誘惑系御曹司がかかった恋の病

伊東悠香

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2章

6話 いつわりがまことになる時(4)

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タカちゃんと別れてから1ヶ月が経った。

最初の数週間は着信がある度に胸が痛くて、ブロックしようかとも思った。
でも、そんなのは無意味なのは以前も似たようなことがあったから分かっていた。

(もう連絡をしようって思わなくなったな)

もっと思い出に潰される日々かと思ったけれど、案外そうでもなく。
私の中で、彼への愛がすっかり枯渇していたことに今更ながら気づいた。

(人の心って結局こんなものなんだよね)

両親のこともあって、私には恋愛を継続させるという自信が元々ない。
形あったものが壊れてしまうのは仕方ないのかもしれないけれど……

ほとぼりが冷めると、ブロックしたことをどう思ってるんだろうと気になってまた連絡してしまう。

(戻ったって同じことの繰り返しだ)

今回の私は徹底的に離れることを選んだ。
タカちゃんを考える時間を仕事を仕事に費やすのがいい。
瑞稀さんの秘書の他にも在宅でできる仕事を探して、あまり思考が膨らまないように過ごしていた。

これで気持ちが楽になったかというと、そうでもなく。
なぜなら、瑞稀さんの態度もちょっと変化しているのだ。

(よそよそしいというか、あんまり目を見ないというか)

必要な業務連絡以外のことでは、深く会話することがなくなっている。

「しばらく海外でのショーに携わることになった」

どうしたんだろうと思っていた矢先に、突然の海外。

「ショーって。イタリアの?」
「そう」
「準備はあちらでされるんですか?」
「うん。スタッフもイタリア人が多いしね。陽毬は日本でのスケジュールだけをお願いする」

イタリアでショーがあるのは知っていたけれど、日本でも準備できると聞いていたのに。

(瑞稀さんがいない間、日本での仕事はどうするんだろう)

「日本での仕事は兄がほとんどやってくれる。スタッフができることはあっちから指示できるしね」

私が質問することがわかっていたかのような答え。
鏡に映る自分を見ながら、彼は袖のカフスを留めた。

「陽毬には日本でいつも通りスケジュール調整をお願いするよ」

ちらと私の方へ目をやってからすぐ鏡に向き直り、襟を正す。

(私は必要ないんだ)
「一緒に来たい?」
「い、いえ! そういうわけじゃないです」
(なんだか冷たい態度が気になってるだけで)

以前なら“俺の隣にいて“って言ってくれたのに、今はむしろ側にいないで欲しいみたいだ。
瑞稀さんはふっとため息をつき、髪を軽く留め直してから鞄を手に取る。

「出かけてくる。夜は会食があるから、事務所には戻らない」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
「うん」

出て行こうとしたドアの前で、瑞稀さんは低い声で呟いた。

「陽毬、何か言いたいことあるんじゃないの?」
「と、いいますと」
「俺の態度に不満があったら問い詰めたっていいんだよ」

言いながらこちらを見る。

(あ……)

久しぶりに間近で見る瑞稀さんの端正な顔に鼓動が跳ねた。
深いグレーの瞳は相変わらずエキゾチックで、吸い込まれそうだ。

(どうして私、この人の隣に今まで平気でいられたんだろう)

「問い詰めるとか、恐れ多いです」
「へえ……相変わらず謙虚だな」

がっかりしたような表情と短い言葉を残し、瑞稀さんはとうとう部屋を出ていった。
私に何かを言って欲しかったのか。
そんな気もするけれど、今の私は彼を引き止める言葉は持っていない。
責める気持ちにもならないし、どこか……恋に疲れちゃった感じが否めない

(秘書兼恋人っていう話は、もう忘れた方がいいのかもしれない)

確かめてはいないけれど、そうするのが正解な気がした。

(予想した通り、二人同時に失っちゃったな……)

デスクに戻ってPC画面を見つめる。
隙間がないほど詰め込まれた瑞稀さんのスケジュール。
そこには私と過ごす時間なんかないって書かれているみたいだった。



恋人を失い、恋人として振る舞ってくれていた瑞稀さんも失った。
これは今、私が恋をするタイミングではないということなのかもしれない。

幸い瑞稀さんから仕事を辞めて欲しいということは言われていない。
生活のこともあるし、簡単にお仕事は辞めたくない。

(ここは割り切って、自分のことに集中しよう)

そう思い立った私は、瑞稀さんがイタリアに飛んでからの時間を、彼の手がけた服の古着をリメイクするという作業を始めた。
商品にしようという狙いはなくて、可愛くできたら自分で着ようと思ったのだ。
瑞稀さんに会わなくても、彼のブランドの服は好きだった。

(初心にかえるって感じだな)

こんな気持ちで作業していると、案外それが心を落ち着けていった。
気がつくと、日々、裁縫をすることが私の喜びの時間となっていった。

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