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狂気の恋愛

#37.大事な空間

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台所にあるオーブンからパチパチと音がして、香ばしい匂いが漂うと、彼はその中を慎重に覗き見て、更に間を置いてから声を出した。

フィル「...........よーし、ねえセシリア? このパイの味見してみてよ?」

セシリア「うん? どれどれ...あっ..またお前、焦げてるじゃないか?」

フィル「焦げてるんじゃなくて..わざと焦がしてるの? カリカリに焼いた方が美味しいでしょ?」

セシリア「あのなぁ...はぁー、分かった..じゃあ味見してやる......うん! 味は悪くない..でもやっぱり焼き過ぎだよ?」

フィル「そう言わないでよ..でも味は悪くないでしょ?」

セシリア「うん、じゃあ今度は私な?..木の実と小麦を交ぜて焼いたヤツ..ほれ! うまいぞー?」

フィル「....うん! 悪くない? でもセビィが焼いた方がもっと美味しいけどね?」

セシリア「...そうかよ...でもセビィの焼いたヤツは確かにうまいよね? なんかコツとかあるのかな...

水の分量も教えてもらった通りに入れたでしょ?

それに、木の実は市販されてた物を入れたけど...味は近い物を選んだ筈だし..う~ん..」

フィル「恐らく小麦の揉み方だと思うよ?」

セシリア「あっそうか!?

セビィの奴、手も大きいし力だって私よりもあるし..そういう事か...」

フィル「でも、きっとセビィも喜ぶよ?」

セシリア「うん! えーっと..昼過ぎだったな? セビィが試験から戻って来るの?」

この日は、セバスティアンが最後のイルモニカ傭兵試験から帰ってくる日だった為に、フィルもセシリアも互いがセバスティアンの好物である手料理を用意しようと朝から台所に集まっていた。

フィル「うん!」

そうフィルが返事をして間もない時、玄関からベルが鳴る。

セシリア「えーもう帰って来たの?」

フィル「随分と早いね?」

セシリア「はーい! いま行きますよー!」

セシリアとフィリップは目を合わせて驚くと直ぐ様、衣服からエプロンを外し、残りの手料理をテーブルに置くと、急いで玄関の方へと向かった。

フィル「さあ急げ急げ...」

セシリア「..準備はいい?」

フィル「..うん! オッケーだよ?」

セシリア「よし?」

呼吸を合わすようにしてドアを開けると、その先に、大好きな彼が立っていた。

その姿を確認するとセシリアは、自然と優しい表情になり、そのまま労いの言葉をかける。

「お帰りなさい...セバスティアン」

その言葉に彼も、少し疲れた表情ではあったが、笑みを浮かべて声を出した。

セビィ「...やあ? ただいま...久しぶり..」

フィル「お帰りなさい? セバスティアン...セビィ、少し痩せた?」

セビィ「うん...そうかも知れないな?」

セシリア「お腹減ったろ? ごちそう作って待ってたよ..」

セビィ「..うん。いい匂いがするな?」

フィル「さあ早く上がってよ..早速食べようよ?」

セビィ「ああ、そうするか?」

──

フィル「さあここに座って、のど渇いてるでしょ?」

セシリア「オレンジジュースにするか?

それとも...レモネードにするか?」

セビィ「はははは」

フィル「両方とも欲しいよ?」

セシリア「よし...温かい紅茶も..用意してるからな?」

セビィ「..ありがと」

フィル「さあ遠慮なんかせずに食べてよ? お腹減ってるだろ?」

セビィ「..ああ」

セシリア「で、どうだったんだ? 最後の試験は?」

セビィ「....」

フィル「どうしたんだよ? そんな浮かない顔して...疲れてるの? 

それとも...まさか?」

セビィ「..ああ....そのまさかだ..」

セシリア「セビィ?」

セビィ「..最終試験には通らなかった..」

フィル「どうして?..

