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右肩上がり、やさしい凶器
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二十歳になった春、高校に入学した。同じ校舎に定時制と通信制が同居する、少し変わった学校の通信制一年生。家庭環境や学校生活や生き方がなにもかもハズレくじだったおれの、なんとか選び取った人生最初の一歩だった。
勉強するのは楽しかった。世界にはおれの知らないことがあり、
それを知るだけで見える世界は広く、深く、高くなった。だけど、ひと月に二回くらいの登校日、ばらばらの時間割でそれぞれが生きるこの学校では、だれかと繋がりを作るのはむずかしい。想像していた高校生活とは少しちがったけれど、それもまあ、悪くないと思えた。だってこの人生は、はじめからクソなのだ。クソのなかの幸いで、おれは結構まじめな生徒になれた。先生と面談するたびほめられて、勢いのままストレート卒業、と思っていた、三年生の春。
『やほー この声が届くひといますか』
南校舎の三階。授業を受けてる生徒はたった五人。先生が全員のようすを把握できる緊張感のなかでもつい寝入ってしまいそうな、あたたかな陽射しの昼下がり。机に落とした視線の先に、几帳面で鋭い右肩上がりの文字があった。
だれだろう。何年生だろう。どっちの学校だろう。
『やほー 見えてるよ』
いつ書かれたものかもわからないのに、おれは凶器みたいなその文字へ、素直にそう返事をした。通信制高校で過ごす最後の一年が、今まさにはじまろうとしていた。
『さくらんぼ生ってる 体育館とグラウンドのあいだ』
『食べてみた。アレ食べてよかったのかな』
『渡り廊下から外に出てごらん 紫陽花が綺麗だよ』
『見にいった。きれーだった』
『二年四組の教室の教卓には、すごく絶妙なドラえもんがいる!』
『探すの大変だったけどホントに絶妙で笑った』
『今の季節そこの窓から田んぼの海が見えるんだよ』
『田んぼの海っておしゃれ表現だ』
『ユスリカが光に集まってて夢みたいだった 職員室脇の小道のカエデと桜のあいだ』
『虫をいいなって思ったのはじめて』
『↑のカエデが紅葉しはじめた』
『紅葉ってこんなにはやいの? 知らなかったな』
春に見つけたメッセージの相手は、ちゃんと現代を生きていて、なんだかんだやりとりが続いていた。相手――字の雰囲気が尖っているので、おれは凶器さんと心のなかで呼んでいる――凶器さんに言われたとおりの場所にいくと、たしかにそこには、心動かされる景色があった。おれなら絶対に通りすぎてしまう光景を、凶器さんは宝物みたいに集めて教えてくれる。
月に二回しか学校にこないおれは、月に二回しか三階教室で授業を受けない。やりとりを増やすために、メッセージを確認したあと、その景色を実際に目に焼きつけてから、また教室に戻ってシャーペンを握った。その労力を無駄だとは思わなかった。今ではこの学校で感じる勉強以外の価値は、ほとんどこのメッセージが占めている。
『体育館とグラウンドのあいだ、凍っててキラキラ』
朝一番に読んだメッセージは、想像するだけでわくわくした。 ダウンジャケットのファスナーを上げて、学校の外に出る。体育館とグラウンドのあいだは、さくらんぼが生っていたところだ。初夏に食べたあの赤い実はおいしかった。半年が経っても忘れられない。
急がないと、授業がはじまってしまう。はやく、はやく。灰色に淀んだ空の隙間から光が射す。さくらんぼの樹の下は、ほんとうにキラキラ光って、大きな水面みたいだった。はやく、はやく。
「きれー……って、うわ!」
見上げた先で口から出た白い雲だけが、頭のあった場所に残っていた。凍っている場所で注意を怠れば転ぶ。そんな雪国の当たり前を忘れていた。
「あはは、ははははは」
地面にひっくり返りながら、校舎に反響するでかい笑いが止まらない。ただアスファルトが凍っているだけで、こんなにも楽しいなんて、二十年以上生きてきて知らなかった。
仰ぎ見る灰色の奥から、白いふわふわが落ちてくる。雪だ。
「……会いたいな」
つぶやいた声は、どこにも響かずおれの上にぽとりと落ちた。ああ、おれってやっぱひとりぼっちなんだな。ずっと当然だと思っていたことが、急に実感を伴って襲ってくる。
知りたい。凶器さんの顔を見たい。どうやって、この場所たちを見つけたの。なんで、おれに教えてくれんの。
次から次へと雪が降る。顔に冷たい欠片がつくたび、心に深い決意の跡がついた。凶器さんに『会いたい』と伝えよう。次の登校日が卒業前最後の一日になる。これが最後のチャンスだ。机の上に刻む言葉を想像するだけで、胸のあたりがそわそわした。
ああそうだ、『氷見にいったら転んだんですけど』とも添えておこう。おれが凶器さんの教えてくれた場所に、ちゃんといったとわかるように。
始業のベルが鳴った。身体を起こして校舎に向かう。凍っているところでも、もう転ばない。地面から数センチ浮いているような感覚が、全身にあった。
『――高等学校、定時制、通信制、合同卒業式を終わります』
長かった冬が終わり、おれはめでたく、ほんとうにめでたく、卒業式を迎えた。ストレートで卒業し、学業成績の優秀さで表彰もされて、これまでのクソな人生が、丸っとひっくり返ってしまいそうなほど満たされた三年間だった。
