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逸の怪 鎌鼬
式
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「式三鋼といいます」
席に座り、こちらを一様に見ている同級生たちに向かって、慣れた様子で自己紹介する鋼。
「今日から、この八咫学園高等部でお世話にになります。と言っても、あと2年間だけですけど」
男子数人が笑う。昨日の夜、何とか考えたジョークだったが、思ったよりウケなかったようだ。鋼は愛想笑いしながら手で額を拭うと、続けた。
「…えっと、趣味は読書で、運動はからっきしです。部活とかも特に考えてないですけど、入るとしたら文化系か…」
言いながらクラスをきょろきょろと見回していると、不意に一人の女子と目が合った。
「…」
隅の方の席に座るその少女は、真っ黒な瞳で、穴が空くほどの視線で鋼を凝視していたが、目が合うとふいと俯いてしまった。
鋼もどきりとして、一瞬言葉に詰まってしまった。
「…っ、えっと、あー…」
慌ててお辞儀して、一言。
「…よ、よろしくお願いします」
ぱらぱらとまばらな拍手。担任の女教師が歩み寄ってきて言った。
「はい、ありがとうございました。席は、あそこを使ってくださいね」
「はい。…」
指差す先を見て、またどきりとした。
そこは、例の女子生徒の隣であった。
「この時期に転校って、珍しい」
「背ぇたっかいな! バスケ部、バスケ部入ろうぜ!」
「植田君、勧誘は放課後ね」
ざわつく生徒たちの間を抜けて、指定された席に向かう。椅子に座る前に、ふと少女の方を見る。
「…!」
また、目が合った。しかし、またしてもすぐに机に突っ伏した。
「…やあ」
椅子を引きながら、声をかけた。そうして、自分の行動に自分で驚いた。
「知り合いに似てたのかな。僕の方、やけに見てたけど」
「…」
その少女は、少しだけ首を動かして鋼の方を見た。それから、ぼそっと呟いた。
「…気のせいよ」
そう言うと彼女は目を閉じて、朝一だというのに居眠りを始めたのであった。
◆◆◆
一時間目の国語が終わると、鋼の席には2人の男子生徒が集まってきていた。真っ先に来たのは、先程バスケ部に勧誘してきた、背の高い少年だ。
「植田颯馬だ。よろしくな!」
そう言うと彼は、いきなり鋼の手を握って言った。
「な、バスケ部入ろうぜ。その身長なら、練習すれば2年からでも活躍できるって!」
「いや、運動はホント駄目なんだ…」
苦笑いする鋼。
颯馬の言う通り、彼はかなり背が高い。16歳にして、なんと194cm。恐らくバスケットボールをしている颯馬よりも、頭一つ大きい。しかし、高いと言っても逞しいとは言い難い、ひょろりとした痩身で、顔つきもよく言って優しげ、悪く言って頼りなさげであった。
「大丈夫大丈夫、これからだって」
「植田君、そのへんにしてあげなよ」
そこへ、別の少年が口を挟んだ。颯馬や鋼とは反対に背が低く、眼鏡を掛けた彼は、「桂洸太だよ」と名乗った。
「おれも帰宅部だけど、別に部活に入らないと受験が不利とかってのは無いし、良いんじゃない?」
「それは良かった。また引っ越ししないとも限らないし…」
「また?」
洸太は、目を丸くした。
「さっきから気になってたけど、この時期に転校って珍しいよね。それに、またどっか行っちゃう可能性もあるのかい?」
「うん。まあ、今回は僕一人だし、もう引っ越す必要はないかもだけど…」
「えっ、一人暮らし?」
「マジかよ、すげーな!」
会話しながら鋼は、ちらりと先程の少女を見た。授業中、殆ど居眠りしていた彼女は、今は起きていて、ぼうっと黒板を眺めながら、時折水色のタンブラーから何かをちびちび飲んでいた。