だってセビィは...」

セビィ「..ほとんどの試験を終えた時点で俺ともう1人の受験生は、ほぼ確実とまで言われていたんだ...」

セシリア「..どういうこと?」

フィル「...」

セビィ「..俺のいたグループの担当を務めていた教官も..そう言っていた...後は、返事を待つだけだって」

フィル「...じゃあどうして?」

セビィ「合否決定の2日前に...話が変わったんだ....俺の最終試験通過は難しくなったと..」

フィル「そんな...」

セシリア「そんなの酷いじゃないか? ..何でいきなり返事が変わるんだよ? ..期待させるだけさせて於いて..あんまりだよ..」

セビィ「...イルモニカ傭兵団の上層部も突然のこの最終試験の合格基準変更は把握していなかったらしい」

フィル「..合格基準変更って..いったいどういうこと?」

セビィ「ああ? イルモニカ傭兵団は主に体術、武術..それから魔術のこの3つの中から何れか1つでも長けた者を最終試験に挑ませ、そこから各試験を経て、見えたその者の力を採点し、最終的にイルモニカ傭兵団として相応しいかどうかを決断する。

その中で俺は、体術、武術は勿論、魔術も少しは使える。

魔術に関しては、平均よりやや上程度だが合格基準を完全に満たした体術と武術の上、魔術も使える俺に...もうこれ以上は、教官も何も言うことはなかったそうだ...」

セシリア「じゃあ何で、その何も言うことのないセビィが落ちたんだよ?」

セビィ「...その魔法だよ?」

フィル「魔法?」

セビィ「..今回の最終試験には多くの魔法を扱える者が残っていたんだ..

それも中級以上と言われるね?

そんな中で俺は武術と体術では、他の追随は許さなかった。

やれる事は全てやった、魔術の試験だって平均以上の評価だった。

イルモニカ傭兵団の上層部も、そんな俺にケチを付ける者は、いなかったと聞いた。

だが、合否決定の2日前に教官から俺ともう1人の受験生が上層部の部屋に呼ばれたんだ?

俺等は、きっといい報せだと揚々とその部屋に向かった。

そこで聞かされたのは、急な今回の合格基準の変更だった。

それは政府の指示があり、今回の合格基準は魔術を優先する事へ変更になったと..

つまり、魔術の即戦力になる中級以上の者を優先的に残す事に決まったと言う事なんだ...」

フィル「じゃあ、その変更さえなかったら?」

セビィ「...うん。

傭兵団上層部も、それについては申し訳なさそうにしていたよ...なんせ政府の指示である以上は、例え急であっても従うしかないんだと..」

セシリア「....なんなんだよ..全く、ほんといい加減だね?

イルモニカ傭兵団の方は、万能で期待値も含めて優秀なセビィを取りたくても、偉そうにしてるだけの政府が急に意見を挟んできて、それに逆らえないなんて...どれだけいい加減なんだ...政府ってんのは..」

セビィ「きっと政府側にも考えがあったんだろ..

傭兵団の意見を変えてでも..」

セシリア「最終試験を突破した者に対して冷や水を掛けてでもかい?」

セビィ「...」

フィル「..でもセビィ? そんなに落ち込む必要なんてないよ?

だってセビィは、元々は最終試験を突破した事には代わりはないんだから..

それが運が悪い事に取り下げられてしまった..勿論、残念だよ?

でも僕は、やっぱりセビィは凄かったんだって気持ちの方が大きいよ?」

セビィ「..そうか?」

フィル「うん! やっぱりセビィはセビィだった。

だから、そんなに浮かない顔をしないでよ?」

セシリア「フィルの言う通りだね? セビィの凄さは、イルモニカ傭兵団にも認められたんだよ?

それを政府側の所為でさ? 急に合否の基準変更だなんて..

