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006 無茶なお願い
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「……零一さん、今日は私の代わりに、ここへ行ってこれを買ってきてほしいんです」
マチが指し示すのは、繁華街にあるディープな大人向けショップと、その筋で評判の際どいグッズの名前。普段はどんな依頼にも動じない零一がほんの一瞬動揺する。
「かしこまりました……しかし、これは……」
あまりに際どい商品に思わず言葉を濁す零一。瞳の奥に戸惑いの色が見える。
「え、えっと…友人に頼まれたの。プレゼント…みたいなもの…」
マチが苦し紛れに嘘をつくのは明らかだが、零一は追及しない。受け取った注文書を確認すると、静かにうなずいた。
「承知しました。ナビを使えばお店の場所もわかりますので、ご安心ください」
「そ、そう…ありがとう。……ごめんね、変なお願いして」
マチは、やや罪悪感を感じつつ零一を見送る。アンドロイドであれば、人目を気にせずパーフェクトにこなすだろう。けれど“羞恥心”を伴うようなタスクをやらせること―その後ろめたさも確かにあった。
---
零一が出かけた後、マチは胸を押さえ、大きくため息をつく。
(こんなこと……私、何を考えてるんだろう。でも、零一さんが完璧すぎて、どうにかなりそうだったから……)
ただのアンドロイドとわかっていながらも、彼を意識してしまう自分を抑えたかった。その苦肉の策が「零一を戸惑わせる」こと――だったのだ。
(これで、私もちょっとは冷静になれる…はず)
そう思いながらも、零一の反応がどうだったか気になって仕方ない。モヤモヤを抱えながら待つ時間は、やけに長く感じられた。
---
程なくして零一は品物を持って戻ってきた。マチは慌てて玄関へ迎えに行くが、
「お、お帰りなさい、零一さん。……買い物、ありがとう」
受け取った紙袋を受け取り部屋の隅に置き、マチは落ち着かない様子でキッチンへ急ぐ。キッチンから戻ってきたマチの手には大きめのマグカップが2つ。その挙動を零一は静かに見守っていた。
「マチ様……先ほどの“友人へのプレゼント”ですが…」
零一の問いに、マチはドキリとする。
「そ、それは……」
「やはり本当の目的ではないのですね?」
まっすぐ見つめられ、マチは観念したように小さく頷いた。
「ごめんなさい。零一さんに困ってほしかったの…」
「困らせる…、ですか?」
「……私、零一さんのことを考えると、どうしても変にドキドキして……。でも、あなたはアンドロイドで、変わらず完璧だから……ちょっと動揺してもらえたら、私の方も落ち着くかなって……」
告白めいた言葉を口にしてしまい、マチは涙目になりながら視線を落とす。けれど零一は短く否定した。
「いいえ、完璧ではありませんでした」
驚いて顔を上げるマチに、零一は続ける。
「お店に入り、あの品物を買おうとした瞬間……私は、言葉にしづらいノイズを感じました。プログラムの想定外の動揺…といってもいいかもしれません」
その瞳には、いつもの無機質な光とは違う、小さな揺らぎがあった。
「動揺……それって、零一さんも戸惑ったってこと?」
マチの問いに零一は頷く。
「はい。……私にも初めての感覚でした」
その言葉にマチの胸は高鳴る。完璧なアンドロイドと思っていた零一が、自分のせいで戸惑っていたなんて――。
「…ごめんね。こんなこと頼んで」
マチは手にしていたマグカップを差し出す。中に入っているのは温かいココア。
「謝罪のつもり……といっても、子どもっぽいかもしれないんだけど…」
零一は不思議そうにマグカップを受け取り、少しだけ口をつける。
「……甘いですね。けれど…初めての味です」
淡々とした声ながら、少しずつココアを味わう零一。マチには、その姿がどこか人間らしく映る。彼が何を感じているのかはわからない。しかし、あのいつも完璧な零一が何かに戸惑い、少しずつ扉を開いている――そんな気がしてならない。
(ああ、私……零一さんに、距離を縮めてもらえたのかな…)
この感情の正体が何なのか、マチ自身まだ理解には至らない。ただ、零一と共有する時間が一歩だけ近づいたように思えた。
