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後編
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生まれ持った体格を便利だと感じることはあれど、どちらかと言えば疎むことが多かったように思う。ザイルが騎士を目指したのは選択肢がなかったからだ。才能があったばかりに戦果を重ねて一代限りの爵位を得たものの、花形部署には望まれず、辺境地域を見守る職に就くことになった。
転々と街を移動するため、冒険者のフリをしていれば、やはり目立つのはこの熊のような身体。騎士であればありがたいと言われるが、粗暴な者も多い冒険者となると、何をされるかわかったものではないと大抵距離を置かれる。どこにいても周囲の人間の反応は似たりよったり。目が合うなり、皆そそくさと逃げていく。気付かないうちに、毎日毎日、小さな傷が心に降り積もっていた。
その傷ごと、自分自身を諦めていた。
彼女を見つけたのは偶然だった。
「あの、鑑定お願いできますか!?」
とある冒険者ギルドのカウンターに、何本も瓶を抱えて持ち込む少女がいた。最初の印象はまだ若いな、程度だった。三つ編みにした赤茶の髪、頬に散ったそばかす、女性にしては背が高く、短パンからすらりと伸びた脚が眩しい。いくつか種類が違うのだろう、選り分けて3つほど塊を作り、熱心に説明している。
「この間の講習で伺った配合だと苦くて。薬効変えないように調べて、使う薬草と抽出方法をアレンジしたので、規定値に達しているかちょっと自信がないんです」
「ああ、講習では作りやすいものを教えていますので、工夫していただけるのは助かります。なかなか味にフォーカスしてくれる方は少ないんですよ」
職員が微笑んで受け取って奥に消えると、彼女はホッと胸を撫で下ろしていた。ギルドに持込むのに毎度緊張していては身が持たんだろう、とその時は軽く考えた。彼女にキツく当たる職員に気づいて手を回したのは、もう少し後のこと。
数日後、ギルドの売店に麻痺治しが並んでいるのが目についた。値札の横に注意書きで、『こちらは通常のものと味が違います』とある。あまり見たことのない注意書きで先日の記憶が掘り起こされ、彼女の作ったものなのではと推測した。
麻痺治しは気付けの作用もあるので、まぁとにかく苦味が強い。どう違うのか気になって購入してみれば、
「…え、なんだこれ、辛い?」
ぴりっと舌を焼く刺激に驚いた。苦味はあまり感じない上に、喉越しが爽やかだ。ちょいと森に入って引っ掴んできた、虫系モンスターの鱗粉の痺れも消えている。
「へぇ、面白いことを考えるもんだなぁ」
瓶の裏に、本人が書いたのであろうサインを見つけて名前を知った。アイラ。どんな娘なんだろうと興味を持ってしまったのが迂闊だった。
アイラの作るポーションは人気で、たまに入る新作はなかなか手に入らなかった。定期的に納品し始めたという噂を聞きつけたときには、売店に並ぶ曜日を特定し、朝イチにギルドに顔を出すようになっていた。
他の街よりも足を運ぶ回数が増え、すれ違う頻度も増す。知れば知るほど、彼女のひたむきさに惹かれた。
が、それだけだった。
話しかけて怖がらせるのも嫌だと、遠くから眺めて勝手に満たされるだけ。彼女とどうこうなりたいなどと希望を持つこともなかった。
* * * * *
「そんな前から…?」
いつから好きだったのかと聞かれたから、正直に答えたら、アイラは両頬を覆って赤面した。
俺のシャツを羽織って、そんな可愛い反応をしないでほしい。襲いたくなる。
「アイラはもっと評価されるべきだと思う。ポーション作りにしろ、魔法の技術にしろ、その年でなかなかできることじゃない」
「そう言っていただけると嬉しいですが、まだまだです。ポーションだけで食べるのに必死だし、危うくオークに殺されるところだったし。特に魔法は…ザイルさんも見たでしょう?足止めがせいぜいで、パーティーを組めるのはいつになるやら」
パーティーは基本的にCランクから組むことができるようになる。高ランクの知り合いがいれば、早くから戦力外で連れ回してもらえる例もあるようだが、単身飛び入りの冒険者が圧倒的多数なので、自分のことが自分で出来る、Cランクが妥当なのだ。
「アイラはもうCランクだろう?」
「いえいえ!Dです。初心者の森をうろちょろしてるだけですもん」