ふざけてるよ..だから..なあセビィ..落ち込むなよ?」

セビィ「うん...ありがとう」

フィル「来年も受けるんでしょ? 傭兵試験を?」

セビィ「ああ勿論! 例え受からなくても、傭兵試験を最終試験まで残った者は、2年以内に再度受ける場合は、1次2次試験は免除される事になっているから、それに今回の事もあるから来年以降は合格率も上がる。俺だって充分にチャンスはある」

セシリア「その意気だよ? セビィ」

フィル「そうだよ..今回はたまたま運がなかっただけ...じゃあ来年の試験まで、また大工の手伝いに戻るの?」

セビィ「..いや、もう大工の仕事の手伝いには戻らない...」

セシリア「ははは、もしかして傭兵の修行でもするのか?」

セビィ「..そんな余裕は、俺にはないよ」

フィル「じゃあ、どうするの?」

セビィ「...傭兵の...傭兵の研修生をやる事になったんだ」

セシリア「研修生?」

セビィ「..ああ、知っていると思うが...イルモニカ傭兵団やアルル・ダード傭兵団の他にも幾つかの傭兵団の組織がある。

しかし実際には、その数多くある傭兵団でも知られているのは、イルモニカとアルル・ダードがほとんどだと言われている..

そういった傭兵団の中には研修期間と言って、俺の様なイルモニカ等の傭兵試験に落ちた者に、声を掛けて自分たちの傭兵団に研修生として迎い入れ、その名前を知ってもらおうという..つまりアピールだな?

そうやって自分たちの組織を知ってもらい、例え研修生と言われる短期的な在籍であっても、そこから巣だって行ったと考えれば、その傭兵団にとっても悪くはない...それに短期間であっても傭兵経験者に変わりはない訳だから、来年のイルモニカ傭兵試験でも優位になる」

セシリア「..確かにな」

フィル「ふーん...じゃあイルモニカ傭兵団の研修生になる訳?」

セビィ「いや、イルモニカ傭兵団はイルモニカ傭兵試験に挑んだ者から研修生は取らないっていう決まりがあるんだ」

セシリア「じゃあアルル・ダードとか?」

セビィ「..とてもじゃないが、アルル・ダードの傭兵団には、今の俺の力では...」

フィル「じゃあ、何処に決まったの?

セビィが研修生として傭兵になる所は?」

セビィ「...ああ...俺が..研修生として所属する傭兵団は....

"アルダ・ラズム"だ」

セシリア「.....え?」

フィル「..セビィ?」

セビィ「..今年のイルモニカ傭兵試験の落選が決まった後に、俺の担当を務めた教官から話があった。

それは、この俺を1年でもいいから我々の傭兵団に迎え入れたいという強い希望を持った傭兵団がいるという事だった..」

フィル「...冗談だろ..セビィ?」

セビィ「いや、本当の事だ..」

セシリア「.....なんてこった」

セビィ「頼む..フィルも...セシリアも..最後まで話を聞いてくれ..

この決断をするまで俺も色々と悩んだよ...勿論、セシリアの事も...」

セシリア「...」

セビィ「..その教官からもアルダ・ラズムの話は聞かされた。

評判だったり、その独特な思想であったりと...

それでも1つの傭兵団には変わりはないと..

そこで経験を積むことは、決して無駄ではない...

それにアルダ・ラズム側は、研修生として就いてくれるなら給与も支払うと..」

フィル「じゃあセビィは、そのお金の為にあのアルダ・ラズムに就くって訳だ?

..本当にセシリアの事を考えたら...よくそんな決断が出来たね?」

セビィ「...俺を誘いに来たアルダ・ラズムのワルト長官は、毎年の様にイルモニカ傭兵試験に落選した者に、1年でもいいから我々のアルダ・ラズム傭兵団で腕を磨いてみないかと声を掛けているらしい...

しかしその返事は、ほとんどの者が首を横に振るものらしいんだ...」

セシリア「...当たり前だろ? あの連中と組みたい奴なんか..

そんな奴なんか..何処にいるんだよ!

