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しおりを挟む皇宮の正面広場には、盛装に身を包んだ大勢の人間が居並び、式典の開始を今か今かと待ち構えていた。
中央の舞台の近くに陣取るのは各国の代表並びに国内の貴族たち。
支度を終えたサリオンとアルウェンは、開始の合図であるファンファーレが鳴るのを舞台裏で待っていた。
「大丈夫か」
隣に立つアルウェンから漂う緊張感が気になり、サリオンは優しく声をかけた。
「大丈夫……です」
あからさまに嘘なのがわかり、サリオンは苦笑した。
今日のアルウェンは、これまで見たどんな彼女よりも美しかった。
それは、侍女たちが自分たちの仕事ぶりに思わず唸り、感嘆するほど。
皇太子宮を出るアルウェンとサリオンを見送るアルマと侍女たちは、お互いの健闘を称え合い、目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「……よく似合っている」
アルウェンの白い肌に映えるジュエリーに、サリオンは目を細めた。
それはサリオンの母が皇后として国民の前に立つ時、いつも身に着けていたものだ。
そして今日、その思い出の宝石を自身の妻が身に着けて国民の前に立つ。
その光景を目の前にして、果たして高揚せずにいられるだろうか。
サリオンは大きく息を吐き、柄にもなく熱くなる感情を抑えこんだ。
「父上の後を継ぐことをずっと面倒だと思っていた。でも隣におまえがいるなら悪くない」
「そんな風に言ってもらえるなんて、とても光栄です」
「離れるなよ」
サリオンはアルウェンに向かって、白い手袋をはめた手を差し出した。
「離れません。ずっと」
微笑むアルウェンの手を、サリオンは強い力で握った。
ファンファーレの音が高らかに鳴り響き、式典の始まりを告げた。
式典は、厳かな空気に満ちていた。
ハイリンデンでは貴色とされる紫色の衣を纏ったサリオンとアルウェンは、招待客の視線を一身に受けながらゆっくりと歩を進め、舞台の中央へ立った。
「偉大なるハイリンデン帝国の建国を祝うこの良き日に、皆が集まってくれたことを心より感謝する」
サリオンの声が広場に響き渡る。
招待客は皆、これまで必要以上に公の場に姿を現すことのなかった彼の堂々たる姿に見入っていた。
妻であるアルウェン自身、これまで目にしたことのない夫の為政者としての姿に見惚れていた。
サリオンはその圧倒的なカリスマで、瞬く間に聴取の心を支配してしまった。
彼はその後ハイリンデンの歴史に触れ、これまで幾度となく国難を排してきた皇家と国民両方の功績を称えた。
それらをひと通り語り終え、そろそろ挨拶も終わるかと思われた頃、サリオンは話を止めてアルウェンを見た。
「殿下……?」
一拍置いてから、サリオンは再び招待客へと視線を戻した。
「我らを脅かすものはこの先も必ず現れよう。だが心配はいらない。このサリオン、世にも得難き妃を手に入れた。アルウェンだ」
サリオンがアルウェンの名を口ずさんだ瞬間、ひときわ大きな歓声が沸く。
大きな波のようなそれを全身に浴び、潮が引くようにおさまったあと、サリオンは再び口を開いた。
「これからは妃とふたり苦楽を共にし、皆をより良い未来へと導けるよう尽力すると誓う。我らの元、ハイリンデン帝国はさらなる発展を遂げるだろう」
聴衆から割れんばかりの歓声が沸き上がる。
舞台付近で着席していた招待客は皆立ち上がり、皇太子夫妻に大きな拍手を送っていた。
アルウェンの耳が、歓声の中にちらほらと混じる自分の名を拾う。
──サリオン皇太子殿下万歳!!アルウェン妃殿下万歳!!
胸を熱くさせるその声は、アルウェンがこれまで味わった苦しみが、すべて帰結したかのような気分にさせてくれた。
「手を振ってやれ」
サリオンはそう言うと、感動に打ち震えるアルウェンを支えるように抱いた。
「はい、殿下。ありがとうございます」
手を振るアルウェンに、民衆も再び大きな歓声を上げたのだった。
*
式典が終わり、皇太子夫妻と招待客は宴の会場に移動した。
サリオンとアルウェンの周りには、ふたりに誰よりも先に挨拶しようと人が押し寄せ輪を作った。
ひとりひとり丁寧に対応していく中、アルウェンは遠巻きにこちらの様子をうかがう両親の姿を見つけた。
少し気まずそうな顔で寄り添う父母の側に、シンシアの姿はない。
(さすがに置いてきたようね)
アルウェンはほっと胸を撫で下ろした。
各国の代表が集まる中、シンシアが再び粗相をしようものなら家門の存続云々を通り越して国際問題だ。
しかし安心したのも束の間。
入り口付近でざわめきが起きた。
「だ、第二皇子アスラン殿下のご入場です!」
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