流星少年が欲しい、命の精と甘美な躍動

星谷芽樂(井上詩楓)

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第三章

第20話「ウォラーレを探して」

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 ウォラーレが家を飛び出してから五日が経った。
 ウクダーは杣人そまびとの仕事を早々に切り上げ、今日もウォラーレの手掛かりを探す為に方々の街へ繰り出していた。

(一体どこに行ってしまったんだ……新しい人が見つかったなら、そう伝えてくれればいいものを……)

 ウォラーレは自ら家を飛び出したのだ。見つけ出して引き戻そうとしても、きっと嫌がられるのが関の山だ。だからこそ彼を後追いしない。ウクダーはそう固く決意していた。

 しかし時間が経てば経つほど不安が心を蝕み、やたら胸騒ぎが起こった。
 どこかで独り泣いているのでは? 何かで怪我をして、身動きが取れなくなってしまっているのでは?
 そう思うと痛々しい姿が脳裏に浮かび、見放した自分が自責の念に駆られるのである。

(いや、あいつが上手くやっているならそれでいいんだ。俺はあくまで引き戻すのではなく、笑顔のウォラーレを見届ける為に探している……)

 自分の無力さに心が冷たく締め付けられるのは何故だろうか。
 それでもウクダーはほんの少しの安心感欲しさに、毎日毎日、王都や主要都市、街までもウォラーレの形跡を探し続けたのだった。


 

 そして今日ウクダーが向かったのは、王都から南西に行ったノクトゥアという街である。
 海蛇ハイア国の南西部は、中小規模の街が点在している。ノクトゥア街はその中で一番大きく、交易の要所として有名な街であった。
 その為、街の中心部では毎日青空市が開かれ、多くの星ビト達がひしめき合う程にここの市場を行き交っていた。

 ウォラーレは命の糧を欲している。ならば、なるべく人の多い場所に向かったのではないか、ウクダーはそう推測していた。
 
(俺の家から歩いて行ける距離で大きな街と言ったら、あとは此処だけだ。時間が経ち過ぎて目撃した人が居ても、記憶が薄れて手掛かりも得られ難くなってくる……どうかここで、少しでもウォラーレの痕跡を見つけられればいいが……)

 最早これは時間との勝負かもしれない。どこかの誰かに匿ってもらっているなら良いのだが、ウォラーレの命の灯火が小さくなっていない事を願うばかりである。

 ウクダーは青空市に立ち並ぶ骨董品を売る男に、早速手掛かりを探し始めた。

「忙しいところ、すまない。人探しをしているんだが、白く長い髪でガウンを着た少年をこの数日見ていないか?」

 問われた店主は最初こそ驚いた様子だったが、すぐに首を傾げてこの数日間の記憶を辿ってくれた。

「うーん、毎日忙しいから客以外はちょっと覚えてねぇなぁ……」

 すると問われた店主は右隣で売る別の店主に声を掛けた。

「おい、お前はそんな少年を見たか?」
「白い長い髪で、ガウンを着てたって? それはそれは随分と目立つ格好してるけど、オイラも分からんなぁ……」
「そう、ですか……」

 確かに街中で湯上がり用のガウンを着ていたら、好奇の眼差しでジロジロと見られてしまうのは想像に容易たやすい。
 ならば、見かけた者はウォラーレの姿を記憶している可能性も大いに期待できるだろう。

 しかし今の話ではそれすらもない。
 まだこの街に入ったばかりなので諦めるには早いが、もしこの街でもウォラーレを見つけられなかったら、今度こそ途方に暮れてしまいそうだ。

 だがウクダーが気落ちしている目の前で、店主二人は眉をひそめてヒソヒソと話を始めた。

「そんな目立つ格好をしていたら、あの一味が黙っていねぇんじゃねぇか?」
「そうだなぁ……少年と言ってたもんなぁ……」

 店主達が妙な面持ちで何度も頷く。その小声を聞いて、ウクダーの背筋が一気に張り詰め冷たくなった。

「――あの一味ってなんですか?」

 ウクダーの大きな体と針の様に突き刺す威圧感で、二人の店主は表情が凍り付いた。
 大きな背中から醸し出す唯ならぬ雰囲気に、店主達は思わず言い訳を始めたのである。

「あ、あんちゃん、まだ決まったわけじゃねぇよ? そもそも探している少年がこの街に居たらって話だっ」
「……居たらどうなんですか」
「ど、どうって……」

 店主達が互いの顔を見合う。そして暫し口裏合わせをした後、一人の店主がウクダーにも近付くよう手招きをした。

「いいか? 大声では言えないが、この街には人身売買する一味のアジトがある。それも、売られるのは子供ばかりだ……」
「――なんだと!?」
「ここは王都から離れているし、警備兵を配置するほど大きくはない街だ。しかし交易が盛んだから、色んな品々、人々が行き交う。奴等にとっては獲物を見つけやすく、且つ動きやすい場所なんだよ」
「まさか……そんな奴等が居るのか?」
「まぁ、あんちゃんの探してる少年が捕まった確証もねぇがな。可能性として教えとくぜ」
「って事で、教えてやった代わりにオイラ達の品も見ていけよ。いい商品を揃えてあるぜ?」
「…………」

 ウクダーは店主達の押し売りを無視して、その場で腕を組み考え込んでしまった。

 ウォラーレが王都や主要都市に行ったならば、その街の警備兵が彼を保護していただろう。しかし保護したという情報はなく、目撃した者も皆無だった。
 
 もしこの街でガウンを着たままうろつけば、あの白く輝く美しさだ。子供を探している一味の恰好の餌食になるのは明白ではないか?
 しかも無知で素直なウォラーレである。「精を貰える」と知ったら、のこのこ付いて行ってしまう姿が目に浮かぶ。

