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しおりを挟む初代ハイリンデン帝国皇帝が即位した日に定められた建国祭。
初めての公務にしてはかなり大きな催しに、肩に力が入るアルウェンだったが、思わぬ援軍が彼女を支えに来てくれた。
サリオンが『頼れ』と言った彼の側近ルイスと、グラフトン公爵夫人だ。
ルイスは政治的視点からのアドバイスを、皇家との縁が深いグラフトン公爵夫人は伝統的なしきたりなど、アルウェンを影に日向に支えてくれた。
「アルウェン様は同盟国で使用されている公用語はすべて習得されておられるとか」
「ええ。語学は得意でしたから」
ルイスは感心したように頷いた。
彫りが浅い柔和な顔立ちの彼だが、サリオンの側近を務めるだけあり皇宮内でも顔が広く、アルウェンの指示をすぐに各部署へ繋げてくれるため、彼がいるだけで仕事の進みが倍ほども違う。
「通訳を介さぬ交流は関係を築くのに最適です。現況、サリオン殿下は各国との協力が不可欠。頼もしいお妃を得られて私共も心強い」
「皇帝陛下はやはり……」
「ええ。ここ数日は意識もあやふやな状態だそうで」
万が一のことがあれば、死去の事実は建国祭後の公表になるかもしれないとルイスは告げた。
既に各国との日程の調整や、歓待の準備まで莫大な時間と予算が投入されている。
それに先の戦争の一件もあり、主だった行事のほとんどを取りやめ保障に回したことで国民の間にも鬱屈とした空気が漂い始めている。
いわば国民感情を一時的に緩和するガス抜きとして、建国祭の開催は絶対なのだ。
「……殿下は大丈夫なのでしょうか」
アルウェンは、彼から父親についての話を聞いたことがない。
母である皇后の話や、その関係性がうかがえるものは彼の空間にちらほら見かけるが。
「殿下と陛下はまあ……やはり普通の親子の関係とは少し違いますからね」
けれど、迷いなくサリオンを皇太子に指名したくらいだ。
それが愛によるものかはわからないが、少なくとも皇帝がサリオンに絶対の信頼を置いているのは間違いない。
「あとはなにごともなく済んでくれればいいのだけれど……」
万難を排したつもりだが、それを凌ぐ存在が身内にいるアルウェンの心労は尽きなかった。
***
「これを……妃殿下が僕に?」
いつもの体調不良から寝台で横になっていたアスランは、今しがた届けられた可愛らしいリボンのかけられた箱の送り主を聞いて耳を疑った。
少し震える手でリボンを解き、中を開けるとそこにはたくさんの本が詰められていた。
側で見ていた侍女が思わずはしゃいだ声を上げたので、この本を知っているのか聞いてみると、帝都で今流行りの作家なのだという。
その他にも色彩が美しい画集など、堅苦しい本しか置かれない皇宮で、アスランが始めて目にするものばかり。
そして本と一緒に入っていたのは一通の封筒。
そこには先日アスランが贈ったバスケットへの礼が、美しく柔らかな筆跡で綴られていた。
おそらく病気がちなアスランが、ベッドの上で退屈しないようにと本を選んでくれたのだ。
「本棚にお移しいたしましょうか?」
「駄目!ここに置いておいて」
珍しく声を張り上げたアスランに、侍女は驚いて手を引っ込めた。
「……下がってくれる?」
侍女が退出し、ひとりになった寝室で、アスランは目の前の本の山に目を細めた。
「義姉上……」
アスランは、まるでアルウェンそのもののような文字に唇を寄せた。
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