「…何かの間違いだ。あれほど魔法を使いこなしていてDなんて。オークだってほぼソロ討伐だったんだぞ」
全速力で駆けつけようとするザイルの目の前で、アイラは広範囲の氷魔法を展開し、オークを討った。あのレベルのモンスターを難なくソロ討伐できるのはBランクからだろう。ザイルは戦闘不能のところにトドメを刺しただけだ。
「…え?あのヤケクソの攻撃で??火事場の馬鹿力ってこういうこと?」
「ギリギリの状況だったとして、切り抜けたのはアイラの実力だ。誇っていいぞ。ギルドには報告しているし、次に顔を出した時にはきっとランクアップの通知がもらえる」
「わぁ、本当ですか!ついにランクアップだ!仲間が出来るかも!?」
そわそわ嬉しそうに身体を揺するアイラに手を伸ばし、すっぽり覆うように抱き寄せる。ザイルの鼻を、彼女の甘い香りがくすぐった。
「パーティーを組むなら俺でもいいだろう?」
「!…いいんですか!?」
「今さら他の男と組みたいと言われたら、閉じ込めたくなる。勘弁してくれ」
「どうしてそんな嬉しいことばっかり…!」
嬉しいのか。ーーいや、あまり意味を分かってない気がする。
ザイルの言う閉じ込めるは、ただの嫉妬ではなく、仄暗い執着の表れだと言うのに。枷で繋いで一歩も外に出さず、彼女のすべてを世界から覆い隠したい。それほどまでに、諦念の先で出会った彼女はザイルにとっての全てである気がした。
どうしようもなく滲み出る独占欲に、ザイルは頭を振って抵抗した。大切な唯一の人ーーだからこそ、きちんと伝えておかなければならないことがある。
「その、パーティーを組む以外にも提案があるんだが、聞いてくれないか?」
「はい。なんですか?」
「実は…俺は本職が冒険者じゃない。騎士なんだ。男爵位を賜り、辺境伯閣下に仕えている。広大な領地を巡って、閣下の目となり耳となり、微力ながらお支えしている」
アイラは瞬きを忘れて固まっている。開いた口から赤い舌が見えて、美味そうだ。
「だからここも仮住まいで手狭でな。一度、本宅に来てくれないだろうか。閣下にも会ってほしい。とても素晴らしい方なのだ」
聞いてはいるのだろうが、アイラからの反応がない。あまり見せつけられると我慢が効かないのだが、そろそろ味見をしてもいいだろうか。柔らかな頬を撫で、開いたままの口に舌を滑り込ませる。そのまま彼女の舌を掬ってちゅぷちゅぷ味わっていると、ばしばし胸を叩かれた。
「っぷは!何故いまキス!?いやいや、男爵様って何!?」
「キスはいつでもしたい。元は平民だし、一代限りだぞ。それで、どうだろうか?来てくれるか?」
ザイルはアイラに回した腕に力を込めた。可能な限り、彼女の意志で来てほしい。断られたら攫うしかない。
「いき、ます。まだよく分からないけど、この先もザイルさんと一緒にいたいなら、ご挨拶しないといけないんですよね?」
いつの間にか詰めていた息を吐き出し、ザイルは頷いた。一緒にいたい、という言葉が脳に届いて全身に行き渡る。幸せだ、と思う。
「気を遣わせてしまうが、頼む」
「う、期待しないでくださいね。辺境伯様、というか、貴族の方の前に出ると思っただけで気絶しそうなんです。この街から出るのだって初めてで、…あ!」
何か閃いたようにアイラが人差し指を立てた。
「旅行、ですか!?ザイルさんと2人で…?」
「まぁ、そうなるな。半月くらいはかかるだろう。俺はデカくて馬車は使えないから、馬に乗ることになる」
「旅行初めてなんです!馬も!わ、わ!楽しそう!」
可愛い。はしゃぎ始めたアイラが腕の中でぴょこぴょこしている。彼女の前向きさに当てられ、ザイルの不安は鳴りを潜めた。
代わりに性欲が頭をもたげ、白い貝殻みたいな耳にぱくつく。
「ひゃっ!」
「まだ当分出発はしないぞ?」
耳孔に舌を入れると、アイラが子犬みたいな鳴き声を出した。耳も弱点のようだ。
「な、で…?用事…?」
「初心者の森に調査が入るから、現場指揮で残らねばならん。たぶん、閣下が1個隊派遣してくれるから、到着まで存分にアイラを堪能しなくては」
誂えたかのようにザイルの手のひらに収まる双丘をもて遊ぶ。揺らして、少し強く握って。指の間からはみ出す感触すら、やみつきになりそうだ。
「や、ちょっ…!まじめな話するか、触るか、どっちかにしてぇ」
ヒクヒク震えるアイラのこめかみにキスを落として、するりと内腿を撫でる。そのまま抵抗もなく開かれた脚を、立てた膝に引っ掛けた。
