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4 翌朝(完)
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朝。
いつもより早く目覚めた俺がリビングに向かうと、既に狐耳娘――キヨカがいた。
「おはようございます清彦さん」
屈託のない笑顔で挨拶するキヨカ。
やはり、忘れているのか。
昨晩のように、自分が何者かを「思い出させて」やっても、彼女はいつも朝になると全てを忘れてしまう。きっと、神様がそう仕向けているのだろう。
「おはよう。何をしてるんだ?」
「あ、早く起きたのでリビングの整理をしていたら、こんなものが」
彼女が手に取っていたのは、俺が実家から持ってきたアルバムだった。いつの間にリビングに出していたのか、すっかり忘れていた。
「見ていいですか?」
「ああ。……懐かしいな」
キヨカと並んでソファに座り、アルバムを開く。
そこには「俺」が生まれてから高校卒業までの写真が収められていた。入学式、運動会、文化祭、卒業式……小学校時代に、暗くなるまで何も考えずに遊び回った記憶。中学や高校時代に、友達と馬鹿な計画を立てて出掛けた記憶。しばらく帰っていないが、実家で元気にしているはずの父さんと母さんのこと。
それらは本来、「元の俺」の記憶だ。しかし、社会人になってからの情けない記憶とは違い、遠い昔の記憶は今の俺にとっても、純粋に懐かしいものだった。
「うっ…」突然、肩を震わせて、嗚咽するキヨカ。
「どうした?」
「な、何か分からないど、清彦さんの昔の写真っ、見てたら、涙が止まらなくなって……」
呆然としながら涙を流すキヨカを見て、俺は気づく。
彼女は、記憶を失って思い出せなくても『思い出せない何か』 を奪われたことだけは直感的にわかったのだろう。俺が代わりになったことで奪った、本来の彼女の、大切な過去。
「私にはっ、昔の記憶がないっ、からっ、清彦さんとの生活、だけが私のっ、全てでっ…」
しゃくりながら、ほとんど独り言の様につぶやくキヨカ。
「私は覚えてないけどっ……何も取り柄のない駄目な人間で、きっと、周りの人にもっ、清彦さんにもっ、沢山迷惑ばかり掛けてっ、きたんだと思うんです……ごめんなさい」
そういって、俺の顔を見上げ彼女は続ける。
「こんな私が清彦さんの恋人だっていうのは、それは、本当ですよね?信じて、いいんですよね?もし清彦さんに愛してもらえなかったら私は……」
キヨカの身体は小刻みに震えていた。
馬鹿だ、俺は。
こいつは、キヨカは。
「自分」を失って、「記憶」も失って。俺一人に依存する存在にされて。
そんなの不安に決まっているじゃないか。怖いに決まっているじゃないか。
何が「こいつは俺を恋人だと簡単に信じた」だ。
何が「全て忘れて幸せそうなのが許せない」だ。何が「分からせてやる」だ。
俺は、人の気持ち一つも考えられない、ただの愚か者じゃないか。
『恋人だっていうのは、本当ですよね』――キヨカはそう言った。
本当じゃない。嘘だ。俺はお前の恋人なんかじゃない。
本当は、俺が、お前の記憶も人生も奪った存在なんだ。お前を苦しめているのは、俺なんだよ。
でも、それをお前に言ったところで、何の罪滅ぼしにもならない。
俺は、黙ってキヨカを抱きしめていた。
彼女も俺も何も言わない。そして、彼女の震えが止まるのを待って、俺は静かに口を開いた。
「お前は俺にとって大切な存在だ。俺がお前を支える。信じてくれ。それから、俺は謝らなきゃいけない。お前がそんなに不安だったのに、俺は何も気づけなかった。本当にすまない」
彼女の両肩にそっと手を置き、言葉を続ける。
「それに、お前は駄目な奴なんかじゃないし、俺に迷惑を掛けてもいない。お前が覚えていなくても、きっとたくさんの良い過去や素敵な思い出があったんだ。でも、それでも辛いことがあったから、きっとそれを忘れるために記憶を失っただけなんだ。だから、心配しなくていい」
彼女の目から不安が消えないのを見て、俺はさらに必死に続けた。
「不安か?それなら、俺と思い出を作ろう。楽しいことをして、楽しい思い出をたくさん作ろう。それだけじゃない。お前は何だってできる。外に出られるようにもなるさ。外で働くことだってきっとできる。自分が駄目なんかじゃないってすぐに分かる日がくるはずだ。な?」