その様子に気付いたのか、不意に洸太が彼に耳打ちした。
「…蘆屋が気になるのかい」
「!? あ、いや、別に気になるってほどじゃ」
「止めときなよ」
「…?」
洸太は、ニヤニヤしながら小声で囁いた。
「中等部の頃から、何人も告白しては皆フラレてきたって噂だよ。『十人斬りの蘆屋』なんて仇名もある」
「…はは、は…」
鋼は何も言えず、引きつった笑みを浮かべた。
◆◆◆
さて、放課後。バスケットボール部の見学に引っ張ろうとする颯馬を何とかやり過ごし、荷物を纏めた彼は、まだ机に突っ伏している少女がどうしても気になって、声をかけてみた。
「…蘆屋さん、だよね」
「…」
少女は小さく顔を上げ、ジロリと鋼を見た。
色は白く、瞳と髪は漆のように真っ黒。切れ長の目に細い鼻筋と唇で、涼やかな印象を受ける美少女だ。一つ気になるのは、その目の下に薄っすらと隈があり、全体的に疲れたような雰囲気を漂わせているところだ。
「それが、何?」
「あ、その…僕、日本史を調べるのが好きで…」
しどろもどろになりながら、言い訳がましく説明する。
「…蘆屋と言ったら、どうしてもあの陰陽師の、蘆屋道満が浮かぶんだよね。いや、たまたまだとは分かってるけど…」
「先祖よ、一応」
「えっ、本当!? いやー、凄いなぁ。あの、僕の知り合いに土御門さんっているんだけど、そう、そっちは安倍晴明の子孫なんだ。こんな偶然ってあるんだなぁ。晴明の子孫は知ってるけど、道満の子孫は初めて…」
いきなり食いついてきた鋼に、少女は思わず後ろに下がった。眉をひそめる少女に、鋼は我に返った。
「あ…ご、ごめん。つい」
「あまり、私に関わらないほうが良いわ」
少女は冷たく言うと、椅子から立ち上がった。鞄を掴み、教室の出口に向かう。
去り際、一度だけ立ち止まると、取って付けたように言った。
「…あなたのために」
それから、足早に教室を出て行ってしまった。
席に座り、こちらを一様に見ている同級生たちに向かって、慣れた様子で自己紹介する鋼。
「今日から、この八咫学園高等部でお世話にになります。と言っても、あと2年間だけですけど」
男子数人が笑う。昨日の夜、何とか考えたジョークだったが、思ったよりウケなかったようだ。鋼は愛想笑いしながら手で額を拭うと、続けた。
「…えっと、趣味は読書で、運動はからっきしです。部活とかも特に考えてないですけど、入るとしたら文化系か…」
言いながらクラスをきょろきょろと見回していると、不意に一人の女子と目が合った。
「…」
隅の方の席に座るその少女は、真っ黒な瞳で、穴が空くほどの視線で鋼を凝視していたが、目が合うとふいと俯いてしまった。
鋼もどきりとして、一瞬言葉に詰まってしまった。
「…っ、えっと、あー…」
慌ててお辞儀して、一言。
「…よ、よろしくお願いします」
ぱらぱらとまばらな拍手。担任の女教師が歩み寄ってきて言った。
「はい、ありがとうございました。席は、あそこを使ってくださいね」
「はい。…」
指差す先を見て、またどきりとした。
そこは、例の女子生徒の隣であった。
「この時期に転校って、珍しい」
「背ぇたっかいな! バスケ部、バスケ部入ろうぜ!」
「植田君、勧誘は放課後ね」
ざわつく生徒たちの間を抜けて、指定された席に向かう。椅子に座る前に、ふと少女の方を見る。
「…!」
また、目が合った。しかし、またしてもすぐに机に突っ伏した。
「…やあ」
椅子を引きながら、声をかけた。そうして、自分の行動に自分で驚いた。
「知り合いに似てたのかな。僕の方、やけに見てたけど」
「…」