「アイラはどちらがいい?」
「い、意地悪してます!?」
「バレたか。聞きたいんだ、アイラの口から」
核心を避けて柔い部分を愛でるのも、もちろん楽しい。恥ずかしそうに身体を捩って、声を殺すアイラも可愛くて仕方ない。
それでも、口にして欲しい。
俺を欲しているんだと、教えてほしい。
「もう…!…触って、ザイルさん」
こちらを見つめる潤んだ瞳にキスで応え、ザイルは理性を手放した。
結局、部隊の到着までザイルの腕の届く範囲からアイラを出すことはなかった。正直なところ、随分と浮かれていたと思う。人肌に触れるなど抱っこが必要な小さな頃以来で、箍が外れたザイルは散々に溺れた。得られないと思っていた存在が、毎日奇跡のように好きだと言ってくれる。身体も心も許してくれる。
そろそろ本当に調査隊が到着するだろうし、いい加減緩み切った表情筋を引き締めなければという頃、アイラがふと話しかけてきた。
「これ、私の宝物なんですよ」
財布をあけて、中から油紙にくるんだ何かを取り出したアイラが、手のひらをザイルに差し出す。
「いつか御礼するんだって思って、毎日眺めてたんです。あの時飲んだものより数倍は効果も味も美味しいって言ってもらえるようになるまでは、直接ポーションをお渡しもできないし、話し掛ける資格もないなって。これを出して『金貨だぞ?見合うものを作れたの?』って自分を叱咤してました」
彼女の小さな手のひらに似合わない、ゴツい金貨。
一度だけ、致し方なくザイルから関わった、あの突っ返されたポーションに金貨を払った時のことをアイラが覚えているとは。
会話、と呼んでいいのか自身が無いほどの短さだったが、言葉を交わせただけで奇跡だと思っていたのに。
「残念ながら、まだまだ改良の余地はありますけど、これからずっと渡し続けるなら、おばあちゃんになる頃には金貨に足りますよね?」
えへへ、と笑うアイラをザイルは優しく抱き締めた。当たり前にずっと一緒にいると考えてくれることが震えるほどに嬉しかった。
こんな頑強な体の中にある、傷だらけの柔らかく繊細な部分を、彼女は癒し続けてくれる。
ザイルにとってはアイラの存在そのものがポーションなのだ。
* * * * *
ある日
森の中でオークに出会ったら
大好きな熊さんに助けられて
思いが通じ合い
末永く幸せに暮らしましたとさ♫
転々と街を移動するため、冒険者のフリをしていれば、やはり目立つのはこの熊のような身体。騎士であればありがたいと言われるが、粗暴な者も多い冒険者となると、何をされるかわかったものではないと大抵距離を置かれる。どこにいても周囲の人間の反応は似たりよったり。目が合うなり、皆そそくさと逃げていく。気付かないうちに、毎日毎日、小さな傷が心に降り積もっていた。
その傷ごと、自分自身を諦めていた。
彼女を見つけたのは偶然だった。
「あの、鑑定お願いできますか!?」
とある冒険者ギルドのカウンターに、何本も瓶を抱えて持ち込む少女がいた。最初の印象はまだ若いな、程度だった。三つ編みにした赤茶の髪、頬に散ったそばかす、女性にしては背が高く、短パンからすらりと伸びた脚が眩しい。いくつか種類が違うのだろう、選り分けて3つほど塊を作り、熱心に説明している。
「この間の講習で伺った配合だと苦くて。薬効変えないように調べて、使う薬草と抽出方法をアレンジしたので、規定値に達しているかちょっと自信がないんです」
「ああ、講習では作りやすいものを教えていますので、工夫していただけるのは助かります。なかなか味にフォーカスしてくれる方は少ないんですよ」
職員が微笑んで受け取って奥に消えると、彼女はホッと胸を撫で下ろしていた。ギルドに持込むのに毎度緊張していては身が持たんだろう、とその時は軽く考えた。彼女にキツく当たる職員に気づいて手を回したのは、もう少し後のこと。
数日後、ギルドの売店に麻痺治しが並んでいるのが目についた。値札の横に注意書きで、『こちらは通常のものと味が違います』とある。あまり見たことのない注意書きで先日の記憶が掘り起こされ、彼女の作ったものなのではと推測した。
麻痺治しは気付けの作用もあるので、まぁとにかく苦味が強い。どう違うのか気になって購入してみれば、
「…え、なんだこれ、辛い?」
ぴりっと舌を焼く刺激に驚いた。苦味はあまり感じない上に、喉越しが爽やかだ。ちょいと森に入って引っ掴んできた、虫系モンスターの鱗粉の痺れも消えている。
