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7話
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「ん゛んん゛。なんで、私が、こんな目に…!!」
暴れるからだろうか、部屋に入ってまず目に入ったのは、両手両足を縛り付けられていたハフィザだった。
傍らの女奴隷たちの顔には、引っ掻かれたかのような切り傷や打撲の痕があり、俺たちに気づくと口々に言い募った。
「お、お許しは得ています。暴れられてどうしようもなく、痛みを鎮めるお薬を飲ませるまではこのままでもよいと…」
大方、スイハあたりが言ったのだろう。
「ああ…お前たちを責めたりなどしない。
だが少し外してくれないか?」
そう言うと、女たちは静々と部屋を出ていった。ハフィザは変わらず叫び続けている。このままでは話もできないと思った俺は、精霊の力を借りることにした。
「عالجه」
痛みが消えるとハフィザは正気を取り戻し、俺たちを憎々しげに睨む。肌には不自然な皺が寄り、老婆のような顔だ。彼女は腕の自由を得ようともがきながら、吐き捨てるように言った。
「…この、外道が…!」
「……随分なご挨拶だな…。俺が何かしたという証拠でも?」
「あなたの腕輪をつけて、痛みだしたのよ…他にどんな理由が?」
「そもそも俺しか扱えぬものなのだから、当然の結果とも言えるが…」
本性を現したわね、とキッと睨み付けるハフィザ。そこに美しい声が響いた。
「痛みを消してくれたお父様に感謝の言葉一つかけられないの?」
アミーラがヴェールの下の美しい眉を潜めて言う。
「…それを言うなら、後宮に、呼んであげた私に対する感謝の言葉は無いわけ?一度も聞いてないけど」
「頼んでないわ」
「でも、楽な暮らしができたでしょう…?」
「…」
黙ってしまったアミーラにそれ見たことかと、ハフィザは追い討ちをかける。
「姉さんみたいな醜い女が生きるのは、さぞかし大変だったでしょう?全て私のお陰よね」
「…黙ったのは、言い返せなかったからじゃないわ」
そう言ってヴェールを取り、美しい素顔を見せるアミーラ。
「な、なっ…!それ、どうして!?火傷の痕は?」
「……。あなたが、皇帝の関心を他の女に向けまいと努力してたのは知ってる。…それで、私を使おうとしたのも」
「…それの、何がいけないの?私はこの場所を誰にも譲りたくない…!醜くなってしまったあなたでも、妹の役に立つことぐらいできるでしょう?」
「…初めは嬉しかった。見たこともないほど綺麗な皇帝に憧れも持ったわ…。でも、聞いてしまったから…」
「何を?」
冷めた声音で言うハフィザ。
「…あなたが…あなたが…私を夜伽のための道化にしようとしていると…」
「ああ、それで私に反抗し始めたわけ。道化ぐらいなんなの?喜びなさいよ?大人しく私と皇帝が睦み合う手助けをすればよかったのに…。そうすれば生贄にするよう進言なんてしなかったわ…」
「なんて、おぞましい。私を薬漬けにして人形にでもするつもりだった!?私、あなたにそこまで恨まれるようなことした?」
姉妹の話を俺は黙って聞く。今は何もできない。それはセリムも同じだ。ハフィザの裏の素顔に唖然としているようでもあった。
「全てよ…!姉さんの全てが気に入らなかった…!その顔も声も、母さんたちに一番愛されているところも…。だから、火をつけた」
「…ッ!やっぱりあなただったのね…!!」
炎の加護が無ければ、アミーラも危なかっただろう。彼女の両親を殺したのも、顔の火傷も全て妹のせいだったと分かった。
アミーラの答え次第では、ハフィザを殺してもいいが…。
白くなるほど握りしめられた手も、俯き震えた肩も彼女を常より小さく感じさせる。
しかし、次に顔を上げた彼女は落ち着いていた。静かな声で言った。
「その醜い顔で惨めに生きて」
「ま、待ちなさいよっ…!!!痛みを消せるなら顔も戻せるんじゃ!?」
「いや、無理だな」
***
「…良かったのか?」
消したハフィザの痛みを再び戻し、部屋へと帰る道すがら俺は話しかける。暗に殺さなくていいのか、と聞く。
「ええ」
その言葉には様々なものが込められていたように思う。
