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7 森の中
しおりを挟む悲しいことがあるたびに家の裏手に広がる森に逃げ込んで泣いていた。この森は村の結界の中だから危険な魔物はいないけれど、泣いているところを誰にも見られたくなかった僕は、いつも隠蔽魔法を使って姿と気配を消していた。
そんな僕を、決まってディエゴが索敵魔法を使って探しに来てくれた。黙って隣に腰をおろして、僕が泣きやむまで待っていてくれて。
だけどもう僕がひとりで泣いていても彼が探しに来てくれることはない。僕はもうすぐこの村を出て行くから。
僕の父さんと、カッツェとセリヤのおばさん達の話を偶然立ち聞きしてしまったあと、僕は隠蔽魔法を使ったまま家に戻って自分の部屋からマジックバッグを持ち出して来た。中には少しのお金と食べ物が入れてあるから、村を出てからしばらくはなんとか生きて行けるはずだ。
一緒に部屋を使っている弟のワドリーがちょうどキッチンでおやつを食べていたから、家族の誰にもバレずに出て来ることができた。みんなに黙って家を出るのは気が咎めるけれど、引き止められたら決心が鈍ってしまう。
現に、村を出る前にディエゴとの思い出の場所を目に焼き付けてからにしようと森にやって来たっていうのに、彼のことを次から次へ思い出して涙がなかなか止まってくれない。
もうすぐ日が暮れてしまう。晩ご飯のときに僕がいなかったら心配した家族に探されてしまうから、いい加減に行かなきゃいけないのに。
「見つけた、ルーイ。またこんなところで1人で泣いてたんだな」
抱えた膝に顔をふせて泣いていた僕が声のほうを見上げると、大好きな幼馴染がいつの間にかそばに立って僕を覗き込んでいた。
それまでディエゴを想って泣いていたから、彼が恋しすぎて幻を見ているのかも。
「ディエゴ?⋯幻⋯⋯?」
「幻じゃねえよ。約束したのに剣の稽古に付き合えなかったのを詫びようとお前ん家を訪ねたらルーイがいねえから探しに来たんだよ。いつもそうしてたみてえにな」
そう言うと、いつも探しに来てくれたときと同じに僕の隣にどかりと座るディエゴ。
うれしい気持ちが湧き上がる反面、ディエゴが稽古に来れなかった理由を思い出して胸が痛くなる。そうだ今日、ディエゴはロジーナと⋯⋯
「っ⋯ディエゴ、ロジーナと恋人になったんだよね。おめでとう。⋯⋯僕、結婚式には出られないけどっ⋯⋯」
幼馴染の幸せをお祝いしなくちゃいけないのに、我慢していてもどんどん涙が溢れてきてしまう。
「は?ロジーナと恋人とか結婚式とか何の話だ?」
「っ⋯ううっ⋯だってロジーナが今日、ディエゴと熱い時間を過ごしたって言ってたからっ⋯⋯」
「熱い時間⋯⋯?ああ、まあ確かに熱かったわ。ロジーナに告られたから、俺は好きなやつがいてそいつと結婚するつもりだって断ったら、禁術の火魔法を放ってきやがってよ」
ロジーナのおばさんはこの村一の火魔法の使い手で、娘のロジーナの火魔法もおばさん譲りだ。
告白を断わられて怒ったロジーナがディエゴに放った禁術は、ディエゴを焼き尽くすまで追尾し続ける竜の形をした魔法の焔だったそうだ。
「『命が惜しければ泣きついてくることね。アタシと結婚するなら術を解いてあげるわよ』なんて抜かしてどっか行ったと思えば、ルーイんとこに行ってたのかあの女」
ディエゴは追尾してくる焔の竜から逃げつつ水魔法を纏わせた剣で少しずつ削ぎ落とし、何時間もかけてようやく完全に消滅させることができたそうだ。
「禁術を打ち消しちゃうなんて、やっぱりディエゴはすごいね」
「好きなやつと結ばれる前にくたばるなんて御免だからな。ちなみに好きなやつってお前のことなんだけど、ルーイ」
「え⋯?」
「ガキの頃からアピールしてたの、気付いてなかったのか?」
「う、うん。ディエゴは僕がかわいそうだから優しくしてくれるんだと思ってた⋯」
「マジかよ。ルーイがいつも俺をキラキラした目で見てくれるから、ちょっとは想いが伝わってるんじゃねえかって自惚れてたぜ」
「それは僕も子どものころから、ディエゴのことが大好きだったから⋯⋯」
「それって恋愛の意味の好き?」
「う、うん」
「すげえ嬉しい。なあ、抱きしめてもいい?」
「うん⋯」
ディエゴが座ったまま僕を抱きしめる。大きくて熱いディエゴの身体に包まれた僕も、彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめ返した。目と目が合って、自然にくちびるが重なった。
「すげえ⋯ガキのころからの夢が叶っちまった」
どこか夢見心地みたいな顔で囁くディエゴ。
「僕も。僕もだよ、ディエゴ」
僕の目からはまた、今度はうれしくて涙があふれた。
◇◇◇◇
翌日、僕や父さんが冷たく当たられている本当の理由をディエゴと父さん母さんから聞いた。
村には僕くらいの戦闘力の人が他にもいて、その人達は討伐には参加しなくてもそれぞれ得意な魔法や技術を活かして仕事をしたり、家のことをしたりして普通に暮らしているそうだ。僕はあまり村の人と積極的に関わらなかったから知らなかった。
僕が冷たくされていたのは弱いせいじゃなかったみたいだけれど、僕や父さんが男の人を虜にしてしまうからっていう理由にはいまいちピンとこなかった。
僕も父さんも男にしてはちょっと頼りない見た目をしているだけで、父さんが誰かを虜にしてるところなんて見たことがないし、僕にもそんな経験がない。
いつでも傍で気遣ってくれて、僕のことを好きって言ってくれたのはディエゴだけ。彼が僕を好きで、ずっとそばにいてくれたらそれだけで最高に幸せなんだ。
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