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007 それから。。。
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零一が買ってきてくれた“例の商品”は、結局、部屋の隅に置かれたまま、静かにその存在感を放っていた。気まずい空気を打ち破るように、マチは形ばかりの提案をする。
「…えっと、零一さん。今日はもう特に用もないし…もしよかったら、雑談でもしない…?」
どこか上目遣いで、伺うような口調になるのは、後ろめたい気持ちがあるせいだろう。
「かしこまりました、マチ様。お望みとあらば」
零一は、いつも通り穏やかな表情で応じる。その様子に、マチはほっと安心する。
ソファに並んで腰かけ、最近のニュースや仕事の愚痴、週末の過ごし方など、他愛のない話を続けた。しかし、心はどこか落ち着かない。零一の反応が、ほんの少しだけ“人間味”を帯びている気がするのだ。
気のせいかもしれない。でも、あの「ノイズ」の一件以来、マチの見る目が変わったのは確かだった。
「…そうだ、零一さん」
ふと、マチは以前のレンタル時を思い出す。
「…前のとき、私が『まるで魔法みたい』って言ったら、零一さん…急に様子が変わったっていうか…あれ、何だったんですかね?」
言いながら、マチは恥ずかしさに頬が熱くなる。あの瞳、触れそうになった唇を思い出すだけで胸がざわつく。
「…あのときは、いつもとは違う状態でした」
零一が静かに言葉を紡ぎ出すと、マチは思わず息をのむ。やはり、本人(?)も自覚していたのだ。
「…わたしが口にした、そのフレーズと関係があるんでしょうか?」
一歩踏み込んだ質問に、零一は黙り込む。その沈黙が長いほど、マチの胸は高鳴った。
「…零一さん…?」
不安そうに名を呼ぶと、零一はゆっくり顔を上げる。その瞳には、まるで何かを決意したような光が宿っているように見えた。
「マチ様。…少々、お待ちいただけますか」
そう告げると、零一は部屋の隅に放置された紙袋へ歩み寄り、“あの商品”を手に取る。
「…ちょ、ちょっと…零一さん、それ…」
嫌な予感からマチの背中を寒気が走る。まさか、ここで使う気じゃないだろうか。
零一は真顔でそれを手にし、マチの前に戻ってきた。
「……先ほどは上手く説明できませんでしたが、『まるで魔法みたい』という言葉を耳にしたとき、私の中で確かに何かが変わりました」
「変わった…?」
「はい。エミリ博士からは『与えられた役割を全うしろ』と教わり、掃除や洗濯、料理、そして先ほどの買い物のように、指示のままタスクをこなすことが存在意義だと考えていました。ですが、あの瞬間――自分の“役割”に疑問を抱いてしまったのです。私は、ただの作業ロボットなのでしょうか。それとも、もっと別の可能性があるのか……」
零一はそう語りながら、マチのほうへ一歩近寄る。
「…マチ様。私は、あなたの……」
言いかけたところで、零一は手にした商品をマチに差し出した。
「これを、使って……私に、触れさせていただけませんか?」
「えっ……?」
思いがけない言葉に、マチは耳を疑う。触れるって……一体どういう意味?
「あなたの大事なところに、です」
零一はマチの手を取り、その指先を商品の先端にそっと導く。
「…っ!」
マチは、ひんやりとした感触に反射的に息を呑んだ。
「私は……あなたの所有物です。どう使うかは、あなたの自由」
そのひと言は、マチの中で禁断の扉をこじ開けるように響き渡る。
零一の瞳はいつもより熱を帯び、その視線に射抜かれた途端、マチは抗えなくなっていた。すべてを委ねたいと思うほど、体がこわばり、熱くなる。
マチは震える手で零一が差し出したものに触れ、どうしようもなく動揺する。零一の手が、そっとマチの指先を覆ったその瞬間、電流が走ったかのように全身が震え出す。
「…零一、さん…」
声が上ずりそうなのを必死でこらえて呼びかけると、零一もまた熱を帯びた声で応じる。
「…マチ様…」
距離が、じりじりと縮まる。零一の唇がすぐそこに迫り、その瞳には明確な意志と欲求が見て取れる。
頭の中で理性が警鐘を鳴らすが、それを上回るほどマチの体は零一を求めていた。
マチは思わず零一の頬に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、零一の肌は思いのほか柔らかく、そして驚くほど人間らしい。
「…零一…さん」
そのまま首筋や鎖骨へ、指先がゆっくり滑るたびに零一の体が微かに震える。そして零一もマチの腰を回し、そっと抱き寄せた。心臓が跳ね上がり、もう何も考えられなくなる。
ちょうどそのとき――。
ピピピピ! ピピピピ!
