【本編完結】アルウェンの結婚

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
55 / 62

54

しおりを挟む




 初代ハイリンデン帝国皇帝が即位した日に定められた建国祭。
 初めての公務にしてはかなり大きな催しに、肩に力が入るアルウェンだったが、思わぬ援軍が彼女を支えに来てくれた。
 サリオンが『頼れ』と言った彼の側近ルイスと、グラフトン公爵夫人だ。
 ルイスは政治的視点からのアドバイスを、皇家との縁が深いグラフトン公爵夫人は伝統的なしきたりなど、アルウェンを影に日向に支えてくれた。

 「アルウェン様は同盟国で使用されている公用語はすべて習得されておられるとか」

 「ええ。語学は得意でしたから」

 ルイスは感心したように頷いた。
 彫りが浅い柔和な顔立ちの彼だが、サリオンの側近を務めるだけあり皇宮内でも顔が広く、アルウェンの指示をすぐに各部署へ繋げてくれるため、彼がいるだけで仕事の進みが倍ほども違う。

 「通訳を介さぬ交流は関係を築くのに最適です。現況、サリオン殿下は各国との協力が不可欠。頼もしいお妃を得られて私共も心強い」

 「皇帝陛下はやはり……」

 「ええ。ここ数日は意識もあやふやな状態だそうで」

 万が一のことがあれば、死去の事実は建国祭後の公表になるかもしれないとルイスは告げた。
 既に各国との日程の調整や、歓待の準備まで莫大な時間と予算が投入されている。
 それに先の戦争の一件もあり、主だった行事のほとんどを取りやめ保障に回したことで国民の間にも鬱屈とした空気が漂い始めている。
 いわば国民感情を一時的に緩和するガス抜きとして、建国祭の開催は絶対なのだ。

 「……殿下は大丈夫なのでしょうか」

 アルウェンは、彼から父親についての話を聞いたことがない。
 母である皇后の話や、その関係性がうかがえるものは彼の空間にちらほら見かけるが。

 「殿下と陛下はまあ……やはり普通の親子の関係とは少し違いますからね」

 けれど、迷いなくサリオンを皇太子に指名したくらいだ。
 それが愛によるものかはわからないが、少なくとも皇帝がサリオンに絶対の信頼を置いているのは間違いない。

 「あとはなにごともなく済んでくれればいいのだけれど……」

 万難を排したつもりだが、それを凌ぐ存在が身内にいるアルウェンの心労は尽きなかった。


 ***


 「これを……妃殿下が僕に?」

 いつもの体調不良から寝台で横になっていたアスランは、今しがた届けられた可愛らしいリボンのかけられた箱の送り主を聞いて耳を疑った。
 少し震える手でリボンを解き、中を開けるとそこにはたくさんの本が詰められていた。
 側で見ていた侍女が思わずはしゃいだ声を上げたので、この本を知っているのか聞いてみると、帝都で今流行りの作家なのだという。
 その他にも色彩が美しい画集など、堅苦しい本しか置かれない皇宮で、アスランが始めて目にするものばかり。
 そして本と一緒に入っていたのは一通の封筒。
 そこには先日アスランが贈ったバスケットへの礼が、美しく柔らかな筆跡で綴られていた。
 おそらく病気がちなアスランが、ベッドの上で退屈しないようにと本を選んでくれたのだ。

 「本棚にお移しいたしましょうか?」

 「駄目!ここに置いておいて」

 珍しく声を張り上げたアスランに、侍女は驚いて手を引っ込めた。

 「……下がってくれる?」

 侍女が退出し、ひとりになった寝室で、アスランは目の前の本の山に目を細めた。

 「義姉上……」

 アスランは、まるでアルウェンそのもののような文字に唇を寄せた。
 




しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

さよなら初恋。私をふったあなたが、後悔するまで

ミカン♬
恋愛
2025.10.11ホットランキング1位になりました。夢のようでとても嬉しいです! 読んでくださって、本当にありがとうございました😊 前世の記憶を持つオーレリアは可愛いものが大好き。 婚約者(内定)のメルキオは子供の頃結婚を約束した相手。彼は可愛い男の子でオーレリアの初恋の人だった。 一方メルキオの初恋の相手はオーレリアの従姉妹であるティオラ。ずっとオーレリアを悩ませる種だったのだが1年前に侯爵家の令息と婚約を果たし、オーレリアは安心していたのだが…… ティオラは婚約を解消されて、再びオーレリア達の仲に割り込んできた。 ★補足:ティオラは王都の学園に通うため、祖父が預かっている孫。養子ではありません。 ★補足:全ての嫡出子が爵位を受け継ぎ、次男でも爵位を名乗れる、緩い世界です。 2万字程度。なろう様にも投稿しています。 オーレリア・マイケント 伯爵令嬢(ヒロイン) レイン・ダーナン 男爵令嬢(親友) ティオラ (ヒロインの従姉妹) メルキオ・サーカズ 伯爵令息(ヒロインの恋人) マーキス・ガルシオ 侯爵令息(ティオラの元婚約者) ジークス・ガルシオ 侯爵令息(マーキスの兄)

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

妹に全てを奪われるなら、私は全てを捨てて家出します

ねこいかいち
恋愛
子爵令嬢のティファニアは、婚約者のアーデルとの結婚を間近に控えていた。全ては順調にいく。そう思っていたティファニアの前に、ティファニアのものは何でも欲しがる妹のフィーリアがまたしても欲しがり癖を出す。「アーデル様を、私にくださいな」そうにこやかに告げるフィーリア。フィーリアに甘い両親も、それを了承してしまう。唯一信頼していたアーデルも、婚約破棄に同意してしまった。私の人生を何だと思っているの? そう思ったティファニアは、家出を決意する。従者も連れず、祖父母の元に行くことを決意するティファニア。もう、奪われるならば私は全てを捨てます。帰ってこいと言われても、妹がいる家になんて帰りません。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...