月夜の晩、猫のような彼女を拾った ──突然始まる同棲生活!!

家紋武範

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第33話 哀しい夜

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会話をしないまま数日。
会社では無理やり残業をして麗と会わない生活をした。
帰るとソファーからガバと跳ね起きて俺の顔を見るがオレが顔を伏せる。

麗は小さく「なー」と鳴く。

本当は今すぐ抱きしめたいのに、オレの中の何かがそれを完全に拒否し、それが支配していた。

「レイね、今日晴れてたからお洗濯したんだ──」

当たり前のことを言うだけの麗。
オレはそのソファーの横を無言で通り過ぎて広いダブルベッドに横になり毛布を頭までかぶる。
そんな数日。

そしてその日がやって来てしまった。
夜の23時。会社から帰宅した俺を麗は自分の小さな居場所であるソファーから飛び起きて、努めて明るい声で「おかえりぃ」と言ったが無視をした。

「ねね。タイちゃん。レイね、レイ、とっても反省したよ。ごめんね。タイちゃんのお嫁さんになるように頑張るよ」

そう。麗はオレのお嫁さんになる。
でも心が拒否している。
真司や蛍にどんな風に言えばいいんだ。
親には。昔の友人たちには。

頑張ったって過去は消せない。
だけど麗を好きなのはたしかだ。愛してるのはたしかなんだ。

今すぐ麗を抱きしめたいのに、自分の心がそうはさせなかった。

「タイちゃん」

麗の声。

「……タイちゃぁん」

麗の泣き声。

「ごめん、ね……」

麗の過去──。

麗は深く深くため息をつく。
そして、オレに背中を向けてしまった。
またソファーに沈むのかと思ったが、麗の足音はソファーを通り過ぎる。

オレは胸騒ぎがして寝室から出て麗の背中を追ったが彼女は振り返らなかった。

そしてあのポーチを手に取る。
ポーチの中から部屋の合鍵を取り出してキッチンの自分の席の前に置いた。
その体は震えていて、背中ごしでも泣いているのが分かった。

「レイ!」

麗が出て行ってしまう。
なぜだろう。オレの拒否していた心が叫ぶ。

しかし麗の足は止まらず、小さい音を立てて靴を履く。
肩が震えている。
大好きな麗を泣かせている。
わめきたい、哀しみたい。
その気持ちを分かち合いたい麗が。

麗が出て行ってしまう──。

「どこ行くってんだよ!」

麗の肩を思い切り掴んで振り向かせた。
涙と鼻水でびしょびしょの顔。
麗は何も言わずに頭を下げた。

「お、世話、に、な、りま、した」

涙で引きつる声。
抱きしめろ。ただ抱きしめるだけでいいはずだ。
麗ならそれで思いとどまってくれる。
自分の中に命令する。

「逃げるのかよ!」

なぜだ。なぜ自分の意志とは違う言葉が出るんだ。
どうやって解決するんだ。この問題を。
オレが忘れられるわけがない。
心に封じることなんて。

哀しい怒り。
それがオレを支配している。

「タイ、ちゃん、ずっ、と、好き。ずっ、と、好き、だよ」

麗はドアノブを引いた。
彼女の体が消える。部屋から消える。
なぜだ。
こんなに好きなのに。
なぜだ。
愛してるのに。

愛してる──。
麗のための言葉。
それが言えなくなる日が来るなんて。

冷蔵庫の上に手を伸ばす。
そこには銀行の封筒。中にはデザイン大賞賞金50万円。
玄関に向かって走り、麗を追いかけ走り寄った。
そして、金の入った封筒を麗の胸に押し付けた。

「た、た、た、タイ、ちゃん、これ、なに?」
「金だよ。前みたいに他の男を探すなんてするなよ。これでちゃんとした生活をするんだ。出来るだろ? あとスマホ持ってけよ」

麗は──。

金の封筒を受け取り、スマホは拒否した。
泣き声が止まる。

「タイちゃん。これで四回目だよ。レイが家族を失うの。慣れてる。タイちゃんは幸せになってね。約束」
「四……回目……?」

彼女はそう言うと、肩を落として泣きながら歩いて行った。

オレはなぜ金を渡したのだろう。
麗はなぜスマホは受け取らなかったのだろう。
そしてオレはなぜ麗を追いかけないのだろう。

呼び止める言葉が見つからない。
ただ靴音だけを聞いていた。
麗の背中を見つめていた哀しい夜。

真司と蛍の結婚した日から数日後。
オレと麗は別れてしまった。
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