...なあセビィ?」

セビィ「....ワルト長官は、新しい風が欲しいんだと...仰有った..

勿論アルダ・ラズムの評判についても知っているし、そのアルダ・ラズムの古いと言われる思想に対しても話されていた...それでも一流の傭兵団に変わりはないのだから、

そこで腕を磨く事に何の問題もないと...

それに俺は聞いたんだ...

身内の事でアルダ・ラズムに良くない印象を持っていると...

ワルト長官は、

我が傭兵団は、君が仮に研修生として我が傭兵団に入団してもその君の生活に干渉する権利等は一切に無いと..それとこれは別だと..」

セシリア「そんなもん分かるもんか! あいつら口だけだ!

..そうやって口実を作って、私を捕まえるつもりだよ!」

フィル「..セシリアを助けたいって言ったのはセビィ...

君だよ?

じゃあ何故、そのセシリアを苦しめるって分かってる事を...」

セビィ「...お金だよ」

セシリア「...」

フィル「..お金って」

セビィ「..フィルの魔法学院の学費はどうする?

..母さんだって...いつ容態が悪くなるかも分からない..その時のお金はどうする?

セシリアの借金だって...とてもじゃないが奨励金だけじゃ足らないんだよ..

そこで今回の傭兵の落選...

そんな所に誰かが手を差し伸べてくれたら..その手を掴むだろ..

例え、どんな手であっても...」

セシリア「それがアルダ・ラズム...」

フィル「..お金お金って...アルダ・ラズムからセシリアを救いたいって言って於いて..そのアルダ・ラズムに入団するんだから..

滑稽だよ...セビィ..君はどうかしてるよ!」

セビィ「黙れ!

お前に何が分かる?!

お前が学校に行けてるのも、そのお金のお陰だろ?

分かった様な事を言うな..」

フィル「じゃあ、その学校を僕は辞めるよ!

..これでいいだろ?」

セビィ「いや駄目だ!

俺は母さんにも..それに父さんにだって、
必ずフィルを魔法学校に通わせるって確り約束したんだ...

その通わせる為の学費や生活費..それに母さんの療養費...セシリアの借金を返していくだけのお金が今は必要なんだ...

そのお金をアルダ・ラズム側は、毎月振り込んでくれると言ったんだ..それも多額のね...

そんな給与、とても他の傭兵団には支払える額じゃなかった..

俺の決断が君たちを苦しめる事も分かっていた...

でもこの方法しかなかったんだ..

今の俺には...

頼む...フィル....セシリア..俺を信じてくれ.....頼む」

セシリア「....やっぱり私は、ここに来てはいけなかったのよ...

嫌な予感は...この事だったんだ..

ここに私さえいなかったら、こんな風にフィルもセビィも悩まなく良かったのよ...ごめんなさい...

私..ここ出て行く」

フィル「..セシリア」

セシリア「私が悪いの...だからフィルも..セビィも

こんなに苦しんでる...だったら私さえ出て行けば..」

セビィ「その必要はない...俺が出て行くから」

セシリア「セビィ?」

セビィ「..もう既に傭兵団の寮に入る事になっているから、その必要はないよ?

..セシリアはずっとここに居ていいんだよ

...何の心配せずに、スコルビおじさんとケールおばさんの床屋で腕を磨けばいいんだ...」

セシリア「セビィ...」

フィル「....」

セビィ「さあー腹減った!?

何から食べようか?

...このパイから.....旨い!

ははは、何か少し生地が焦げてるけど?

でも旨い!...これは林檎だな?

で、誰が焼いたの? フィル...それともセシリア?」

セシリア「.....私、夜食の材料を買ってくるよ...肉も切らしてるんだ..」

フィル「セシリア?!」

セシリア「...大丈夫..ついでに頭も少し冷やして来るよ...」

セシリアは、無理に作った笑顔でそう応えると、俯いたまま外へと出掛けて行った。

暫く、何とも言えない空気の中、フィリップはテーブルに置かれた料理を無言で食べるセバスティアンを眺めていた。

セバスティアンは、その料理を食べてはうんうんと頷き、楽しんでいる。

(本心を隠すように..)

