お世話上手なアンドロイドをレンタルしたら、なぜかドキドキしています 〜秘密の機能、起動中〜

こころ さづき

文字の大きさ
6 / 7

006 無茶なお願い

しおりを挟む
「……零一さん、今日は私の代わりに、ここへ行ってこれを買ってきてほしいんです」

 マチが指し示すのは、繁華街にあるディープな大人向けショップと、その筋で評判の際どいグッズの名前。普段はどんな依頼にも動じない零一がほんの一瞬動揺する。

「かしこまりました……しかし、これは……」

 あまりに際どい商品に思わず言葉を濁す零一。瞳の奥に戸惑いの色が見える。

「え、えっと…友人に頼まれたの。プレゼント…みたいなもの…」

 マチが苦し紛れに嘘をつくのは明らかだが、零一は追及しない。受け取った注文書を確認すると、静かにうなずいた。

「承知しました。ナビを使えばお店の場所もわかりますので、ご安心ください」

「そ、そう…ありがとう。……ごめんね、変なお願いして」

 マチは、やや罪悪感を感じつつ零一を見送る。アンドロイドであれば、人目を気にせずパーフェクトにこなすだろう。けれど“羞恥心”を伴うようなタスクをやらせること―その後ろめたさも確かにあった。

 ---

 零一が出かけた後、マチは胸を押さえ、大きくため息をつく。

(こんなこと……私、何を考えてるんだろう。でも、零一さんが完璧すぎて、どうにかなりそうだったから……)

 ただのアンドロイドとわかっていながらも、彼を意識してしまう自分を抑えたかった。その苦肉の策が「零一を戸惑わせる」こと――だったのだ。

(これで、私もちょっとは冷静になれる…はず)

 そう思いながらも、零一の反応がどうだったか気になって仕方ない。モヤモヤを抱えながら待つ時間は、やけに長く感じられた。

 ---

 程なくして零一は品物を持って戻ってきた。マチは慌てて玄関へ迎えに行くが、

「お、お帰りなさい、零一さん。……買い物、ありがとう」

 受け取った紙袋を受け取り部屋の隅に置き、マチは落ち着かない様子でキッチンへ急ぐ。キッチンから戻ってきたマチの手には大きめのマグカップが2つ。その挙動を零一は静かに見守っていた。

「マチ様……先ほどの“友人へのプレゼント”ですが…」

 零一の問いに、マチはドキリとする。

「そ、それは……」

「やはり本当の目的ではないのですね?」

 まっすぐ見つめられ、マチは観念したように小さく頷いた。

「ごめんなさい。零一さんに困ってほしかったの…」

「困らせる…、ですか?」

「……私、零一さんのことを考えると、どうしても変にドキドキして……。でも、あなたはアンドロイドで、変わらず完璧だから……ちょっと動揺してもらえたら、私の方も落ち着くかなって……」

 告白めいた言葉を口にしてしまい、マチは涙目になりながら視線を落とす。けれど零一は短く否定した。

「いいえ、完璧ではありませんでした」

 驚いて顔を上げるマチに、零一は続ける。

「お店に入り、あの品物を買おうとした瞬間……私は、言葉にしづらいノイズを感じました。プログラムの想定外の動揺…といってもいいかもしれません」

 その瞳には、いつもの無機質な光とは違う、小さな揺らぎがあった。

「動揺……それって、零一さんも戸惑ったってこと?」

 マチの問いに零一は頷く。

「はい。……私にも初めての感覚でした」

 その言葉にマチの胸は高鳴る。完璧なアンドロイドと思っていた零一が、自分のせいで戸惑っていたなんて――。

「…ごめんね。こんなこと頼んで」

 マチは手にしていたマグカップを差し出す。中に入っているのは温かいココア。

「謝罪のつもり……といっても、子どもっぽいかもしれないんだけど…」

 零一は不思議そうにマグカップを受け取り、少しだけ口をつける。

「……甘いですね。けれど…初めての味です」

 淡々とした声ながら、少しずつココアを味わう零一。マチには、その姿がどこか人間らしく映る。彼が何を感じているのかはわからない。しかし、あのいつも完璧な零一が何かに戸惑い、少しずつ扉を開いている――そんな気がしてならない。

(ああ、私……零一さんに、距離を縮めてもらえたのかな…)

 この感情の正体が何なのか、マチ自身まだ理解には至らない。ただ、零一と共有する時間が一歩だけ近づいたように思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

処理中です...