【本編完結】アルウェンの結婚

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
6 / 62

しおりを挟む




 馬車の扉が開くと、ユランはアルウェンに向かって手を差し出した。

 「急にどうしたんだい?門番から聞いて驚いたよ」

 「突然来てしまってごめんなさい。ユラン様に大切なお話があって……」

 「中で話そうか」

 屋敷の中に入ると、奥からユランの母がやってきた。

 「まあ、アルウェン。来るなら言ってくれればいいのに」

 ユランの母カルロは、急な来客に嫌な顔一つせず、アルウェンを歓迎した。
 ユランの栗色の髪と、優しいヘーゼルの瞳はカルロ譲りだ。
 二人は姿形だけでなく、性格も良く似ていた。
 いつだったかアルウェンがその話をしたら、お互いに認めないのがおかしくて、微笑ましかった。

 「カルロ様、急に来てしまって申し訳ありません」

 「いいのよ。恋人同士が会いたい気持ちを我慢できなくなるのはよくあることだわ」

 「恋人同士なんて、そんな……」

 好きな人の母親からそんな風に言われると、胸がくすぐったいし、もしかしたら……なんて、色々期待してしまう。
 カルロは昔からアルウェンの気持ちに気づいていたようで、二人の婚約の後押しをしてくれたのも彼女だ。

 「母上、そろそろ失礼しますよ」

 「あら、未来の嫁と話す時間もくれないなんて、我が息子ながらケチねぇ」

 「アルウェンが大切な話があるというので」

 「わかったわ、邪魔者は退散するわよ。それじゃあアルウェン、また一緒にお茶を飲みましょうね」

 「はい。ありがとうございます」

 ここはとても居心地がいい。
 なぜならユランもカルロも、この家では皆がアルウェンの意思を尊重してくれるから。
 それに比べて実家ときたら、血の繋がった家族だというのに、アルウェンの意思などお構いなし。
 他人であるユランとカルロの方が、よほど家族のようだ。
 早くあの家を出てしまいたい。
 そしてこの場所で、本当の家族というものを自分の手で築き、育みたい。
 (この気持ちをちゃんとユラン様に伝えなきゃ)
 ユランは来客用の応接室に案内すると、メイドにお茶の支度を言いつけた。

 「それで、大事な話ってなに?」

 「ユラン様、その前に……これから私が話す内容を、決して他言しないと約束してくださいますか?」

 皇宮が公に発表していない事だ。
 本来なら婚約者といえど漏らしてはいけないのだろうが、事情が事情であるし、ユランなら信用できる。
 アルウェンがこれまでに起きた出来事を順を追って話すと、ユランはとても驚いた表情を見せた。

 「まさか第一皇子殿下との縁談とは……」

 「本来なら婚約者のいないシンシアが皇家に嫁ぐのが筋なのに、いつものようにわがままを言えばなんとかなると思っているようなのです……それで、その……」

 ユランの気持ちを確認するために来たのに、それを口にする勇気が出ない。
 そんなアルウェンを見かねたように、ユランが口を開いた。

 「大丈夫だ、アルウェン」

 「えっ……?」

 「この件については、僕が直接シャトレ侯爵家に出向いて話をしよう」

 「ユラン様が……私の家族にお話しをしてくださるのですか?」

 「ああ。その方がいいだろう」

 それは願ったりだ。
 身内同士の話し合いは、どうしても冷静さを欠いてしまうもの。
 それ以前にあの家族とは、話し合いにすらならない可能性もある。
 両家の今後も考えると、両親がユランの気持ちを無下にするとは考えにくいし、彼の言葉なら響くだろう。
 
 「ユラン様……嬉しいです」

 まさかアルウェンとの結婚のために、両親を説得してくれるなんて思いもしなかった。
 これがユランの本心なのだ。
 アルウェンの胸がじんわりと熱を持った。

 「できるだけ早い方が良いだろうから、今手紙を書こう。帰ったらお父上に渡してくれるかい?」

 「はい……!」





しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...