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しおりを挟む朝食を済ませ、執務室へ向かったサリオンは、午後再び皇太子宮に戻ってきた。
「まあ殿下、わざわざお戻りにならなくてもこちらから向かいましたのに」
今日の午後は護衛の選定をするとあらかじめ彼から言われていたアルウェン。
皇城に隣接する騎士の訓練施設で落ち合うはずだったのだが──
「もしかして、時間を間違えてしまいましたか?」
「いや違う」
「まさか……とは思いますが、迎えに来てくださったのですか」
「たまたま手が空いただけだ」
皇帝陛下が倒れ、今はその分の政務も併せて行っているのだから、手が空くわけないだろうに。
新婚初日も休まなかったほどだ。
まったく、変なところで素直じゃない。
侍従の先導でサリオンとふたり広い皇城内を行く。
いち貴族であった時は立ち入ることも許されなかった場所が宮内には数多く存在し、アルウェンもすべてを把握しきれていない。
慣れない場所を歩くのは意外と神経を使う。
すれ違う者たちは皆、新婚の皇太子夫妻を興味津々で見ていた。
訓練場に到着すると、屋外の広場では逞しい身体つきの男たちが実戦を模した稽古をしていた。
激しくぶつかりあう金属音にアルウェンの身体が竦む。
サリオンに気づき、早足で駆け寄ってきたのは近衛騎士団の団長を務める男──オルハン近衛騎士団長だ。
話したことはないが、有名人なのでアルウェンも顔と名前は知っている。
皇族を始め国の要人の護衛は皆近衛騎士団から選ばれる。
「殿下、お待ちしておりました」
「どいつだ」
「一番優秀なのはあそこで模擬試合をしている二人です」
どうやら二人の間では、アルウェンの護衛選出に関し前もって話し合いがなされていたようで、すでに候補者は絞られていた。
団長が指差した先で模擬試合をしていたのは対照的な二人。
片や大きな筋肉を持つ岩のような男、片や身のこなし優雅な細身の青年。
二人とも体格差など関係ない戦いぶりで、その迫力ある剣技に圧倒されたアルウェンは、自身の護衛の選定ということも忘れて見入ってしまった。
「大きいのがドド、細いのがエニスといいます。どちらも負けず劣らず優秀なのですが……」
そこまで言うと、オルハンは口ごもった。
「なんだ、なにか問題でも?」
「いえ、それはアルウェン妃殿下に直接判断していただいた方が早いかと」
「私にですか?」
サリオンから聞いていた、相性云々の話だろうか。
しかし、オルハンはとても難しい表情をしている。
先ほどサリオンが質問したように、なにか問題でもあるのか。
結局模擬試合は勝負がつかず、オルハンはサリオンとアルウェンの前に二人の候補者を呼び寄せた。
そこでアルウェンはあることに気づいた。
ドドの、その岩のような身体から想像もつかぬつぶらな瞳だ。
「殿下」
アルウェンはサリオンの袖をつまんだ。
「あの大きい方、なんだかちょっと──」
「気に入ったのか」
「いえ、そういうことではなくて」
(駄目だ、言えないわ)
ドドはそのつぶらな瞳をアルウェンに向けていて、サリオンに伝えたいことは悪口ではなかったが、なにぶん容姿に関することなので、唇の動きから発話の内容を読まれたらバツが悪すぎる。
しかし、アルウェンが違和感を感じたのはドドだけではなかった。
ドドの横に立つエニスもまた、その目つきに違和感がありすぎた。
ひと言で表すなら【極悪な糸目】。
腕は確かでも人柄はどのような感じなのか。
近衛騎士に限ってまさかとは思ったが、一抹の不安を感じずにはいられなかった。
「妃殿下、ドドとエニスにございます」
オルハンの紹介に、二人はアルウェンに向かって恭しく礼を取った。
「さきほどご覧いただいた通り、二人とも腕は確かです」
「本当に、お二人とも素晴らしかったですわ」
アルウェンの言葉にドドのつぶらな瞳はわかりやすく光り輝き、エニスの糸目は人を騙す悪人の如くいやらしい弧を描いた。どちらも怖い。
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