【完結】『ルカ』

瀬川香夜子

文字の大きさ
9 / 35
一章

しおりを挟む



 昼間は陽光のおかげで温まっていた体も、夜になれば冷え込んでしまう。春も近づいて来たとは思うが、まだまだ夜の寒さは続いている。
 ソニーが持たせてくれた体を覆うフードつきのマントは、すっぽりとリアの体を覆うことができ冷たい風を防いでくれた。
 膝を抱えるように座って目の前でパチパチと音を立てる焚火を見つめる。ゆらゆらと燃える火を見ているだけで幾分か寒さはや和らぐ。

「寒いか?リア」
「いえ、大丈夫です」
「寒かったらすぐに言ってくれ。俺の魔法では気休め程度にしかならないが……」

 数歩分の距離を開けて同じように火を向いて座るハリス。リアのように羽織ったマントでその身を包み、片膝を上げて肘をついている姿は随分と様になっていた。
(絵から飛び出て来たみたいだな……)
 暗い森の端で、火にあたってぼんやりと明るさを持つ横顔は綺麗なものだ。
 昼間のリアの言葉から、少し口調が崩れてはいるが時々まごつくように口を閉じる姿もある。まだ、ハリス自身戸惑うことがあるのだろう。

「あの、ハリスはこの先の街から来たんですか?」
「いや、俺はカルタニアからだ。ちょうどネバスとは王都を挟んで反対にある街だよ」
「かるたにあ……」

 繰り返し呟くが音を真似しただけでよく理解していない。

「……本当に覚えていないんだな……」

 リアの様子を見かねたのかハリスは焚き火用にいくつか拾ってあった枝を一本拾って地面に立てて線を引く。
 どうやら地図を描いてくれるらしい。
 興味深く覗き込めば、地面の模様を指して説明を加えた。

「ここが今から向かっているネバスだよ」

 地図には中央に置かれた王都「リフィテル」。そしてそれを囲むようにグルリと「ノストグ」「ネバス」「リリシア」「カルタニア」「ウノベルタ」と書かれた街が時計回りに囲む。

「俺が来たのはこのカルタニアだ」

 そう言ってハリスが指さした場所は、確かにネバスとは王都を挟んで正反対の位置にある。ここから来たとなれば随分と大変だったのではないだろうか。

「ちなみにリアが住んでいたのもこの街だよ」

(あ、そっか……俺もこの国のどこかに住んでいたんだ……)
 ソニーの話では他国の可能性が高いと言う話だったのでうっかりしていた。
 そのハリスがカルタニアから来たのだから当然リアもそこにいたはずだ。
 二人の間に火の粉の微かな音が走る。言葉を止めたハリスはジッとリアの様子を窺っている。
(やっぱり優しいな……)
 自然と口が笑みを作った。
 リアが聞く姿勢を取るまで黙っていてくれている。時間はあるからと思っていたが、いざ聞くとなると怖かった。きっとハリスはそんなリアの心情を察していたのだろう。
(本当なら俺の方からさっさと聞かなきゃいけなかったんだけど……)
 深く呼吸をすると夜の冷たい空気が体に流れ込む。その寒さに頭がはっきりと冴えていく。

「聞きたい、聞かせて下さいハリス……前の俺のこと」
「うん……リア、君はカルタニアにある教会で暮らす子供の一人なんだ」
「教会で……?」

 ハリスの言葉は、想像していたものと違った。思わず繰り返す様に唱えれば言いずらそうに赤い瞳が逸らされる。

「そう……教会は親のいない子供たちの面倒を見ていて、孤児院としての役割も担っているんだ」

―――ああ、だから。
 逸らされた視線の意味がわかった。そこで暮らしていたリアも必然的に孤児なのだ。
 どこかに、自分のことを探している血の繋がった家族がいると漠然と思っていた。しかし、それほど傷ついてはいない。自分でも驚くぐらいにすんなり受け入れられている。
(大丈夫、俺は一人じゃない……)
 手首に巻かれたお守りに触れる。
 一人は、リアの身を案じてくれている人がいる。それにハリスのようにリアを探してくれている人だっているのだから十分幸せだ。

「リアは施設の中でも年長者で職員と一緒によく子供たちの面倒を見ていたよ。子供たちも君にはよく懐いているようだった……」
「教会にはそんなにたくさんの子供がいるんですか?」
「……ああ……」