俺は、彼女の意見を尊重して、最後の仕上げをすることにした。
暴れるからだろうか、部屋に入ってまず目に入ったのは、両手両足を縛り付けられていたハフィザだった。
傍らの女奴隷たちの顔には、引っ掻かれたかのような切り傷や打撲の痕があり、俺たちに気づくと口々に言い募った。
「お、お許しは得ています。暴れられてどうしようもなく、痛みを鎮めるお薬を飲ませるまではこのままでもよいと…」
大方、スイハあたりが言ったのだろう。
「ああ…お前たちを責めたりなどしない。
だが少し外してくれないか?」
そう言うと、女たちは静々と部屋を出ていった。ハフィザは変わらず叫び続けている。このままでは話もできないと思った俺は、精霊の力を借りることにした。
「عالجه」
痛みが消えるとハフィザは正気を取り戻し、俺たちを憎々しげに睨む。肌には不自然な皺が寄り、老婆のような顔だ。彼女は腕の自由を得ようともがきながら、吐き捨てるように言った。
「…この、外道が…!」
「……随分なご挨拶だな…。俺が何かしたという証拠でも?」
「あなたの腕輪をつけて、痛みだしたのよ…他にどんな理由が?」
「そもそも俺しか扱えぬものなのだから、当然の結果とも言えるが…」
本性を現したわね、とキッと睨み付けるハフィザ。そこに美しい声が響いた。
「痛みを消してくれたお父様に感謝の言葉一つかけられないの?」
アミーラがヴェールの下の美しい眉を潜めて言う。
「…それを言うなら、後宮に、呼んであげた私に対する感謝の言葉は無いわけ?一度も聞いてないけど」
「頼んでないわ」
「でも、楽な暮らしができたでしょう…?」
「…」
黙ってしまったアミーラにそれ見たことかと、ハフィザは追い討ちをかける。
「姉さんみたいな醜い女が生きるのは、さぞかし大変だったでしょう?全て私のお陰よね」
「…黙ったのは、言い返せなかったからじゃないわ」
そう言ってヴェールを取り、美しい素顔を見せるアミーラ。
「な、なっ…!それ、どうして!?火傷の痕は?」
「……。あなたが、皇帝の関心を他の女に向けまいと努力してたのは知ってる。…それで、私を使おうとしたのも」
「…それの、何がいけないの?私はこの場所を誰にも譲りたくない…!醜くなってしまったあなたでも、妹の役に立つことぐらいできるでしょう?」
「…初めは嬉しかった。見たこともないほど綺麗な皇帝に憧れも持ったわ…。でも、聞いてしまったから…」
「何を?」
冷めた声音で言うハフィザ。
「…あなたが…あなたが…私を夜伽のための道化にしようとしていると…」
「ああ、それで私に反抗し始めたわけ。道化ぐらいなんなの?喜びなさいよ?大人しく私と皇帝が睦み合う手助けをすればよかったのに…。そうすれば生贄にするよう進言なんてしなかったわ…」
「なんて、おぞましい。私を薬漬けにして人形にでもするつもりだった!?私、あなたにそこまで恨まれるようなことした?」
姉妹の話を俺は黙って聞く。今は何もできない。それはセリムも同じだ。ハフィザの裏の素顔に唖然としているようでもあった。
「全てよ…!姉さんの全てが気に入らなかった…!その顔も声も、母さんたちに一番愛されているところも…。だから、火をつけた」
「…ッ!やっぱりあなただったのね…!!」
炎の加護が無ければ、アミーラも危なかっただろう。彼女の両親を殺したのも、顔の火傷も全て妹のせいだったと分かった。
アミーラの答え次第では、ハフィザを殺してもいいが…。
白くなるほど握りしめられた手も、俯き震えた肩も彼女を常より小さく感じさせる。
しかし、次に顔を上げた彼女は落ち着いていた。静かな声で言った。
「その醜い顔で惨めに生きて」
「ま、待ちなさいよっ…!!!痛みを消せるなら顔も戻せるんじゃ!?」
「いや、無理だな」
***
「…良かったのか?」
消したハフィザの痛みを再び戻し、部屋へと帰る道すがら俺は話しかける。暗に殺さなくていいのか、と聞く。
「ええ」
その言葉には様々なものが込められていたように思う。
俺は、彼女の意見を尊重して、最後の仕上げをすることにした。
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