俺はキヨカの腕を強く握った。
こんな独りよがりの言葉で、彼女に何かを伝えられたのかは、分からない。
でもキヨカはふっ、と頬を緩め、少しだけ微笑むとこう言ってくれた。
「外に出るのはまだ不安で、すぐにできるかは分からないですけど……ありがとうございます。少しだけ元気が出ました」
そう言って立ち上がる彼女。
「もうこんな時間。急いで朝食の準備をしますね」
「今日は遅くなると思う。先に食べていてくれ」
靴を履いて出ようとする俺を玄関でキヨカが呼び止めた。
「清彦さん、ちょっと」
「なんだ?」
「さっきのことですけど」
「うん」
「きっと、清彦さんにもとても辛いことがあるんですよね。そして、それは私には言えないことなんですよね。それ分かります。でも、私が話したみたいに、いつか話してくださいね。お互い『大切な存在』なんですから」
そう言って、俺の頬にキスをするキヨカ。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」
まだ何も道筋がついているわけではない。でも、ほんの少しだけ、この奇妙な生活にも、未来が見えてきた気がした。
完
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
某所で書き散らしていた妄想を改稿したものです。
「TSして別存在にされた上に、自分の上位互換的な存在に自分の立場を奪われてしまう」というのが本当にどうしようもない状況だと思って、そのシチュエーションを書きたくて書きました。
「立場を奪われた側の記憶がある」状態の方が、TS的には美味しいとも思ったのですが、「立場を奪われた上にその事すら忘れて、奪った相手に見下されながら犯される」というのも結構クるものがあると思ったため、記憶のない状態スタートにしました。
あと「元に戻りたい?お前には無理だろ」って分からせられる展開も好きなのでそれも書きたかったことです。
4話目はおそらく蛇足です。TS獣耳娘(狐耳娘)が不幸過ぎる気がしたのでエロもないのに入れました。
乱文乱筆失礼しました。
いつもより早く目覚めた俺がリビングに向かうと、既に狐耳娘――キヨカがいた。
「おはようございます清彦さん」
屈託のない笑顔で挨拶するキヨカ。
やはり、忘れているのか。
昨晩のように、自分が何者かを「思い出させて」やっても、彼女はいつも朝になると全てを忘れてしまう。きっと、神様がそう仕向けているのだろう。
「おはよう。何をしてるんだ?」
「あ、早く起きたのでリビングの整理をしていたら、こんなものが」
彼女が手に取っていたのは、俺が実家から持ってきたアルバムだった。いつの間にリビングに出していたのか、すっかり忘れていた。
「見ていいですか?」
「ああ。……懐かしいな」
キヨカと並んでソファに座り、アルバムを開く。
そこには「俺」が生まれてから高校卒業までの写真が収められていた。入学式、運動会、文化祭、卒業式……小学校時代に、暗くなるまで何も考えずに遊び回った記憶。中学や高校時代に、友達と馬鹿な計画を立てて出掛けた記憶。しばらく帰っていないが、実家で元気にしているはずの父さんと母さんのこと。
それらは本来、「元の俺」の記憶だ。しかし、社会人になってからの情けない記憶とは違い、遠い昔の記憶は今の俺にとっても、純粋に懐かしいものだった。
「うっ…」突然、肩を震わせて、嗚咽するキヨカ。
「どうした?」
「な、何か分からないど、清彦さんの昔の写真っ、見てたら、涙が止まらなくなって……」
呆然としながら涙を流すキヨカを見て、俺は気づく。
彼女は、記憶を失って思い出せなくても『思い出せない何か』 を奪われたことだけは直感的にわかったのだろう。俺が代わりになったことで奪った、本来の彼女の、大切な過去。
「私にはっ、昔の記憶がないっ、からっ、清彦さんとの生活、だけが私のっ、全てでっ…」
しゃくりながら、ほとんど独り言の様につぶやくキヨカ。
「私は覚えてないけどっ……何も取り柄のない駄目な人間で、きっと、周りの人にもっ、清彦さんにもっ、沢山迷惑ばかり掛けてっ、きたんだと思うんです……ごめんなさい」
そういって、俺の顔を見上げ彼女は続ける。