突然鳴り響くアラーム音に、マチはハッとして零一から離れた。
「…な、に……?」
荒い呼吸を整えながらあたりを見回すと、零一が淡々と告げた。
「時間、です」
「……え?」
壁の時計を見ると、ちょうど午前1時。レンタル契約の終了時間が来てしまったのだ。
「…嘘……」
マチは呆然とつぶやく。これほど瞬く間に過ぎるなんて。まるで、一瞬だけ見せられた幻のよう……。
「…零一、さん」
呼びかけても、零一の表情は先ほどの熱気を失い、いつもの無機質なものに戻っていた。
「モニターキャンペーンのご利用ですので、本日のお支払いは無料となります」
零一はとり澄ました口調で伝える。その事務的な態度が、先ほどの官能的な雰囲気を嘘のように消し去ってしまう。
何か言わなくちゃ――そう思うのに、言葉が出てこない。代わりに、熱いものがマチの頬を伝った。
「…涙……?」
マチは自分でも気づかぬうちに泣いていた。悲しいのか、悔しいのか、それとも……この時間が終わってしまうことが、ぐっと胸を締めつける。
零一は返り際に一礼すると、淡々といつもの動作で部屋を出ていった。取り残されたマチはこみ上げる思いをどう処理していいのか分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた。心に込み上げる熱を持て余したまま――。
【完】
ここまで後愛読ありがとうございました。
こういったジャンルに対する、筆者の実力不足を痛感しましたので、この物語については一旦、幕を閉じます。
読んでくださった方には中途半端な形となってしまい申し訳ございません。
筆者としても悔しさはありますので、また自信がついてきたら再挑戦したいと思いますので、お目にかかる機会がありましたらよろしくお願いいたします。
「…えっと、零一さん。今日はもう特に用もないし…もしよかったら、雑談でもしない…?」
どこか上目遣いで、伺うような口調になるのは、後ろめたい気持ちがあるせいだろう。
「かしこまりました、マチ様。お望みとあらば」
零一は、いつも通り穏やかな表情で応じる。その様子に、マチはほっと安心する。
ソファに並んで腰かけ、最近のニュースや仕事の愚痴、週末の過ごし方など、他愛のない話を続けた。しかし、心はどこか落ち着かない。零一の反応が、ほんの少しだけ“人間味”を帯びている気がするのだ。
気のせいかもしれない。でも、あの「ノイズ」の一件以来、マチの見る目が変わったのは確かだった。
「…そうだ、零一さん」
ふと、マチは以前のレンタル時を思い出す。
「…前のとき、私が『まるで魔法みたい』って言ったら、零一さん…急に様子が変わったっていうか…あれ、何だったんですかね?」
言いながら、マチは恥ずかしさに頬が熱くなる。あの瞳、触れそうになった唇を思い出すだけで胸がざわつく。
「…あのときは、いつもとは違う状態でした」
零一が静かに言葉を紡ぎ出すと、マチは思わず息をのむ。やはり、本人(?)も自覚していたのだ。
「…わたしが口にした、そのフレーズと関係があるんでしょうか?」
一歩踏み込んだ質問に、零一は黙り込む。その沈黙が長いほど、マチの胸は高鳴った。
「…零一さん…?」
不安そうに名を呼ぶと、零一はゆっくり顔を上げる。その瞳には、まるで何かを決意したような光が宿っているように見えた。
「マチ様。…少々、お待ちいただけますか」
そう告げると、零一は部屋の隅に放置された紙袋へ歩み寄り、“あの商品”を手に取る。
「…ちょ、ちょっと…零一さん、それ…」
嫌な予感からマチの背中を寒気が走る。まさか、ここで使う気じゃないだろうか。
零一は真顔でそれを手にし、マチの前に戻ってきた。
「……先ほどは上手く説明できませんでしたが、『まるで魔法みたい』という言葉を耳にしたとき、私の中で確かに何かが変わりました」
「変わった…?」
「はい。エミリ博士からは『与えられた役割を全うしろ』と教わり、掃除や洗濯、料理、そして先ほどの買い物のように、指示のままタスクをこなすことが存在意義だと考えていました。ですが、あの瞬間――自分の“役割”に疑問を抱いてしまったのです。私は、ただの作業ロボットなのでしょうか。それとも、もっと別の可能性があるのか……」
零一はそう語りながら、マチのほうへ一歩近寄る。
「…マチ様。私は、あなたの……」
言いかけたところで、零一は手にした商品をマチに差し出した。
「これを、使って……私に、触れさせていただけませんか?」
「えっ……?」
思いがけない言葉に、マチは耳を疑う。触れるって……一体どういう意味?
