【完結】『ルカ』

瀬川香夜子

文字の大きさ
33 / 35
三章

しおりを挟む


「リアー!」
 随分と長い距離を歩き階段を上りきった頃、前方から届いた声に眼を凝らす。そこに見えた人影に思わず声が出た。
「イツキくん⁉」
 なぜここに、と驚いていればハリスは面白くなさそうに口を曲げながらも説明してくれる。
「俺がここに来れたのはあいつのおかげなんだ。イツキが本殿入り口で人目を集めてくれて、その隙に俺が忍び込んだ。ガロメ教の者も人目が合ったんじゃ危害を加えることもないしな」
「そうなんだ……」
 本殿ということは、ここは王都なのか。
 まさか会えるとは思ってもいなかった。
 別れた日からそう長い時間が経ったわけではない。それなのに、元気にこちらに駆けてくる姿を見ただけで泣きそうな程に懐かしい思いが込み上げる。
「リア、無事だったんだ」
「当たり前だ」
「俺はリアに聞いてるの。ハリスなんて焦り過ぎて泣きそうな顔で走って行ったくせに」
「うるさい」
 イツキの口を封じるためかハリスが拳でイツキの黒い頭をポカッと叩く。「痛い!」と悲鳴を上げてイツキはリアに抱き着いて来た。
「でも、本当に無事でよかった……リア」
「心配かけてごめんね、イツキくん」
 以前のようにその丸い頭を撫でて黒い髪を梳く。そうすればイツキはリアの手に擦り寄るようにして表情を緩める。
「ルカはどうした」
「あなたは……」
 イツキの後ろから少し遅れて現れたのは、詰襟に艶やかな藍色の髪をなびかせた男性だ。
 光の角度で一瞬黒い色と見間違えて驚いた。
「殿下」
「今はいい。それよりも……ルカを見たか?」
 ハリスが頭を下げるのを制してその人は問う。
「地下の部屋に……そうだな、リア?」
「あ、はっはい」
 でんか……?殿下ってあの⁉
 今度は別の意味で眼を見張った。
(それじゃあこの人はルカの言っていた……)
 殿下は「そうか」と短く答えて早足で去ってしまう。確かにアレクと似ている気がする。アレクはいつも快活に笑っている陽気なイメージだったが、殿下は少し固い雰囲気を感じる。
「あいつ顔怖いよね。もっと笑えって言ってるんだけどさ」
「イツキ、殿下に向かって!」
「だ、だって!アルドが俺はこの世界の人間じゃないから気にしなくていいって言ったんだよ」
 グルリとリアの背に回って隠れながらイツキは吠える。ハリスは眉間を抑えながら息を吐く。
「それでもだ……人前では気を付けろ……」
「はーい」
 ご機嫌に返事を返してまたリアの前に躍り出たイツキはハリスと繋いでいる反対の腕を組んでふにゃっと笑う。
 ノストグで見た時よりも明るい様子にリアも胸を撫で下ろす。
(辛い思いばかりってわけじゃないんだね……よかった……)
「表情は固くて怖いけど意外といい人なんだ。たまに冗談も言うし……顔が怖いから冗談なのかわかんないけど」
「イツキィ……」
「やばっ」
 低く伸ばした声でハリスが言えば、今度こそ顔を青くしてイツキはリアの影に入る。
「ふ、ふふ……」
「どうしたの、リア?」
「ううん……何でもない」
 ただ、堪らくなってしまった。それだけ。イツキは不思議そうに見上げて来るし、ハリスは優しい目で微笑んでいた。
「イツキ、いつまでリアに引っ付いているつもりだ」
「別にいいでしょ。いつものことじゃん」
「駄目だ」
 きっぱり言い切ってハリスはリアの肩を抱く。
 お互いの肩が触れ合ってすぐ近くで赤い瞳が笑う。リアも目を細めて笑い返した。
「え、え?なになに?何この雰囲気」
 イツキが二人の間に割り込んでキョロキョロと見遣る。
「なんなの?何があったの?ねえ!」
 それを見下ろして今度こそ二人は笑い声を上げた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折
BL
【本編は完結していますが、外伝執筆が楽しいので当面の間は連載中にします※不定期掲載】 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。
BL
聖クロノア学院で交差する、記憶と感情。 「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」 記憶を失ったベータの少年・ユリス。 彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオン。 封印された記憶、拭いきれない傷、すれ違う言葉。 謎に満ちた聖クロノア学院のなかで、ふたりの想いが静かに揺れ動く。 触れたいのに、触れられない。 心を開けば、過去が崩れる。 それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。 ――そして、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。 過去と向き合い、他者と繋がることでしか見えない未来がある。 許しと、選びなおしと、ささやかな祈り。 孤独だった少年たちは、いつしか“願い”を知っていく。 これは、ふたりだけの愛の物語であると同時に、 誰かの傷が誰かの救いに変わっていく 誰が「運命」に抗い、 誰が「未来」を選ぶのか。 優しさと痛みの交差点で紡がれる

果たして君はこの手紙を読んで何を思うだろう?

エスミ
BL
ある時、心優しい領主が近隣の子供たちを募って十日間に及ぶバケーションの集いを催した。 貴族に限らず裕福な平民の子らも選ばれ、身分関係なく友情を深めるようにと領主は子供たちに告げた。 滞りなく期間が過ぎ、領主の願い通りさまざまな階級の子らが友人となり手を振って別れる中、フレッドとティムは生涯の友情を誓い合った。 たった十日の友人だった二人の十年を超える手紙。 ------ ・ゆるっとした設定です。何気なくお読みください。 ・手紙形式の短い文だけが続きます。 ・ところどころ文章が途切れた部分がありますが演出です。 ・外国語の手紙を翻訳したような読み心地を心がけています。 ・番号を振っていますが便宜上の連番であり内容は数年飛んでいる場合があります。 ・友情過多でBLは読後の余韻で感じられる程度かもしれません。 ・戦争の表現がありますが、手紙の中で語られる程度です。 ・魔術がある世界ですが、前面に出てくることはありません。 ・1日3回、1回に付きティムとフレッドの手紙を1通ずつ、定期的に更新します。全51通。

処理中です...