霊和怪異譚 野花と野薔薇

野花マリオ

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鐘技怪異談集全18話

05話「チューイイデートスポット予報」

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「1」

 ーー鐘技山展望台ーー

 休日の午後。鐘技市の山にある展望台に、私は親友の恵とそして“保護者”として黒岩を連れてやってきていた。
 空は雲ひとつなく、展望台からの眺めは、まさに絶景。

「うはぁ、見て見て! めっちゃ映える~~!」

 満面の笑みではしゃぐ恵に、私は思わずため息。
 靴のヒールで柵の上に乗るような真似は、マジでやめてほしい。

「恵、落ちたら怪異談になるわよ?“鐘技山の転落少女”とかって」

 そう釘を刺すと、恵は舌を出して笑う。
 その横で、無口な黒岩がぽつりと口を開いた。

「……この展望台、知ってますか?昔から、カップルが“消える”って噂があるのですよ」

 え、何それ?と私と恵が振り向く。黒岩の語り口はいつも通りの淡々としたものだったけれど、その内容は妙にリアルだった。

「地元で一時期、流行った深夜ラジオがあって……“チューイイデートスポット予報”ってタイトルだった」

 ラジオ……? 私の脳裏に、どこかで聞いた記憶がふわりと浮かぶ。

「“キケンで、チューイイ夜を”ってキャッチコピー。リスナーに“映えるけど注意が必要”な場所を紹介するコーナーだった。鐘技山もその一つだったらしいですね」

「消えるって、どういう意味?」

 恵が無邪気に問うと、黒岩の声が少しだけ低くなった。

「ラジオを聞いたカップルが、夜にドライブで来て……次の日には、どちらも消息不明。車だけが見つかった。何件か、実際に記録がありますね」

 ……ぞくりと、背中に冷気が走った。
 でも、それよりも気になったのは。
 なぜか私の中で――そのラジオの声が、鮮明に思い出せたこと。

 ……まるで、私がそれを“聞いたことがある”かのように。

 ⸻

「2」

 《えー、本日、チューイイデートスポットは……血、じゃなかった、地元でもっとも“映える”夜景スポット、鐘技山の展望台です♪》

 ――声が聞こえる。

 それは思い出の中じゃない。今、この耳に。
 夕暮れの空の下、展望台に立つ私の鼓膜に、確かに届いている。

 ラジオの音がする方へ、私は振り返る。

 そして――いた。

 一台の車。白い軽。運転席と助手席にカップル。
 ラジオを流しながら、笑い合っている。

 彼氏が言う。「“チューイイ”って、なんだよそのネーミング」
 彼女が言う。「“注意が必要な”って意味だってさ。ダジャレみたいなもん」

 ……そのやり取りを、私は知っている。

 数週間前も、あの言葉を聞いた。
 別の車。別のカップル。その時も、彼女はこう言っていた。

『知らない方が、いいんじゃない?』

 ふふ、まただ。
 また、始まるのね――“チューイイ夜”が。

 ⸻

「3」

「ここ、が鐘技山の展望台?」

 車を降りた彼氏が呟く。
 その後ろに続く彼女は、笑顔を浮かべながらも、どこか影のある目をしていた。

「夜景、ちょっと微妙……?」
「でも……雰囲気はあるでしょ?」

 彼女の目が、彼の首筋にふと吸い寄せられる。

 ――分かる。

 私はこの場にいるのに、ここに“いない”。
 見えているけれど、視えられてはいない。

 これは、過去でも未来でもなく。
 “私が何度も繰り返した夜”の、ひとつ。

「……なあ、風、冷たくない?」
「私の手、あったかいよ」

 そう言って手を重ねる。
 だけど、彼の目がわずかにすくむ。

「……冷たいよ?」

「うん。体温、低めなんだ。前から――」

 そして、彼女は彼に顔を寄せる。

 首筋へと唇を滑らせ、
 そして――

 噛む。

 骨の下で跳ねる鼓動を感じながら、
 赤いぬくもりが舌を潤していく。

 ああ、やっぱり……新鮮な血って、最高。

 ⸻

「4」

『……来週の“チューイイ”デートスポット予報は、深夜の海沿いルートです♪ 車を停める際は、必ずエンジンを切って、ドアをロックしてくださいね♪』

 ラジオの声が、静かに響く。

 “チューイイ”の意味を知らないまま来たカップルは、今夜もまた、ひと組消える。

 だって――“おじゃま虫”が入っちゃうからね。

 私みたいな。

 首筋に歯を立てるたびに、忘れていた鼓動が蘇る気がする。

 ふふ。来週も誰か、来てくれるといいな。

 ⸻

「5」

 ーー帰り道、黒岩の車内ーー

 展望台を後にし、黒岩の黒いワゴンに乗り込んだ私たち。
 恵を送り届けたあと、ようやく私と黒岩だけになった。

「……ようやく、邪魔者がいなくなりましたね」

 黒岩がぽつりと呟く。
 その一言に、私は少しだけ鼓動が跳ねた。

「な、なにそれ……黒岩がそんなこと言うなんて、意外……」

 沈黙。
 運転中の黒岩がふと道端に車を寄せる。

 え……まさか、これって――

 胸が高鳴る。心拍数がどんどん上がっていく。
 このあと、何かが起きる……?

 ……と思った瞬間、私は目を覚ました。

 ⸻

 車はすでに停まり、家の前。
 黒岩はもう車を降りていた。

「……っ、なんだ夢か……」

 車内でひとり顔を赤くする私。
 バカみたい、と自分に呟いて、私は顔を覆った。

 悶々とした気持ちを抱えたまま、私は家の玄関をくぐる。

 ……でも、その夜。

 ベッドの中で、ふと思い出した。

 あの展望台。あのカップル。
 彼女の言葉。彼の悲鳴。

 “チューイイ夜”の光景が、やけに鮮明だったのは――
 私がそれを、ただの夢として見ていたからじゃない。

 私もまた、“そこにいた”のかもしれない。

 ⸻



 チューイイデートスポット予報 完
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