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しおりを挟む「……では、続けさせていただきます」
女性たちは各々の道具を手に取り、再び採寸作業に取りかかった。
皆が一様に無口で無表情。
しかしその機械的な対応が、今は逆にありがたかった。
作業を終えた女性たちが退出したあと、作業空間の確保のため、一時的に移動したウェディングドレスとヴェールを戻そうと、侍女に声をかけた。
「あの、それが……」
気まずそうな侍女の表情から、嫌な予感しかしない。
アルウェンは急いでヴェールの置いてある部屋へと向かった。
しかし扉を開けて中に入ると、そこにあるはずのドレスとヴェールが消えている。
「私のドレスとヴェールは?」
「お嬢様が採寸されている間、シンシア様が自分のお部屋に運ぶようにと……」
「シンシアが!?」
言い終わらないうちに、アルウェンは部屋を飛び出していた。
ノックをする事も忘れ、飛び込んだシンシアの部屋で目にしたのは、信じられない光景だった。
「何してるの!!」
アルウェンは悲鳴のような叫び声を上げた。
目の前には、アルウェンが着るはずだったウェディングドレスとヴェールを身にまとうシンシアがいた。
「あら、もう終わったの?それよりも見て。私にぴったりだわ!」
これまで丁寧に大切に積み上げてきた幸せが、シンシアによって呆気なく壊され、踏みにじられていく。
これ以上はどうしても耐えられなかった。
「返して!!返してよ!!」
アルウェンはシンシアに掴みかかり、ヴェールとドレスを剥ぎ取ろうとした。
「きゃあっ!誰か、誰かきて!!」
頭に血が上り、冷静さを著しく欠いていたアルウェンは、衝動につき動かされるまま、力の限りドレスを引っ張って脱がそうとした。
シンシアも必死に抵抗したが、か細い腕のどこにこんな力があるのか、ドレスの布地は裂け、縫い付けられていた飾りがカチカチと音を立てて床に飛び散る。
「アルウェン!!」
騒ぎを聞きつけた母親が、暴れるアルウェンからシンシアを庇うように間に割って入った。
「またシンシアを庇うの!?」
「そうじゃないわ、勘違いしないでアルウェン」
「ええ、お母さま。私も勘違いしたくないから、そこの泥棒をちゃんと叱ってください」
「泥棒?」
シンシアの格好を確認した母親は、二人の間になにがあったのかを瞬時に悟ったようだった。
「シンシア、どうしてアルウェンのドレスを着ているのか説明して」
「……別の部屋にあったから、もういらないんだと思ったのよ」
不貞腐れた顔をして、その場しのぎの嘘をつくシンシア。
母は、呆れまじりのため息をついた。
「例えそうだとしても、元々それはアルウェンのドレスでしょう。ひと言あってしかるべきだったのではなくて?」
「……ごめんなさぁい」
ようやく母もシンシアの行き過ぎた行動を窘めてくれる気になったのかと、アルウェンは少しだけ胸のすく思いだった。
しかし、僅かな期待はすぐに裏切られることになる。
「アルウェン、どうかシンシアを許してやって。今日は採寸の方々がいらしたでしょう?シンシアはあなたのドレスが無駄にならないようにと、これでも気を遣っているのよ」
「“気を遣う”ですって?」
「ええ。あなたの想いごと引き継いで、ユラン様の元へ嫁ごうとしているの。姉を思う健気な気持ちをわかってあげてくれないかしら」
「冗談でしょう」
自分でも聞いたことのないような低い声に、母がはっとする。
「シンシアに私を思いやるような優しい心なんてありはしないわ。この子はね、自分がどれだけ恵まれているのかもわからずに、人を羨み、人の物ばかりを欲しがるどうしようもなく卑しい子なのよ」
「アルウェン!!」
「もういいわ。これまで姉妹で散々差別されてきたのに、それでもお母さまに期待なんかした私が馬鹿だったのよ」
母の後ろに隠れ、警戒するような目でアルウェンを見ていたシンシアと目が合う。
ドレスはもういい。
だがあのヴェールだけは──
アルウェンは母を無言で押し退け、その後ろに立つシンシアの頭上から無理やりヴェールを剥ぎ取った。
「痛い!!」
ヴェールを固定していたピンと共に、シンシアの金の髪がブチブチと音を立てて抜けた。
ピンに絡まる髪を汚物を摘むようにして取り除くアルウェンに、シンシアは怒りを滲ませた。
「なにするのよ!!」
「それは私の台詞よ」
アルウェンは、激昂するシンシアの目の前で勢いよくヴェールを引き裂いた。
これまでの努力も、ユランへの想いも、すべてが無に帰すような、激しい脱力感がアルウェンを襲った。
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