「こんな私が清彦さんの恋人だっていうのは、それは、本当ですよね?信じて、いいんですよね?もし清彦さんに愛してもらえなかったら私は……」
キヨカの身体は小刻みに震えていた。
馬鹿だ、俺は。
こいつは、キヨカは。
「自分」を失って、「記憶」も失って。俺一人に依存する存在にされて。
そんなの不安に決まっているじゃないか。怖いに決まっているじゃないか。
何が「こいつは俺を恋人だと簡単に信じた」だ。
何が「全て忘れて幸せそうなのが許せない」だ。何が「分からせてやる」だ。
俺は、人の気持ち一つも考えられない、ただの愚か者じゃないか。
『恋人だっていうのは、本当ですよね』――キヨカはそう言った。
本当じゃない。嘘だ。俺はお前の恋人なんかじゃない。
本当は、俺が、お前の記憶も人生も奪った存在なんだ。お前を苦しめているのは、俺なんだよ。
でも、それをお前に言ったところで、何の罪滅ぼしにもならない。
俺は、黙ってキヨカを抱きしめていた。
彼女も俺も何も言わない。そして、彼女の震えが止まるのを待って、俺は静かに口を開いた。
「お前は俺にとって大切な存在だ。俺がお前を支える。信じてくれ。それから、俺は謝らなきゃいけない。お前がそんなに不安だったのに、俺は何も気づけなかった。本当にすまない」
彼女の両肩にそっと手を置き、言葉を続ける。
「それに、お前は駄目な奴なんかじゃないし、俺に迷惑を掛けてもいない。お前が覚えていなくても、きっとたくさんの良い過去や素敵な思い出があったんだ。でも、それでも辛いことがあったから、きっとそれを忘れるために記憶を失っただけなんだ。だから、心配しなくていい」
彼女の目から不安が消えないのを見て、俺はさらに必死に続けた。
「不安か?それなら、俺と思い出を作ろう。楽しいことをして、楽しい思い出をたくさん作ろう。それだけじゃない。お前は何だってできる。外に出られるようにもなるさ。外で働くことだってきっとできる。自分が駄目なんかじゃないってすぐに分かる日がくるはずだ。な?」
俺はキヨカの腕を強く握った。
こんな独りよがりの言葉で、彼女に何かを伝えられたのかは、分からない。
でもキヨカはふっ、と頬を緩め、少しだけ微笑むとこう言ってくれた。
「外に出るのはまだ不安で、すぐにできるかは分からないですけど……ありがとうございます。少しだけ元気が出ました」
そう言って立ち上がる彼女。
「もうこんな時間。急いで朝食の準備をしますね」
「今日は遅くなると思う。先に食べていてくれ」
靴を履いて出ようとする俺を玄関でキヨカが呼び止めた。
「清彦さん、ちょっと」
「なんだ?」
「さっきのことですけど」
「うん」
「きっと、清彦さんにもとても辛いことがあるんですよね。そして、それは私には言えないことなんですよね。それ分かります。でも、私が話したみたいに、いつか話してくださいね。お互い『大切な存在』なんですから」
そう言って、俺の頬にキスをするキヨカ。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」
まだ何も道筋がついているわけではない。でも、ほんの少しだけ、この奇妙な生活にも、未来が見えてきた気がした。
完
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あとがき
某所で書き散らしていた妄想を改稿したものです。
「TSして別存在にされた上に、自分の上位互換的な存在に自分の立場を奪われてしまう」というのが本当にどうしようもない状況だと思って、そのシチュエーションを書きたくて書きました。
「立場を奪われた側の記憶がある」状態の方が、TS的には美味しいとも思ったのですが、「立場を奪われた上にその事すら忘れて、奪った相手に見下されながら犯される」というのも結構クるものがあると思ったため、記憶のない状態スタートにしました。
あと「元に戻りたい?お前には無理だろ」って分からせられる展開も好きなのでそれも書きたかったことです。
4話目はおそらく蛇足です。TS獣耳娘(狐耳娘)が不幸過ぎる気がしたのでエロもないのに入れました。
乱文乱筆失礼しました。
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