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しおりを挟むアルウェンの動揺に気づいたのかそうでないのか、オルハンは大きめの咳払いをした。
「ここで私の方から二人の経歴について少しお話させていただきます」
オルハンによると、ドドはなんと八人兄弟妹の一番上で、幼い頃は働きに出る両親に代わり、弟や妹たちの面倒を見ていたのだとか。
そんなドドが十三歳の年、母親が体調を崩し、働けなくなってしまう。
父の収入だけではとても家族を養うことはできない。
ドドは母親の代わりに働きに出ることを考えた。
しかし学もなく、まだ十三歳のドドに出来る仕事なんてたかが知れている。
絶望に暮れる中、ドドは町中で騎士団募集の張り紙を目にする。
見ると騎士団に応募できるのは十三歳までとのこと。
騎士は学がなくともその腕一本でのし上がることができる。
戦場で武功をあげればその報酬は何倍にも跳ね上がる。
七人の弟妹たちにお腹いっぱいご飯を食べさせてやることも、将来を夢見させてやることもできるかもしれない。
十三歳の今、それは最初で最後のチャンス──ドドは迷わなかった。
そうしてドドは、これまで手にしていた包丁や洗濯板を剣に持ち替え、家族のためにひたすら努力を重ね、ついに近衛騎士の中でも一、二を争う実力を身につけた。
ドドの境遇を知ったアルウェンは、努力はすれども与えられた環境をただ享受するだけだった自分を少しだけ恥ずかしく思った。
そして、ドドの瞳がつぶらで潤々なのは、その心根の綺麗さそのものなのだと納得した。
「弟さんや妹さんはどうされているの?」
アルウェンに声をかけられたドドの頬が、一瞬でピンクに染まる。
「すぐ下の弟は先日所帯を持ちました。子どもができたそうで」
「まあ、それはおめでたいわ!……きっと、新しい生活のために色々してあげたのでしょう?」
ドドは照れくさそうに頷いた。可愛い。
岩みたいに大きいけど可愛い。
「次はエニスについてですが──」
自分の番になったエニスの顔が曇った。
(やはり、なにか知られたくない事情でも)
あらぬことを勘繰るアルウェンだったが、エニスの境遇もまたなかなかのものだった。
帝都でも有名な商家に生まれたエニス。
取り扱っている品は皇家にも献上されているそうで、やり手の父母のお陰で商売は順風満帆。
長男のエニスは父母のあとを継ぐべく、幼い頃から勉学に励んでいたそうだ。
しかしエニスが十二歳を過ぎた頃、だんだんと大人の顔つきに変わる息子について、両親は悩ましい表情を見せるようになった。
エニスの笑みを見てはため息をつく父母。
いったいどうしてしまったのか。
不思議に思ったエニスは何度か理由をたずねてみたのだが、両親そろって『なんでもない』のひと言。
原因がわからぬまま、思春期のエニスは悩んだ。
だがある日、たまたま留守を預かった店先で、常連の客が話していた内容をエニスの耳が拾ってしまった。
──ほんと、商売に向かない顔ね
──顔相が悪いったらないわ
これまで自分の顔など気にしたことがなかったエニスだが、急いで鏡の前へ行き、先ほどの御婦人方に作ってみせたのと同じ笑顔をしてみた。
すると、元々細い目はさらに細く、まるで道化師の仮面のように胡散臭い顔が映った。
(ああ、両親はこれを嘆いていたのだ)
商売において、他人に与える印象は大事だ。
顔なんか……という人の大半は無責任で、実際どれほどの弊害があるのかわかっていない。
エニスはその日から、今後の身の振り方をどうするか、必死に頭を働かせて考えた。
幸いなことにエニスには弟がいて、店の将来は彼に任せることができる。
考えて考えて、時には情報を得るために外を駆けずり回って見つけたのが、騎士団員の募集だったという。
(私、申しわけないことを……)
ドドもそうだが、エニスに対してもその容姿だけ見て、彼らの背景に思いを馳せることもせずに、どのような人間か判断してしまっていた。
「あの、関係ないことなのだけれど、よければご実家の名前を教えてくれるかしら」
有名な商家というのなら、もしかしたらシャトレ侯爵家でも利用したことがあるかもしれない。
そんな軽い気持ちから聞いたのだが、エニスの口からでた店の名前に、アルウェンは言葉を失った。
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