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しおりを挟む「解放って……まだ妃に迎えたばかりだぞ」
上擦った声で返したサリオンに、グラフトン夫人は驚いたように目を丸くしたあと、『うふふ』と小さく声を漏らした。
「そういう意味で申し上げたのではありません。新婚夫婦を引き裂こうなんてそんな、馬に蹴られますわ」
「では夫人の言う『解放』とは?」
「アルウェン様をご家族の呪縛から解き放って差し上げることです」
「なにを言ってるのよ!」
再び興奮しだしたシンシアをドドが押さえる。
グラフトン夫人はその様子に冷めた目を向けた。
「シャトレ侯爵夫人、お久しぶりね」
「ご、ご無沙汰しております、グラフトン公爵夫人」
「あなた、その娘はなんなの?獣でも連れてきたのかと思ったわ」
グラフトン公爵夫人の放った強烈なひと言に、シャトレ侯爵夫人のみならず、その場にいた全員に衝撃が走った。
「その娘の存在が、今後必ず妃殿下の障害になるであろうことは想像に容易いわ」
「ですから今後二度と、妃殿下に近づくことはさせません」
「それでは不十分よ。他国にでも嫁がせるなら話は別だけれど」
それは無理な話だろう。
なんだかんだいって両親はシンシアを手放せないだろうし、ユランとの結婚も間近に控えている。
「確かに不十分だが、あれを他国に嫁がせるのは自国の恥を晒すようなものだ。俺はそれも反対だな」
返す言葉もない。
シンシアが、嫁いだ先で今以上にシャトレ侯爵家ならびに皇太子妃アルウェンの評判を下げてくれること間違いなし──いや、なんならこのハイリンデン帝国ごと下げるだろう。
「そこでご提案なのですが……妃殿下。私と養子縁組をなさいませんか」
「養子縁組……グラフトン公爵夫人──いえ、ヴェラ様。本当ですか……?」
実はこの茶会の招待状と共に、アルウェンはグラフトン公爵夫人に手紙を送っていた。
グラフトン公爵夫人は数年前、最愛の夫と唯一の後継ぎである息子を不慮の事故で亡くした。
夫人の悲しみは深く、一時は寝食もままならないほどだったとか。
グラフトン公爵家は皇家からの信厚く、サリオンが唯一懇意にしていた家門だ。
それを知っていたアルウェンは、夫人宛の手紙の中に生家との確執を嘘偽りなく綴り、万が一の場合は力を貸してほしいと頼んだのだ。
未だ社交界から足が遠のいている夫人に対し、半ば賭けのような気持ちだった。
不測の事態が起きた時、アルウェンを側で支えてくれればと考えていたのだが、まさか養子縁組だなんて。
もしもグラフトン公爵夫人と養子縁組すれば、アルウェンの実家はグラフトン公爵家となり、シャトレ侯爵家とは完全に縁が切れる。
期待以上の申し出に、アルウェンの心は浮き立った。
「ですが養子縁組をするにあたり、ひとつお願いがございます」
「なんでしょう?」
「……ご存知の通り、我が家にはもう後継ぎがおりません。ですがグラフトン公爵家がこのまま潰えることを私は望みません。なので……」
アルウェンとサリオンは次の言葉をじっと待った。
「殿下とアルウェン様の間に生まれた御子のおひとりに、グラフトンの名を継いでいただけたらと思います」
「それは願ってもない申し出だ。後継ぎの件も、問題ない」
『御子』という言葉の破壊力に顔を赤くするアルウェンだったが、サリオンは涼しい顔だ。
(今の言葉の意味……わかってるのかしら)
「殿下、ありがとうございます。もちろんアルウェン様のお気持ち次第ですが……」
「ありがとうございますヴェラ様。養子縁組の話、謹んでお受けしたいと思います」
テーブルを囲む御婦人方からも祝いの声が上がる中、やはり納得できない者がいた。
「冗談じゃないわ!お姉さま、シャトレ侯爵家を捨てるつもりなの!?」
「私だってできることなら捨てたくないわ」
「ほら、そうでしょう。養子縁組なんて馬鹿馬鹿しい」
「私が捨てたいのはシャトレの名ではなく、家族よ」
「……は?」
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