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しおりを挟む馬車の扉が開くと、ユランはアルウェンに向かって手を差し出した。
「急にどうしたんだい?門番から聞いて驚いたよ」
「突然来てしまってごめんなさい。ユラン様に大切なお話があって……」
「中で話そうか」
屋敷の中に入ると、奥からユランの母がやってきた。
「まあ、アルウェン。来るなら言ってくれればいいのに」
ユランの母カルロは、急な来客に嫌な顔一つせず、アルウェンを歓迎した。
ユランの栗色の髪と、優しいヘーゼルの瞳はカルロ譲りだ。
二人は姿形だけでなく、性格も良く似ていた。
いつだったかアルウェンがその話をしたら、お互いに認めないのがおかしくて、微笑ましかった。
「カルロ様、急に来てしまって申し訳ありません」
「いいのよ。恋人同士が会いたい気持ちを我慢できなくなるのはよくあることだわ」
「恋人同士なんて、そんな……」
好きな人の母親からそんな風に言われると、胸がくすぐったいし、もしかしたら……なんて、色々期待してしまう。
カルロは昔からアルウェンの気持ちに気づいていたようで、二人の婚約の後押しをしてくれたのも彼女だ。
「母上、そろそろ失礼しますよ」
「あら、未来の嫁と話す時間もくれないなんて、我が息子ながらケチねぇ」
「アルウェンが大切な話があるというので」
「わかったわ、邪魔者は退散するわよ。それじゃあアルウェン、また一緒にお茶を飲みましょうね」
「はい。ありがとうございます」
ここはとても居心地がいい。
なぜならユランもカルロも、この家では皆がアルウェンの意思を尊重してくれるから。
それに比べて実家ときたら、血の繋がった家族だというのに、アルウェンの意思などお構いなし。
他人であるユランとカルロの方が、よほど家族のようだ。
早くあの家を出てしまいたい。
そしてこの場所で、本当の家族というものを自分の手で築き、育みたい。
(この気持ちをちゃんとユラン様に伝えなきゃ)
ユランは来客用の応接室に案内すると、メイドにお茶の支度を言いつけた。
「それで、大事な話ってなに?」
「ユラン様、その前に……これから私が話す内容を、決して他言しないと約束してくださいますか?」
皇宮が公に発表していない事だ。
本来なら婚約者といえど漏らしてはいけないのだろうが、事情が事情であるし、ユランなら信用できる。
アルウェンがこれまでに起きた出来事を順を追って話すと、ユランはとても驚いた表情を見せた。
「まさかあの第一皇子殿下との縁談とは……」
「本来なら婚約者のいないシンシアが皇家に嫁ぐのが筋なのに、いつものようにわがままを言えばなんとかなると思っているようなのです……それで、その……」
ユランの気持ちを確認するために来たのに、それを口にする勇気が出ない。
そんなアルウェンを見かねたように、ユランが口を開いた。
「大丈夫だ、アルウェン」
「えっ……?」
「この件については、僕が直接シャトレ侯爵家に出向いて話をしよう」
「ユラン様が……私の家族にお話しをしてくださるのですか?」
「ああ。その方がいいだろう」
それは願ったりだ。
身内同士の話し合いは、どうしても冷静さを欠いてしまうもの。
それ以前にあの家族とは、話し合いにすらならない可能性もある。
両家の今後も考えると、両親がユランの気持ちを無下にするとは考えにくいし、彼の言葉なら響くだろう。
「ユラン様……嬉しいです」
まさかアルウェンとの結婚のために、両親を説得してくれるなんて思いもしなかった。
これがユランの本心なのだ。
アルウェンの胸がじんわりと熱を持った。
「できるだけ早い方が良いだろうから、今手紙を書こう。帰ったらお父上に渡してくれるかい?」
「はい……!」
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