その少女は、少しだけ首を動かして鋼の方を見た。それから、ぼそっと呟いた。
「…気のせいよ」
そう言うと彼女は目を閉じて、朝一だというのに居眠りを始めたのであった。
◆◆◆
一時間目の国語が終わると、鋼の席には2人の男子生徒が集まってきていた。真っ先に来たのは、先程バスケ部に勧誘してきた、背の高い少年だ。
「植田颯馬だ。よろしくな!」
そう言うと彼は、いきなり鋼の手を握って言った。
「な、バスケ部入ろうぜ。その身長なら、練習すれば2年からでも活躍できるって!」
「いや、運動はホント駄目なんだ…」
苦笑いする鋼。
颯馬の言う通り、彼はかなり背が高い。16歳にして、なんと194cm。恐らくバスケットボールをしている颯馬よりも、頭一つ大きい。しかし、高いと言っても逞しいとは言い難い、ひょろりとした痩身で、顔つきもよく言って優しげ、悪く言って頼りなさげであった。
「大丈夫大丈夫、これからだって」
「植田君、そのへんにしてあげなよ」
そこへ、別の少年が口を挟んだ。颯馬や鋼とは反対に背が低く、眼鏡を掛けた彼は、「桂洸太だよ」と名乗った。
「おれも帰宅部だけど、別に部活に入らないと受験が不利とかってのは無いし、良いんじゃない?」
「それは良かった。また引っ越ししないとも限らないし…」
「また?」
洸太は、目を丸くした。
「さっきから気になってたけど、この時期に転校って珍しいよね。それに、またどっか行っちゃう可能性もあるのかい?」
「うん。まあ、今回は僕一人だし、もう引っ越す必要はないかもだけど…」
「えっ、一人暮らし?」
「マジかよ、すげーな!」
会話しながら鋼は、ちらりと先程の少女を見た。授業中、殆ど居眠りしていた彼女は、今は起きていて、ぼうっと黒板を眺めながら、時折水色のタンブラーから何かをちびちび飲んでいた。
その様子に気付いたのか、不意に洸太が彼に耳打ちした。
「…蘆屋が気になるのかい」
「!? あ、いや、別に気になるってほどじゃ」
「止めときなよ」
「…?」
洸太は、ニヤニヤしながら小声で囁いた。
「中等部の頃から、何人も告白しては皆フラレてきたって噂だよ。『十人斬りの蘆屋』なんて仇名もある」
「…はは、は…」
鋼は何も言えず、引きつった笑みを浮かべた。
◆◆◆
さて、放課後。バスケットボール部の見学に引っ張ろうとする颯馬を何とかやり過ごし、荷物を纏めた彼は、まだ机に突っ伏している少女がどうしても気になって、声をかけてみた。
「…蘆屋さん、だよね」
「…」
少女は小さく顔を上げ、ジロリと鋼を見た。
色は白く、瞳と髪は漆のように真っ黒。切れ長の目に細い鼻筋と唇で、涼やかな印象を受ける美少女だ。一つ気になるのは、その目の下に薄っすらと隈があり、全体的に疲れたような雰囲気を漂わせているところだ。
「それが、何?」
「あ、その…僕、日本史を調べるのが好きで…」
しどろもどろになりながら、言い訳がましく説明する。
「…蘆屋と言ったら、どうしてもあの陰陽師の、蘆屋道満が浮かぶんだよね。いや、たまたまだとは分かってるけど…」
「先祖よ、一応」
「えっ、本当!? いやー、凄いなぁ。あの、僕の知り合いに土御門さんっているんだけど、そう、そっちは安倍晴明の子孫なんだ。こんな偶然ってあるんだなぁ。晴明の子孫は知ってるけど、道満の子孫は初めて…」
いきなり食いついてきた鋼に、少女は思わず後ろに下がった。眉をひそめる少女に、鋼は我に返った。
「あ…ご、ごめん。つい」
「あまり、私に関わらないほうが良いわ」
少女は冷たく言うと、椅子から立ち上がった。鞄を掴み、教室の出口に向かう。
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