 ハリスは残念そうに首肯する。教会の子供がそれだけいると言うことは、親に捨てられた子や身寄りのない子供がそれだけいると言うことだ。

「じゃあ、俺にはたくさん家族がいるんですね」

 瞳を伏せて自分よりも幼い子供たちが一つの場所に寄りそう景色を想像すれば、自然とそう言うことが出来た。
 笑って顔を上げると、ハリスはキョトリと不意を突かれたように目をしばたたかせた。

「君はそういう奴だったな……」

 どこか含みのある笑みを口元に携えて、弱まった火に手をかざす。掌から小さな火種が現れて火力を強くした。

「ハリスは火を操るのが得意なんですか?」
「髪が赤いから?」
「え、はい……ソニーさんが魔力は色を持っていて相性のいい物の色になるって言っていたので……」

 ハリスの声に背筋に冷たい何かが伝った。
 不躾に聞いたのはいけないことだったか?
 この世界の常識にはまだ疎い所がある。膝を抱える腕に力を込めて更に引き寄せる。チラリと見るがハリスの静かな横顔からは不快さは感じ取れない。
―――気のせい、だったのかな。

「まあ、確かに相性がいいのは火やそれに準ずるものかな……といっても多分火の魔法自体は君の方が扱いは上手かったと思うよ」
「そう、なんですか?でも俺って」
「真っ白な髪だったよ。何の色も持たず、得意も不得手もなく全ての自然から平等に力を借りることが出来る。まあ、万能型と言ったらいいのかな……魔力の量も多かったしね……」

 リアの台詞を汲み取って発したハリスは、「俺は平凡な才しかないから」と締めくくった。
 自嘲する様に、そして以前のリアを羨んでいる様にも聞こえた。
(こうやって火を起こせるのも十分すごいと思うんだけどな……)
 今のリアでは火を起こすことも、水を湧き出すことも出来やしない。

「でも、いま俺がこうして暖かい思いをしているのはハリスのおかげですよ。ありがとうございます」

 火の暖かさに緩んだ顔のまま告げた感謝の言葉は、どうやらハリスにはあまり良い意味では受け取られなかったらしい。見たくない物と対峙したようにぎゅっと目元に力が入って伏せられてしまった。
(ああ、どうして俺はいつもこんな顔しかさせられないのだろう……)
 口を引き結んでぼんやりと思う。
―――あれ?
 はて、と首を傾げる。「いつも」とはどういうことだ?
 自然と胸に抱いた感情に首を傾げるが答えは出ない。そのうちにハリスから「もう寝ようか」と声をかけられて曖昧に頷き、疑問を抱えたまま意識を微睡ませた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折
BL
【本編は完結していますが、外伝執筆が楽しいので当面の間は連載中にします※不定期掲載】 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。
BL
聖クロノア学院で交差する、記憶と感情。 「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」 記憶を失ったベータの少年・ユリス。 彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオン。 封印された記憶、拭いきれない傷、すれ違う言葉。 謎に満ちた聖クロノア学院のなかで、ふたりの想いが静かに揺れ動く。 触れたいのに、触れられない。 心を開けば、過去が崩れる。 それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。 ――そして、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。 過去と向き合い、他者と繋がることでしか見えない未来がある。 許しと、選びなおしと、ささやかな祈り。 孤独だった少年たちは、いつしか“願い”を知っていく。 これは、ふたりだけの愛の物語であると同時に、 誰かの傷が誰かの救いに変わっていく 誰が「運命」に抗い、 誰が「未来」を選ぶのか。 優しさと痛みの交差点で紡がれる

果たして君はこの手紙を読んで何を思うだろう?

エスミ
BL
ある時、心優しい領主が近隣の子供たちを募って十日間に及ぶバケーションの集いを催した。 貴族に限らず裕福な平民の子らも選ばれ、身分関係なく友情を深めるようにと領主は子供たちに告げた。 滞りなく期間が過ぎ、領主の願い通りさまざまな階級の子らが友人となり手を振って別れる中、フレッドとティムは生涯の友情を誓い合った。 たった十日の友人だった二人の十年を超える手紙。 ------ ・ゆるっとした設定です。何気なくお読みください。 ・手紙形式の短い文だけが続きます。 ・ところどころ文章が途切れた部分がありますが演出です。 ・外国語の手紙を翻訳したような読み心地を心がけています。 ・番号を振っていますが便宜上の連番であり内容は数年飛んでいる場合があります。 ・友情過多でBLは読後の余韻で感じられる程度かもしれません。 ・戦争の表現がありますが、手紙の中で語られる程度です。 ・魔術がある世界ですが、前面に出てくることはありません。 ・1日3回、1回に付きティムとフレッドの手紙を1通ずつ、定期的に更新します。全51通。

処理中です...