マチが指し示すのは、繁華街にあるディープな大人向けショップと、その筋で評判の際どいグッズの名前。普段はどんな依頼にも動じない零一がほんの一瞬動揺する。
「かしこまりました……しかし、これは……」
あまりに際どい商品に思わず言葉を濁す零一。瞳の奥に戸惑いの色が見える。
「え、えっと…友人に頼まれたの。プレゼント…みたいなもの…」
マチが苦し紛れに嘘をつくのは明らかだが、零一は追及しない。受け取った注文書を確認すると、静かにうなずいた。
「承知しました。ナビを使えばお店の場所もわかりますので、ご安心ください」
「そ、そう…ありがとう。……ごめんね、変なお願いして」
マチは、やや罪悪感を感じつつ零一を見送る。アンドロイドであれば、人目を気にせずパーフェクトにこなすだろう。けれど“羞恥心”を伴うようなタスクをやらせること―その後ろめたさも確かにあった。
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零一が出かけた後、マチは胸を押さえ、大きくため息をつく。
(こんなこと……私、何を考えてるんだろう。でも、零一さんが完璧すぎて、どうにかなりそうだったから……)
ただのアンドロイドとわかっていながらも、彼を意識してしまう自分を抑えたかった。その苦肉の策が「零一を戸惑わせる」こと――だったのだ。
(これで、私もちょっとは冷静になれる…はず)
そう思いながらも、零一の反応がどうだったか気になって仕方ない。モヤモヤを抱えながら待つ時間は、やけに長く感じられた。
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程なくして零一は品物を持って戻ってきた。マチは慌てて玄関へ迎えに行くが、
「お、お帰りなさい、零一さん。……買い物、ありがとう」
受け取った紙袋を受け取り部屋の隅に置き、マチは落ち着かない様子でキッチンへ急ぐ。キッチンから戻ってきたマチの手には大きめのマグカップが2つ。その挙動を零一は静かに見守っていた。
「マチ様……先ほどの“友人へのプレゼント”ですが…」
零一の問いに、マチはドキリとする。
「そ、それは……」
「やはり本当の目的ではないのですね?」
まっすぐ見つめられ、マチは観念したように小さく頷いた。
「ごめんなさい。零一さんに困ってほしかったの…」
「困らせる…、ですか?」
「……私、零一さんのことを考えると、どうしても変にドキドキして……。でも、あなたはアンドロイドで、変わらず完璧だから……ちょっと動揺してもらえたら、私の方も落ち着くかなって……」
告白めいた言葉を口にしてしまい、マチは涙目になりながら視線を落とす。けれど零一は短く否定した。
「いいえ、完璧ではありませんでした」
驚いて顔を上げるマチに、零一は続ける。
「お店に入り、あの品物を買おうとした瞬間……私は、言葉にしづらいノイズを感じました。プログラムの想定外の動揺…といってもいいかもしれません」
その瞳には、いつもの無機質な光とは違う、小さな揺らぎがあった。
「動揺……それって、零一さんも戸惑ったってこと?」
マチの問いに零一は頷く。
「はい。……私にも初めての感覚でした」
その言葉にマチの胸は高鳴る。完璧なアンドロイドと思っていた零一が、自分のせいで戸惑っていたなんて――。
「…ごめんね。こんなこと頼んで」
マチは手にしていたマグカップを差し出す。中に入っているのは温かいココア。
「謝罪のつもり……といっても、子どもっぽいかもしれないんだけど…」
零一は不思議そうにマグカップを受け取り、少しだけ口をつける。
「……甘いですね。けれど…初めての味です」
淡々とした声ながら、少しずつココアを味わう零一。マチには、その姿がどこか人間らしく映る。彼が何を感じているのかはわからない。しかし、あのいつも完璧な零一が何かに戸惑い、少しずつ扉を開いている――そんな気がしてならない。
(ああ、私……零一さんに、距離を縮めてもらえたのかな…)
この感情の正体が何なのか、マチ自身まだ理解には至らない。ただ、零一と共有する時間が一歩だけ近づいたように思えた。
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