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しおりを挟む「殿下、お帰りなさいませ」
夕方。
いつもより早く戻ったサリオンを、久し振りに入り口で出迎えた。
「どうした。なにかあったのか」
「いえ、三日間ゆっくりさせていただいてありがとうございました。ずっと寝台の上でしたので、少し身体を動かさなければと思って」
なまった身体を慣らすため、ちょうど宮殿の周りを散策していたところ、サリオンが帰ってきたと連絡を受けた。
「まだ体調が万全とは言えないのだから、無理はするな」
アルウェンの手を引いて自室へ戻ったサリオンは、部屋の隅に置いてあったバスケットに目を留めた。
「なんだあれは」
「アスラン殿下からお見舞いをいただきました」
サリオンの表情がにわかに硬くなる。
「ご気分を害されるかもと思ったのですが、殿下に嘘はつきたくなくて。なので部屋には持ち帰らず、それを受け取ったこの部屋に置かせていただきました」
アルウェンの意図を察してくれたのか、サリオンは小さくひとつため息をつくと、既に食事の準備がなされているテーブルに着席を促した。
「おまえの行動にあまり口を出したくはないが、あいつと親しくするのはやめておけ」
「それは、アスラン殿下がサウラ妃の産んだ皇子だからですか?それとも他になにか理由があるのでしょうか」
あの時のサリオンの剣幕が、どうしても腑に落ちない。
サウラ妃が訪ねてきた時は、なにごともなくかわしていたのに。
サリオンはワインボトルを手に取り、自分とアルウェンのグラスに注いだ。
「もちろんサウラ妃のこともあるが……」
「『が』?」
しかし、待てども待てども次の言葉が出てこない。
「殿下。私なら大丈夫ですから遠慮せずにおっしゃってください。この三日間で、あの日の自分がいかに浅慮だったか深く反省しましたし、これからは殿下のお考えに沿った行動を取れるよう心がけます。ですが、それには殿下がなにを考えていらっしゃるのか知る必要がございます」
「俺はただ……」
「ただ?」
「ただ単に、嫌なだけだ」
「ああ……殿下はサウラ妃陣営に対し毅然とした態度を貫かれているのに、妃の私があちらに擦り寄っていると勘違いされかねない行動をとってしまったことがお嫌だったのですね。おっしゃることはごもっともです。本当に申し訳ありませんでした」
アスランと交流を持つにしても、もう少し時期を見てからの方がいいだろう。
そしてその場には、しかるべき人物の同席も必要だ。
「では次回お誘いいただいた時は、どなたか信頼できる方の同席をお願いしましょう」
「そういうことを言っているんじゃない。アスランに限らず、貴族だろうがなんだろうが、男と二人になるなと言っている」
「ですが殿下、私は妃として時には男女の別なく交流しなければならない時があります」
「だから、そういうことを言ってるんじゃない!!」
喧嘩別れをした夜のような大声に、アルウェンは驚いて肩をすくませた。
サリオンはそんなアルウェンの様子に気づき、バツの悪そうな顔をした。
「……おまえが心配なんだ」
消え入りそうな小さな声に、アルウェンは耳を澄ませた。
「おまえを見たら欲しくなるだろう。現にあいつはそういう顔をしていた」
「そんな……考えすぎです」
誰がアルウェンを欲するというのだ。
夫であるサリオンですら手を出さない自分を。
「おまえは自分の価値をまるでわかっていない」
わかるわけがない。
だって自身の価値を自覚させてくれる人なんて、どこにもいなかった。
「私は……殿下にとって価値のある人間ですか……?」
俯きながら、勇気を出して声を絞り出した。
本当は、サリオン個人にとって価値のある人間になりたい。
けれど、女として見てもらえていない現状、政治的価値のあるシャトレ侯爵家の娘──それだけでも構わない。
サリオンに必要としてもらえるのならそれでいい。
「俺の考えるおまえの価値とは、おまえが考えているようなものとはおそらく違う」
予想もしなかった答えに顔を上げると、彼の瞳は真っ直ぐにアルウェンをとらえていた。
「シャトレ侯爵家の娘だからではない。アルウェン、おまえだから価値があるんだ」
「殿下……」
「だから、他の男と親しくするな。おまえには俺だけだ」
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