「はぁぁ……その線が濃厚じゃないか……」

 ウクダーは頭を抱えて深く項垂うなだれた。その姿に店主達もビクッと思わず脅える。

「あ、あんちゃん……大丈夫か?」
「……その一味のアジトはどこにあるんですか……」

 ウクダーの問いに、再び店主達は顔を見合わせた。しかし今度は大分気まずい様子で、何と言えば良いのか返答に困っている風だった。

「……なるほど、答えられない理由があるんですね」

 ウクダーは直感で理解した。
 この店主達は、少なからずその『一味』とやらも得意客として受け入れているのだろう。ある意味、彼らのおかげで店が繁盛しているのかもしれない。
 人身売買という大きな罪を知っているにもかかわらず見て見ぬフリをするのは、こういう利客が効いているためだ。

(となれば、他の店主も無闇に一味の事を聞き出すのは得策ではないな。あとは一人で隈無く探すしか無さそうだ)

 ウクダーは真鍮であしらえた小さな手鏡を手に取り、お代を置いて素早く立ち去ろうとした。

「あんちゃん、釣りを……!」
「釣りはいらない。さっきの話もここで聞いた事は言わないから安心してくれ。色々教えてくれて感謝する……」

 ウクダーは購入した物を胸ポケットに入れ、颯爽とその場を後にしたのだった。




(さて、これからどう段取って探せばいいか……)

 考えながら歩き続けていると、やがて青空市の端まで来てしまっていた。
 周りを見渡すと、家々が広場を囲むように建ち並び、街の端々が見えないほど密集している。

(この建物群の中からアジトを探すのか? どこから手を付けたらいいか……これは想像以上に途方もないかもしれない)

 ウクダーは家の数の多さに圧倒され、思わず立ち竦んでしまった。

 しかし暫くすると、不意に自分の肩を叩く者が現れた。

「――っ!?」

 まさかウォラーレではないか!? そう思ってウクダーは勢いよく後ろを振り向いた。
 しかし後方に立っていたのは、古くから知る木彫り師の友人であった。ウクダーの力強い眼差しが、一気に力を無くす。

「……お前は」
「ウクダー久しぶりだなぁ。このうるさい街にお前が居るとは珍しい。何か物入りで来たのか?」

 この男はフィレドールという名で、ウクダーの薪割りで出た売れない廃材を安く買い取り、木彫りの人形や子供のおもちゃ、からくり時計などを造って売る事を生業としている。
 いわば、仕事のよしみである。

「フィレドール……」
「んん? 随分と元気のない顔をしてるが、何かあったか?」

 昔から互いを知る仲である。争いや好色を嫌い、口数が少なく大地を愛する。ウクダーと似た者同士で、考えている事も通じやすい。

(フィレドールになら一味の事を聞いても大丈夫だろうか……)

 さすが、今の心情を見破る彼に、ウクダーは事情を話したのであった。

「――なに、そうだったのかぁ」

 ウォラーレの名は出していない。ただ、とある事情で人身売買をする一味を探していると簡潔に伝えただけだ。
 だがその事を聞いたフィレドールは、途端に顔色を変えたのである。

「……そいつらには関わらない方が身の為だぞ」
「何故だ」
「…………」

 フィレドールは口籠もり、身を屈めるように辺りを見回して人の居ない空間へウクダーの腕を引いた。

「いいか、奴等の後ろ盾には、様々な国の重鎮や金持ちが大勢いる。一味はそのお偉いさんに子供を売っているからな。お前の名が知られれば、国外追放では済まないかもしれんぞ?」
「それでも……! それでも、行かなければいけないんだ。どうしても確かめたい事がある!」

 ウクダーは必死な眼差しで訴えた。目線を真っ直ぐ見つめ、瞳の奥には決意に満ちた大きな炎が宿る。

 昔からの仲間だからこそ、フィレドールは今まで見た事の無いウクダーの熱意をヒシヒシと感じずにはいられなかった。
 
「自分の身よりも大事な物があるのか……」
「……そうだ」
「ウクダー……お前、変わったな」

 フィレドールは少し羨ましそうにため息を吐くと、ある方向を指差した。

「……この街の東端はスラム街になっている。その中で唯一、三階建ての酒場。その上階が一味の拠点だ」
「フィレドール!」
「何しに行くか知らんが、あまり深く首を突っ込むなよ? お前の身体が切り刻まれるぞ」
「……肝に銘じておく」

 どれだけ危険かフィレドールは脅かしたつもりだったが、それでも素直に受け止めるウクダーに決意の固さを垣間見た。

「仕方ないな。ほら、これ。念の為に持っていけ」
「……?」

 何度止めても行くのだろう。そう感じたフィレドールは、木彫り道具の入った袋をウクダーに手渡した。ウクダーが中身を確認すると、中にはナイフと小型の斧とロープが入っている。

「せめて自分を守るぐらいの物はあった方がいいだろ?」
「……恩に着る」 
「ふっ、何かよっぽど大事な事があるらしいからな。引き止めはせんが……死ぬなよ。オレはお前が切り出す木目模様が好きなんだから」

 護身用にと渡され、二人は胸の前で固く握手を交わした。

「ありがとう……必ず戻る……」

 ウクダーは渡されたナイフと小型斧をベルトに差し込み、ロープは自分の腰に巻きつけ、街の東へ向かった。

 言葉にこそしないが、フィレドールのウクダーへの信頼が熱く伝わってくる。
 
「必ず戻ってくる。そして、その後も変わらず良い友であり続けよう」
「……あぁ」

 ウクダーは簡潔に言い残して最後にもう一度振り向き、右手を軽く上げて気持ちを示したのであった。
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