──
フィル「..セビィ」

セビィ「...フィルは食べないのか?」

フィル「..僕は...僕やっぱり、セシリアを見て来るよ?」

そう言って飛び出そうとするフィリップにセバスティアンは、

セビィ「フィル?」

フィル「うん?」

セビィ「セシリアを..セシリアを頼む」

フィル「...」

そのセバスティアンの声にフィリップは黙って大きく頷くと同時に玄関の方へ走って行った。

──

1時間ほど過ぎてからフィリップとセシリアは両手一杯の買い物袋を抱えて帰ってくると、まるでさっきの事がなかったかの様に満面の笑みをセバスティアンに見せて、

セシリア「さあ、今夜はごちそうの続きが何になるのか楽しみにしててよね?」

セビィ「まだごちそうの続きがあるのか?」

フィル「当たり前だろ? セビィが今食べてるのは、えーっと..前菜だよ?」

セビィ「あのなぁ..お前、前菜の意味を分かってんのか?

この量で前菜って...」

フィル「..あーっ!? 僕の焼いたパイがほとんど残ってない..」

セビィ「..これお前が焼いたのか?

うん...旨かったよ?
..まぁ少し焦げてるけどな?」

フィル「僕等の分くらい置いててくれてもいいだろ?!」

セビィ「ああ、忘れてた?
..すまんな」

フィル「ふん!」

セシリア「まあまあ、セビィはお腹が空いてるんだ? 仕方がない..

そうだな、ついでだから何か焼くかな?」

セビィ「いいね?」

フィル「僕も食べるよ!」

セシリア「じゃあ、何にしようかな..

そうだ! なあセビィ? 久し振りに私が焼いたハムエッグを..
食べたくない?」

セビィ「むちゃくちゃ食べたい..」

フィル「またハムエッグ..」

セシリア「..じゃあフィルは、いらないね?」

フィル「食べるよ!」

セシリア「よし! 正直でよろしい」

こうして3人は、テーブルに並んだごちそうを前にしてセバスティアンの傭兵試験での失敗談からフィリップの魔法学院での自慢話、それにセシリアのスコルビとケールのお店での出来事といった話で盛り上がり食事に花を添え、その時間を楽しんだ。

セバスティアンのアルダ・ラズムへの研修生としての入団について、一切触れる事はなく...

夜の19時を過ぎて3人は、散歩をしようと馬のロウェルを連れ市外にある街ヴィジャールへと出向いた。

そこでは、夜が過ぎても色々な楽器を鳴らす人々が多くいて、それを見る為に集まる見物人や他の街からやって来たであろう観光客が好奇な目でそれらを見ている。

そんな賑やかな街を3人と1匹は、あれこれと指を差しては、その方に目を向けて、
馬のロウェルの方は、その艶のある逞しい体を見た街を歩く人々から声を掛けられては、撫でられ少し困っていた。

遠くから見える街の中心地にある大きな湖の方で、魔力によって作られたイルミネーションが流れていてる。

そこで幾つもの光や暗闇が降り注ぐ無数の星の輝きにより新しい幻想が生まれていた。

3人は、そんな遠くから見える光や暗闇に心を奪われていた。

フィリップは口を開いて見続け、セシリアもそんな光に溜め息を付いている。

セバスティアンは、そのセシリアをただ黙って見ていた。

遠くから溢れる光や暗闇を被るセシリアがこんなにも美しく見えたから..

そんなセバスティアンに気付いたセシリアは、

「..綺麗だね?」

そのセシリアの声にセバスティアンは黙ったまま笑みを浮かべ頷いた。

──

深夜を回る前、セバスティアンは寝付けずにいた。

体は疲れていた。

しかし、気持ちが眠気を振り払ってしまっている..。

そんな時、セバスティアンの寝室をノックする音が聞こえた。

「ねえセビィ? 起きてる..」

「セシリア?」

「入っていいか?」

「..ああ!? 構わないよ?」

セシリア「...邪魔するね?