「あなたの大事なところに、です」
零一はマチの手を取り、その指先を商品の先端にそっと導く。
「…っ!」
マチは、ひんやりとした感触に反射的に息を呑んだ。
「私は……あなたの所有物です。どう使うかは、あなたの自由」
そのひと言は、マチの中で禁断の扉をこじ開けるように響き渡る。
零一の瞳はいつもより熱を帯び、その視線に射抜かれた途端、マチは抗えなくなっていた。すべてを委ねたいと思うほど、体がこわばり、熱くなる。
マチは震える手で零一が差し出したものに触れ、どうしようもなく動揺する。零一の手が、そっとマチの指先を覆ったその瞬間、電流が走ったかのように全身が震え出す。
「…零一、さん…」
声が上ずりそうなのを必死でこらえて呼びかけると、零一もまた熱を帯びた声で応じる。
「…マチ様…」
距離が、じりじりと縮まる。零一の唇がすぐそこに迫り、その瞳には明確な意志と欲求が見て取れる。
頭の中で理性が警鐘を鳴らすが、それを上回るほどマチの体は零一を求めていた。
マチは思わず零一の頬に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、零一の肌は思いのほか柔らかく、そして驚くほど人間らしい。
「…零一…さん」
そのまま首筋や鎖骨へ、指先がゆっくり滑るたびに零一の体が微かに震える。そして零一もマチの腰を回し、そっと抱き寄せた。心臓が跳ね上がり、もう何も考えられなくなる。
ちょうどそのとき――。
ピピピピ! ピピピピ!
突然鳴り響くアラーム音に、マチはハッとして零一から離れた。
「…な、に……?」
荒い呼吸を整えながらあたりを見回すと、零一が淡々と告げた。
「時間、です」
「……え?」
壁の時計を見ると、ちょうど午前1時。レンタル契約の終了時間が来てしまったのだ。
「…嘘……」
マチは呆然とつぶやく。これほど瞬く間に過ぎるなんて。まるで、一瞬だけ見せられた幻のよう……。
「…零一、さん」
呼びかけても、零一の表情は先ほどの熱気を失い、いつもの無機質なものに戻っていた。
「モニターキャンペーンのご利用ですので、本日のお支払いは無料となります」
零一はとり澄ました口調で伝える。その事務的な態度が、先ほどの官能的な雰囲気を嘘のように消し去ってしまう。
何か言わなくちゃ――そう思うのに、言葉が出てこない。代わりに、熱いものがマチの頬を伝った。
「…涙……?」
マチは自分でも気づかぬうちに泣いていた。悲しいのか、悔しいのか、それとも……この時間が終わってしまうことが、ぐっと胸を締めつける。
零一は返り際に一礼すると、淡々といつもの動作で部屋を出ていった。取り残されたマチはこみ上げる思いをどう処理していいのか分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた。心に込み上げる熱を持て余したまま――。
【完】
ここまで後愛読ありがとうございました。
こういったジャンルに対する、筆者の実力不足を痛感しましたので、この物語については一旦、幕を閉じます。
読んでくださった方には中途半端な形となってしまい申し訳ございません。
筆者としても悔しさはありますので、また自信がついてきたら再挑戦したいと思いますので、お目にかかる機会がありましたらよろしくお願いいたします。
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