【本編完結】アルウェンの結婚

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
39 / 62

38

しおりを挟む




 「解放って……まだ妃に迎えたばかりだぞ」

 上擦った声で返したサリオンに、グラフトン夫人は驚いたように目を丸くしたあと、『うふふ』と小さく声を漏らした。

 「そういう意味で申し上げたのではありません。新婚夫婦を引き裂こうなんてそんな、馬に蹴られますわ」

 「では夫人の言う『解放』とは?」

 「アルウェン様をご家族の呪縛から解き放って差し上げることです」

 「なにを言ってるのよ!」

 再び興奮しだしたシンシアをドドが押さえる。
 グラフトン夫人はその様子に冷めた目を向けた。

 「シャトレ侯爵夫人、お久しぶりね」

 「ご、ご無沙汰しております、グラフトン公爵夫人」

 「あなた、その娘はなんなの?獣でも連れてきたのかと思ったわ」
 
 グラフトン公爵夫人の放った強烈なひと言に、シャトレ侯爵夫人のみならず、その場にいた全員に衝撃が走った。

 「その娘の存在が、今後必ず妃殿下の障害になるであろうことは想像に容易いわ」

 「ですから今後二度と、妃殿下に近づくことはさせません」

 「それでは不十分よ。他国にでも嫁がせるなら話は別だけれど」

 それは無理な話だろう。
 なんだかんだいって両親はシンシアを手放せないだろうし、ユランとの結婚も間近に控えている。

 「確かに不十分だが、あれを他国に嫁がせるのは自国の恥を晒すようなものだ。俺はそれも反対だな」

 返す言葉もない。
 シンシアが、嫁いだ先で今以上にシャトレ侯爵家ならびに皇太子妃アルウェンの評判を下げてくれること間違いなし──いや、なんならこのハイリンデン帝国ごと下げるだろう。

 「そこでご提案なのですが……妃殿下。私と養子縁組をなさいませんか」

 「養子縁組……グラフトン公爵夫人──いえ、ヴェラ様。本当ですか……?」

 実はこの茶会の招待状と共に、アルウェンはグラフトン公爵夫人に手紙を送っていた。

 グラフトン公爵夫人は数年前、最愛の夫と唯一の後継ぎである息子を不慮の事故で亡くした。
 夫人の悲しみは深く、一時は寝食もままならないほどだったとか。
 グラフトン公爵家は皇家からの信厚く、サリオンが唯一懇意にしていた家門だ。
 それを知っていたアルウェンは、夫人宛の手紙の中に生家との確執を嘘偽りなく綴り、万が一の場合は力を貸してほしいと頼んだのだ。
 未だ社交界から足が遠のいている夫人に対し、半ば賭けのような気持ちだった。
 不測の事態が起きた時、アルウェンを側で支えてくれればと考えていたのだが、まさか養子縁組だなんて。
 もしもグラフトン公爵夫人と養子縁組すれば、アルウェンの実家はグラフトン公爵家となり、シャトレ侯爵家とは完全に縁が切れる。
 期待以上の申し出に、アルウェンの心は浮き立った。
 
 「ですが養子縁組をするにあたり、ひとつお願いがございます」

 「なんでしょう?」

 「……ご存知の通り、我が家にはもう後継ぎがおりません。ですがグラフトン公爵家がこのままついえることを私は望みません。なので……」

 アルウェンとサリオンは次の言葉をじっと待った。

 「殿下とアルウェン様の間に生まれた御子のおひとりに、グラフトンの名を継いでいただけたらと思います」

 「それは願ってもない申し出だ。後継ぎの件も、問題ない」

 『御子』という言葉の破壊力に顔を赤くするアルウェンだったが、サリオンは涼しい顔だ。
 (今の言葉の意味……わかってるのかしら)

 「殿下、ありがとうございます。もちろんアルウェン様のお気持ち次第ですが……」

 「ありがとうございますヴェラ様。養子縁組の話、謹んでお受けしたいと思います」

 テーブルを囲む御婦人方からも祝いの声が上がる中、やはり納得できない者がいた。

 「冗談じゃないわ!お姉さま、シャトレ侯爵家を捨てるつもりなの!?」

 「私だってできることなら捨てたくないわ」

 「ほら、そうでしょう。養子縁組なんて馬鹿馬鹿しい」

 「私が捨てたいのはシャトレの名ではなく、家族よ」

 「……は?」




しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

さよなら初恋。私をふったあなたが、後悔するまで

ミカン♬
恋愛
2025.10.11ホットランキング1位になりました。夢のようでとても嬉しいです! 読んでくださって、本当にありがとうございました😊 前世の記憶を持つオーレリアは可愛いものが大好き。 婚約者(内定)のメルキオは子供の頃結婚を約束した相手。彼は可愛い男の子でオーレリアの初恋の人だった。 一方メルキオの初恋の相手はオーレリアの従姉妹であるティオラ。ずっとオーレリアを悩ませる種だったのだが1年前に侯爵家の令息と婚約を果たし、オーレリアは安心していたのだが…… ティオラは婚約を解消されて、再びオーレリア達の仲に割り込んできた。 ★補足:ティオラは王都の学園に通うため、祖父が預かっている孫。養子ではありません。 ★補足:全ての嫡出子が爵位を受け継ぎ、次男でも爵位を名乗れる、緩い世界です。 2万字程度。なろう様にも投稿しています。 オーレリア・マイケント 伯爵令嬢(ヒロイン) レイン・ダーナン 男爵令嬢(親友) ティオラ (ヒロインの従姉妹) メルキオ・サーカズ 伯爵令息(ヒロインの恋人) マーキス・ガルシオ 侯爵令息(ティオラの元婚約者) ジークス・ガルシオ 侯爵令息(マーキスの兄)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...