56 / 62
55
しおりを挟む建国祭へ向けて各国の代表が続々と帝都に入る中、サリオンとアルウェンも最後の準備に大忙しだった。
夕食を一緒にとれない日も多々あったが、それでも夜は寝室でお互いの状況を報告するなどして会話を欠かさなかった。
そして、皇太子妃として式典準備の采配をするアルウェンについて、サリオンの耳にもちらほらと噂が聞こえてくるようになった。
「妃殿下の評判、いいみたいですね」
ルイスの問い掛けに、サリオンは無表情でひと言『ああ』とだけ返した。
しかしルイスは見逃さない。
無表情と見せかけて、僅かにサリオンの口の端が上がったことを。
(なんだかんだいってベタ惚れなんだよな)
結婚が決まった時は眉一つ動かさなかったのに、アルウェンを迎えてからというもの、色んな表情を見せるようになった主に、ルイスは少なからず感動を覚えていた。
アルウェンと事務方のつなぎ役となったルイスの元にも、アルウェンに対する良い反応が届いていた。
取り分け多かったのが、アルウェンの柔和な態度についてだ。
偉ぶらず、官吏たちの話をよく聞き、時には指導も仰ぐその謙虚さが彼らに響いたようだ。
当然サリオンの評価も上がるし、ルイスはアルウェンが色々やってくれるから仕事が減って楽だし、いいことずくめだった。
「妃殿下が有能でいらっしゃるのは喜ばしいことですが、こうなると一層サウラ妃の無能さが際立ちます。あちらも心中穏やかではないでしょうね」
「……式典に出席するのは例年通りサウラ妃だけか?」
「ええ。それとサウラ妃の故国からは王太子──サウラ妃の甥が出席されるそうです」
「アスランは」
「アスラン殿下ですか?これまで一度も出席されたことがありませんから、今回もおそらくそうではないかと。式典は長丁場です。体力が持たないでしょう」
サリオンの口からアスランに関する話が出るのは珍しい。
これまでサリオンが注視してきたのはサウラ妃だけで、義弟に関してはさほど警戒してこなかった。
それもそのはず。
あの身体では政務はおろか、人前に出ることすら難しい。
サウラ妃もアスランを皇位に就けたくて必死だが、息子に為政者としての働きは望んでいないだろう。
アスランの命を縮めたくはないはずだ。
だから、最終的には息子を傀儡とした政権を築こうと画策しているのは明白だ。
アスランの身体も、本人がやる気になればなんとかなるのかもしれない。
医者によれば、長い年月をかけて身体を鍛え、虚弱体質を克服した例は少なくないという。
けれど息子を溺愛するサウラ妃は、アスランを導くどころか奥にしまい込んで甘やかすだけ。
サリオンの母である亡き皇后とは大違いだ。
「シャトレ侯爵家はどうだ」
「仰せの通り、出席者についてはシャトレ侯爵の意思に任せております」
今度問題を起こしたらあちらとて後がない。
まさかとは思うが、噂の馬鹿者を連れてくるはずがない……と思いたい。
「とりあえず、シャトレ侯爵家については監視役を側に置いておきます。なにかあればすぐ対応させますので」
「ああ」
「殿下も妃殿下と仲のいいところをたくさんアピールしちゃってくださいね。帝国は安泰だと見せつけなければ」
これまでサウラ妃が流したサリオンに関するデマを払拭するにもいい機会だ。
(まあ、余計な悩みも増えそうだけど)
世間では恐ろしいと噂されているサリオンが、実は超絶美男子で妃を大切にする男だなんて知れれば、第二妃もしくは愛妾志願の女性が山のように押しかけるだろうから。
(早く子どもができればいいんだが)
世継ぎの君が早々に誕生すれば、余計な心配ごとも少しは減るだろう。
けれど、それはどうやら問題なさそうだ。
女官たちの話では、サリオンは結婚以来夜は一度もアルウェンを手放さないというではないか。
遠からず皇太子夫妻の仲は知れ渡ることになる。
貴族たちは新たな派閥への参画を目論み、表向きはご機嫌伺いと称し、アルウェンの元へ詰めかけるだろう。
それはもちろん、色々な手土産とともに。
「しばらくは俺のことよりアルウェンの補佐に力を入れてくれ」
(おやおや)
長年使える最側近をあっさり譲るあたり。
よほどアルウェンのことが心配なのだ。
「ええ、ええ。しっかりとお助けして参ります。ですがお優しい妃殿下の元が居心地良くなって、帰ってきたくなくなるかもしれませんよ」
「駄目だ。それとおまえ、補佐する時は少し離れとけよ」
「それじゃ周囲に会話が筒抜けじゃありませんか」
呆れ顔のルイスにサリオンは『うるさい』とだけ返した。
988
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる