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しおりを挟む「……………………寝、ます」
言い終わるまでに時間を要したのは、どう答えるのが正解なのか必死で考えていたから。
アルウェンは結婚して人妻となり、夫は目の前にいるこの人で、昨夜は初夜なのに妻としての役目も果たせずに寝てしまって──
アルウェンは、自分の気持ち云々よりも“自分たちの結婚に身体の交わりは必要不可欠”という義務感のようなものに従い、共に寝るという答えにたどり着いた。
子をもうけることもまた、アルウェンの大事な役目だから。
「そうか」
サリオンの顔からは先ほどまでのいたずらっぽい笑みは消え、かといってアルウェンの答えに満足でも不満でもないような顔をしていた。
食事が済み、昨夜は意識のない状態で抱きかかえられて入ったサリオンの寝室に、今夜は自分の意思で足を踏み入れた。
薄暗い室内を迷いなく進むサリオンの後に続くように、やや距離を開けてついて行く。
ボスンと勢いよく寝台に仰向けになったサリオンが、ゆっくりとアルウェンの方へ視線を向けた。
アルウェンは怯む心を鼓舞しながら、サリオンの反対側からのそのそと寝台の上に乗った。
「……別に、無理しなくていいんだぞ」
「覚悟はできております。この国を安定に導くためにも、これは必要なことなのです」
どくどくと胸の音がうるさいのは緊張か、それとも未知の体験への恐怖か。
アルウェンは、サリオンに向かって正座をし、俯きながらその時を待った。
「いいからもう寝ろ」
驚いて顔を上げると、透き通る青灰色の瞳が静かにこちらを見つめていた。
「寝ろって……それはどういう……」
「言葉通りの意味だ」
アルウェンにはサリオンがなにを考えているのかわからなかった。
だって、誘うようなことを言ったのは彼の方なのに。
「それは、私を形式上でしか妃として扱わないということですか」
「違う」
「ならなぜ──」
「元婚約者に惚れていたんだろう?」
「ですから、それはもう済んだ話です」
「だがそう簡単に忘れられるものでもないだろう。俺は、おまえがそんなに薄情な女だとは思わない」
「殿下……」
「焦る必要などない。これからは嫌でもずっと一緒なのだから」
どうしてだろう。
たった二日しか共に過ごしていないこの人の方が、家族やユランよりも、よほどアルウェンを気遣い、大切にしてくれている。
愛や思いやりとは、血の繋がりや付き合いの長さとは無関係のものなのだろうか。
自分を蔑ろにする人間たちにいつまでも縋り続けた自分は、今思えば本当に滑稽だ。
(でも、まだわからないわ)
サリオンがアルウェンを裏切らない保証なんてどこにもない。
「ほら」
サリオンの右腕がアルウェンに向かって伸びてきて、背中に回ったと思ったら、するりと自分の隣に寝かせてしまった。
はだけたシャツの合間から、隆起する美しい筋肉が見え、胸がうるさく騒いだ。
「殿下」
「なんだ。まだなにかあるのか」
「……先ほどの『嫌でも』は余計です」
「おまえ……結構こまかい性格だな」
サリオンは半目だ。
「お休みなさいませ、殿下」
「……ああ」
隣から聞こえる規則正しい呼吸の音に耳を傾けながら、アルウェンは目を閉じた。
そしてその夜も、朝まで目が覚めることはなかった。
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