「へぇ、面白いことを考えるもんだなぁ」
瓶の裏に、本人が書いたのであろうサインを見つけて名前を知った。アイラ。どんな娘なんだろうと興味を持ってしまったのが迂闊だった。
アイラの作るポーションは人気で、たまに入る新作はなかなか手に入らなかった。定期的に納品し始めたという噂を聞きつけたときには、売店に並ぶ曜日を特定し、朝イチにギルドに顔を出すようになっていた。
他の街よりも足を運ぶ回数が増え、すれ違う頻度も増す。知れば知るほど、彼女のひたむきさに惹かれた。
が、それだけだった。
話しかけて怖がらせるのも嫌だと、遠くから眺めて勝手に満たされるだけ。彼女とどうこうなりたいなどと希望を持つこともなかった。
* * * * *
「そんな前から…?」
いつから好きだったのかと聞かれたから、正直に答えたら、アイラは両頬を覆って赤面した。
俺のシャツを羽織って、そんな可愛い反応をしないでほしい。襲いたくなる。
「アイラはもっと評価されるべきだと思う。ポーション作りにしろ、魔法の技術にしろ、その年でなかなかできることじゃない」
「そう言っていただけると嬉しいですが、まだまだです。ポーションだけで食べるのに必死だし、危うくオークに殺されるところだったし。特に魔法は…ザイルさんも見たでしょう?足止めがせいぜいで、パーティーを組めるのはいつになるやら」
パーティーは基本的にCランクから組むことができるようになる。高ランクの知り合いがいれば、早くから戦力外で連れ回してもらえる例もあるようだが、単身飛び入りの冒険者が圧倒的多数なので、自分のことが自分で出来る、Cランクが妥当なのだ。
「アイラはもうCランクだろう?」
「いえいえ!Dです。初心者の森をうろちょろしてるだけですもん」
「…何かの間違いだ。あれほど魔法を使いこなしていてDなんて。オークだってほぼソロ討伐だったんだぞ」
全速力で駆けつけようとするザイルの目の前で、アイラは広範囲の氷魔法を展開し、オークを討った。あのレベルのモンスターを難なくソロ討伐できるのはBランクからだろう。ザイルは戦闘不能のところにトドメを刺しただけだ。
「…え?あのヤケクソの攻撃で??火事場の馬鹿力ってこういうこと?」
「ギリギリの状況だったとして、切り抜けたのはアイラの実力だ。誇っていいぞ。ギルドには報告しているし、次に顔を出した時にはきっとランクアップの通知がもらえる」
「わぁ、本当ですか!ついにランクアップだ!仲間が出来るかも!?」
そわそわ嬉しそうに身体を揺するアイラに手を伸ばし、すっぽり覆うように抱き寄せる。ザイルの鼻を、彼女の甘い香りがくすぐった。
「パーティーを組むなら俺でもいいだろう?」
「!…いいんですか!?」
「今さら他の男と組みたいと言われたら、閉じ込めたくなる。勘弁してくれ」
「どうしてそんな嬉しいことばっかり…!」
嬉しいのか。ーーいや、あまり意味を分かってない気がする。
ザイルの言う閉じ込めるは、ただの嫉妬ではなく、仄暗い執着の表れだと言うのに。枷で繋いで一歩も外に出さず、彼女のすべてを世界から覆い隠したい。それほどまでに、諦念の先で出会った彼女はザイルにとっての全てである気がした。
どうしようもなく滲み出る独占欲に、ザイルは頭を振って抵抗した。大切な唯一の人ーーだからこそ、きちんと伝えておかなければならないことがある。
「その、パーティーを組む以外にも提案があるんだが、聞いてくれないか?」
「はい。なんですか?」
「実は…俺は本職が冒険者じゃない。騎士なんだ。男爵位を賜り、辺境伯閣下に仕えている。広大な領地を巡って、閣下の目となり耳となり、微力ながらお支えしている」
アイラは瞬きを忘れて固まっている。開いた口から赤い舌が見えて、美味そうだ。
「だからここも仮住まいで手狭でな。一度、本宅に来てくれないだろうか。閣下にも会ってほしい。とても素晴らしい方なのだ」
聞いてはいるのだろうが、アイラからの反応がない。あまり見せつけられると我慢が効かないのだが、そろそろ味見をしてもいいだろうか。柔らかな頬を撫で、開いたままの口に舌を滑り込ませる。そのまま彼女の舌を掬ってちゅぷちゅぷ味わっていると、ばしばし胸を叩かれた。
「っぷは!何故いまキス!?いやいや、男爵様って何!?」
「キスはいつでもしたい。元は平民だし、一代限りだぞ。それで、どうだろうか?来てくれるか?」
