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三章
⑦
しおりを挟む「リアー!」
随分と長い距離を歩き階段を上りきった頃、前方から届いた声に眼を凝らす。そこに見えた人影に思わず声が出た。
「イツキくん⁉」
なぜここに、と驚いていればハリスは面白くなさそうに口を曲げながらも説明してくれる。
「俺がここに来れたのはあいつのおかげなんだ。イツキが本殿入り口で人目を集めてくれて、その隙に俺が忍び込んだ。ガロメ教の者も人目が合ったんじゃ危害を加えることもないしな」
「そうなんだ……」
本殿ということは、ここは王都なのか。
まさか会えるとは思ってもいなかった。
別れた日からそう長い時間が経ったわけではない。それなのに、元気にこちらに駆けてくる姿を見ただけで泣きそうな程に懐かしい思いが込み上げる。
「リア、無事だったんだ」
「当たり前だ」
「俺はリアに聞いてるの。ハリスなんて焦り過ぎて泣きそうな顔で走って行ったくせに」
「うるさい」
イツキの口を封じるためかハリスが拳でイツキの黒い頭をポカッと叩く。「痛い!」と悲鳴を上げてイツキはリアに抱き着いて来た。
「でも、本当に無事でよかった……リア」
「心配かけてごめんね、イツキくん」
以前のようにその丸い頭を撫でて黒い髪を梳く。そうすればイツキはリアの手に擦り寄るようにして表情を緩める。
「ルカはどうした」
「あなたは……」
イツキの後ろから少し遅れて現れたのは、詰襟に艶やかな藍色の髪をなびかせた男性だ。
光の角度で一瞬黒い色と見間違えて驚いた。
「殿下」
「今はいい。それよりも……ルカを見たか?」
ハリスが頭を下げるのを制してその人は問う。
「地下の部屋に……そうだな、リア?」
「あ、はっはい」
でんか……?殿下ってあの⁉
今度は別の意味で眼を見張った。
(それじゃあこの人はルカの言っていた……)
殿下は「そうか」と短く答えて早足で去ってしまう。確かにアレクと似ている気がする。アレクはいつも快活に笑っている陽気なイメージだったが、殿下は少し固い雰囲気を感じる。
「あいつ顔怖いよね。もっと笑えって言ってるんだけどさ」
「イツキ、殿下に向かって!」
「だ、だって!アルドが俺はこの世界の人間じゃないから気にしなくていいって言ったんだよ」
グルリとリアの背に回って隠れながらイツキは吠える。ハリスは眉間を抑えながら息を吐く。
「それでもだ……人前では気を付けろ……」
「はーい」
ご機嫌に返事を返してまたリアの前に躍り出たイツキはハリスと繋いでいる反対の腕を組んでふにゃっと笑う。
ノストグで見た時よりも明るい様子にリアも胸を撫で下ろす。
(辛い思いばかりってわけじゃないんだね……よかった……)
「表情は固くて怖いけど意外といい人なんだ。たまに冗談も言うし……顔が怖いから冗談なのかわかんないけど」
「イツキィ……」
「やばっ」
低く伸ばした声でハリスが言えば、今度こそ顔を青くしてイツキはリアの影に入る。
「ふ、ふふ……」
「どうしたの、リア?」
「ううん……何でもない」
ただ、堪らくなってしまった。それだけ。イツキは不思議そうに見上げて来るし、ハリスは優しい目で微笑んでいた。
「イツキ、いつまでリアに引っ付いているつもりだ」
「別にいいでしょ。いつものことじゃん」
「駄目だ」
きっぱり言い切ってハリスはリアの肩を抱く。
お互いの肩が触れ合ってすぐ近くで赤い瞳が笑う。リアも目を細めて笑い返した。
「え、え?なになに?何この雰囲気」
イツキが二人の間に割り込んでキョロキョロと見遣る。
「なんなの?何があったの?ねえ!」
それを見下ろして今度こそ二人は笑い声を上げた。
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