーカー行為に、警察沙汰寸前だった。

 

 そしてある晩。
 彼のメッセージに震えながらアプリを開いた私は、
 ……迷いなく、彼のプロフィールを長押しした。

 出てきたのは赤いボタンひとつ。

 Delete【削除しますか?】

 躊躇なく、押した。

 

 次の瞬間――
 スマホが震え、画面が真っ白になった。

 そのまま、アプリは強制終了。

 連絡先も、通話履歴も、SNSのDMも、すべて**「該当なし」**に変わっていた。

 まるで最初から、存在していなかったかのように。

 ⸻

【3】

 削除した“彼”は、その日から二度と現れなかった。
 怖いくらいに、綺麗に消えた。

 安心する反面、何かがおかしいという気もしていた。

 咲良にその話をすると、彼女は指を一本立てて言った。

「でもね、2回目はアウトだよ。
 戻れない。絶対に」

「戻れないって、何が?」

「自分が消されるの。
 アプリが、バランス取ろうとするから」

 

 その夜、私は夢を見た。

 アプリの画面が勝手に開き、
「あなたは次の削除対象です」と表示された。

 スマホの中から、人の手が這い出てくる夢。

 

 ……目が覚めたら、スマホの壁紙が“誰かの目”になっていた。

 設定は変えてない。
 でも変わっていた。

 ⸻

【4】

 その後、咲良の様子がおかしくなった。

 メッセージは途切れ、呼び出しても来ない。

 心配になって家を訪ねたが、彼女の部屋はすでに引き払われていた。

 不動産屋の話では「咲良という名前の住人はいなかった」と。

 大学の出席記録にも彼女の名前はなく、
 Ray霊の履歴すら白紙になっていた。

 

 でも、スマホには**『re:lation』のアイコンだけが、ずっと残っていた。**

 タップすると、ログイン状態のまま。

 アカウントページには、“最後のメッセージ”が残っていた。

 ごめんね。もう、私【デリート】されるみたい。

 画面の奥で、笑っている咲良の写真。

 その顔が、ノイズと共に溶けていった。

 ⸻

【5】

 ……マッチングアプリに何を求めるかは人それぞれだけど、
 どんなに相手が最悪でも、
 “消していい存在”なんて、本当はどこにもいないのかもしれない。

 でも、人間って都合がいいから。
 邪魔な相手を消したがる。
 簡単な言葉で、「合わないから」で切ってしまう。

 

 でも忘れないで。

 誰かを消した数だけ、あなたも誰かに見られてる。

 この話を聞いたあなたのスマホにも――
 もしかしたらもう、『re:lation』のアイコンが浮かんでいるかもしれないね。

 ⸻

 デリートカップル 完
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