ザイルはアイラに回した腕に力を込めた。可能な限り、彼女の意志で来てほしい。断られたら攫うしかない。
「いき、ます。まだよく分からないけど、この先もザイルさんと一緒にいたいなら、ご挨拶しないといけないんですよね?」
いつの間にか詰めていた息を吐き出し、ザイルは頷いた。一緒にいたい、という言葉が脳に届いて全身に行き渡る。幸せだ、と思う。
「気を遣わせてしまうが、頼む」
「う、期待しないでくださいね。辺境伯様、というか、貴族の方の前に出ると思っただけで気絶しそうなんです。この街から出るのだって初めてで、…あ!」
何か閃いたようにアイラが人差し指を立てた。
「旅行、ですか!?ザイルさんと2人で…?」
「まぁ、そうなるな。半月くらいはかかるだろう。俺はデカくて馬車は使えないから、馬に乗ることになる」
「旅行初めてなんです!馬も!わ、わ!楽しそう!」
可愛い。はしゃぎ始めたアイラが腕の中でぴょこぴょこしている。彼女の前向きさに当てられ、ザイルの不安は鳴りを潜めた。
代わりに性欲が頭をもたげ、白い貝殻みたいな耳にぱくつく。
「ひゃっ!」
「まだ当分出発はしないぞ?」
耳孔に舌を入れると、アイラが子犬みたいな鳴き声を出した。耳も弱点のようだ。
「な、で…?用事…?」
「初心者の森に調査が入るから、現場指揮で残らねばならん。たぶん、閣下が1個隊派遣してくれるから、到着まで存分にアイラを堪能しなくては」
誂えたかのようにザイルの手のひらに収まる双丘をもて遊ぶ。揺らして、少し強く握って。指の間からはみ出す感触すら、やみつきになりそうだ。
「や、ちょっ…!まじめな話するか、触るか、どっちかにしてぇ」
ヒクヒク震えるアイラのこめかみにキスを落として、するりと内腿を撫でる。そのまま抵抗もなく開かれた脚を、立てた膝に引っ掛けた。
「アイラはどちらがいい?」
「い、意地悪してます!?」
「バレたか。聞きたいんだ、アイラの口から」
核心を避けて柔い部分を愛でるのも、もちろん楽しい。恥ずかしそうに身体を捩って、声を殺すアイラも可愛くて仕方ない。
それでも、口にして欲しい。
俺を欲しているんだと、教えてほしい。
「もう…!…触って、ザイルさん」
こちらを見つめる潤んだ瞳にキスで応え、ザイルは理性を手放した。
結局、部隊の到着までザイルの腕の届く範囲からアイラを出すことはなかった。正直なところ、随分と浮かれていたと思う。人肌に触れるなど抱っこが必要な小さな頃以来で、箍が外れたザイルは散々に溺れた。得られないと思っていた存在が、毎日奇跡のように好きだと言ってくれる。身体も心も許してくれる。
そろそろ本当に調査隊が到着するだろうし、いい加減緩み切った表情筋を引き締めなければという頃、アイラがふと話しかけてきた。
「これ、私の宝物なんですよ」
財布をあけて、中から油紙にくるんだ何かを取り出したアイラが、手のひらをザイルに差し出す。
「いつか御礼するんだって思って、毎日眺めてたんです。あの時飲んだものより数倍は効果も味も美味しいって言ってもらえるようになるまでは、直接ポーションをお渡しもできないし、話し掛ける資格もないなって。これを出して『金貨だぞ?見合うものを作れたの?』って自分を叱咤してました」
彼女の小さな手のひらに似合わない、ゴツい金貨。
一度だけ、致し方なくザイルから関わった、あの突っ返されたポーションに金貨を払った時のことをアイラが覚えているとは。
会話、と呼んでいいのか自身が無いほどの短さだったが、言葉を交わせただけで奇跡だと思っていたのに。
「残念ながら、まだまだ改良の余地はありますけど、これからずっと渡し続けるなら、おばあちゃんになる頃には金貨に足りますよね?」
えへへ、と笑うアイラをザイルは優しく抱き締めた。当たり前にずっと一緒にいると考えてくれることが震えるほどに嬉しかった。
こんな頑強な体の中にある、傷だらけの柔らかく繊細な部分を、彼女は癒し続けてくれる。
ザイルにとってはアイラの存在そのものがポーションなのだ。
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ある日
森の中でオークに出会ったら
大好きな熊さんに助けられて
思いが通じ合い
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