..フィルの奴、またいびきがうるさくてさ?」

セビィ「ははは、確かによく聞こえるな? セシリアの方が部屋が近いから、尚更うるさいかもな?」

セシリア「ほんと? でも最近はいびきなんてかいてなかったけどね?」

セビィ「..少し疲れたんだろうな?」

セシリア「そうだね...でもフィルの事だから本当は、あのイルミネーションを見た所為でいい夢でも見てんのかもね?」

セビィ「確かに言えてる?」

セシリア「あははは.....ねえ..隣に座っていいかな?」

セビィ「え?...ああ!? いいよ..別に構わないけど?」

セシリア「ありがと......よいっと..」

セビィ「..セシリア」

セシリア「なあセビィ? 今日のごちそうは美味しかった?」

セビィ「..ああ?! 美味しかったよ、昼食に夜食も..本当に」

セシリア「良かった..」

セビィ「..正直な事を言えば、食べ過ぎたけどね?」

セシリア「ははははは、ほんっとに食べたね? 明日は軽いものにしようね?」

セビィ「..うん」

セシリア「でも、よく食べてもらわないとね? 何せこれから傭兵団の研修生になる訳だからさ?」

セビィ「...セシ」

セシリア「それにセビィには、守ってもらわないとね?

このイルモニカを...その中で生活している私たちをさ..

だから沢山美味しい物を食べさせて旅立たさないと...

私が怒られるよ?」

セビィ「...セシリア」

セシリア「ねえ、両手見せて?」

セビィ「..ああ」

枕に肘をついていたセバスティアンは、ゆっくりと腰を上げると、その両手をセシリアの手前にへと持っていった。

セシリア「大きな手......本当に行ってしまうの?」

セビィ「セシリア...俺は、自分の取った決断の意味を今も考えている...

本当に正しいのか...この事がセシリアを..」

セシリア「私は、そんなセビィを信じてる..

だから、もう苦しまない」

セビィ「...」

セシリア「ねえ、あの約束はちゃんと覚えてる?」

セビィ「..何の約束?」

セシリア「...はぁー、しょうがないな..」

そう言うとセシリアは、ベッドから立ち上がると、着ている衣服を脱ぎ始めた。

セビィ「...セシリア?」

セシリア「..約束は、もう忘れた?

2人で一緒に食事した後に...キスをした時の約束...」

セビィ「でも俺は、傭兵試験に..」

セシリア「..私は受かったらとは聞いてない、試験が終わったらって聞いた...

だから...ずっと待ってた」

セシリアは全てを脱いで、その裸体を包み隠さずにセバスティアンの方に向けると、セバスティアンのいるベッドの横にへと腰を下ろした。

セビィ「...」

セシリア「いや?」

セビィ「..そんなことは」

セシリア「じゃあ触ってよ?

私だって、セビィが戻って来たらって...

言葉使いだって、ちょっとは直したよ?

..まぁ、ちょっとだけね?」

セビィ「..うん、少しは喋り方も変わったかな?」

セシリア「ほんと?...良かった..」

セビィ「..俺の決断が君を苦しめている事は分かっている..

でも君を救いたいっていう気持ちには変わりない..信じてくれ...

約束を守ってみせる」
 

セシリア「うん! 信じてる...だから私にも出来る事をさせてくれよ?

....なあセビィ、私の体に触れてくれよ..」

会話が終わるとセバスティアンとセシリアが何度もお互いの手を握り返し、吐息を交え、その大事な時間を2人だけで分かち合った。

時間を繰り返し...

その頃には、部屋の外にまで響いていたフィリップのいびきは既に止んでいて、とても静かな空間もそこにはあったのだ。
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