担任から「おめでとう」の言葉をもらって、それでおれの卒業式は終わりだった。よろこびに肩を叩きあう友だちは、結局できなかった。満たされた三年間だった。最後の一年間、おれの心を占領した存在を除いては。
凶器さんは『会いたい』というおれのメッセージに返事をくれなかった。その事実はおれの心臓をめった刺しにしたけれど、当然だ、とも思った。この世界でひとり。それが卒業前にわかってよかった。
なんとなくの習慣で、三階の教室へと向かう。入学式に着た以来の硬いスーツで階段を昇るのは、かなり骨が折れた。卒業証書の入った紙袋を揺らしながら、南校舎を歩く。廊下の端、うららかな陽射しが入る教室の窓際に、いつもの席は変わらずあった。
机の半分を埋め尽くしそうな、メッセージの羅列。『会いたい』というおれの丸い字を最後に、やりとりは途切れていた。途切れるもなにも、はじめからなにもなかった、というのが正しいのかもしれない。凶器さんはおれに会いたくなかった。会いたくないっていうのは、最大の拒絶だ。でも、おれは。
「……会ってみたかったな」
「――おれも、ずっと会いたかったよ」
声がして振り返る。教室の入り口にいたのは、スーツを着た、年上の大人の男のひとだった。手にはおれと同じ紙袋を持っている。
「よかった、想像どおりのひとだ」
軽やかな話し方だった。ため息をついて、そのひとが近づいてくる。体育館での卒業式で冷えたはずの身体が、速すぎる脈で熱くなっていく。
「きみ、そのメッセージのひとでしょう」
「は、い」
「ありがとう。おれのこと、忘れないでいてくれて」
となりの机に腰かけて、そのひと――凶器さんは上目遣いでおれを見た。「なん、で」と声が漏れて、目の前のひとが笑う。「なんでって、それ、なにについて聞いてる?」。
困ったような顔をして、だけどやわらかい笑みを浮かべて、首を傾ける顔が憎たらしい。想像どおりのひと。このひとは今、おれのことをそう表現した。それなら、おれだって一緒だ。勝手に凶器さんと名づけたイメージのなかのひとと、目の前のひととはぜんぜん似ていないのに、どうしてか「まちがいない」と心が言う。
「うーん、おれ、定時の七年生だったの。先生が変わっても、時間割が変わっても、この教室から脱出できなかった悲しきモンスター。やっと今年卒業できるかも? って単位数になって。でも、おれ友だちひとりもいなくて。このまま終わっちゃうのさみしいなってね」
おれの答えを待たずに、そのひとはペラペラと言葉をなぞった。用意してきた台詞を、ほんとうになぞっているのがわかる話し方だった。太ももの上で組んだ指先を、何度も組み替えながら唇を動かしている。
「……あんな一方通行なやりとりでよく言いますね」
「ごめん。途切れるのがこわくて」
「実際途切れましたよね」
「ごめん。おじさんだってわかったら、逃げられちゃうかなって」
緊張しているのが自分だけじゃないとわかった途端、気が緩んだ。責めるようなおれの物言いに、凶器さんはまた困ったように笑う。
「この教室で授業を受ける通信の子は、卒業年度の生徒だって知ってたんだ。だから最後に会えるかなって、まあ、ワンチャンてやつ?」
茶化した声で、そのひとはまた首を傾げた。こうやって首を傾けて文字を書くから、凶器みたいに鋭い角度の文字が生まれるんだろうか。そのうち、文字を書いているところを見せてもらおう。
「おれには、ここできみとした話の思い出しかないから。やっぱり会いたくて。ごめんね、自分勝手で」
凶器さんは指先で、とんとん、と、メッセージの残る机を叩いた。
「一緒です、おれも。いろんな景色、教えてもらえてよかったです。会えて、よかったです」
見下ろした先で、小豆色の瞳が細められる。「うん。おれもね、そう思うよ」。窓からの光をぜんぶ受けて、その赤みを帯びた色が輝いていた。
「あ、卒業おめでとうございます。お互い、がんばりましたね」
「そっちこそ、おめでとう。ところで、名前教えてもらってもいい?」
覗き込むような動きに、いたずら心がむくむくと湧いてくる。こっちは一世一代の言葉を無視されていたのだから、少しくらいやり返しても罰は当たらないだろう。
「急がなくても、ちょっとずつ知っていけばいいでしょ、お互い」
そう言ったおれの言葉に驚いた顔をしてから、凶器さんは顔いっぱいの笑顔で「そうだね」とつぶやいた。その笑顔はおれの心の傷痕を、より深くして、同時に、やわらかく癒した。
クソな人生にも、心が躍るような瞬間はくり返しやってくるらしい。それは、まだ本物の春にはすこし遠い、雪国の冬の終わり。二十三歳になる春、おれは不思議な出会いとともに、高校を卒業した。
勉強するのは楽しかった。世界にはおれの知らないことがあり、
それを知るだけで見える世界は広く、深く、高くなった。だけど、ひと月に二回くらいの登校日、ばらばらの時間割でそれぞれが生きるこの学校では、だれかと繋がりを作るのはむずかしい。想像していた高校生活とは少しちがったけれど、それもまあ、悪くないと思えた。だってこの人生は、はじめからクソなのだ。クソのなかの幸いで、おれは結構まじめな生徒になれた。先生と面談するたびほめられて、勢いのままストレート卒業、と思っていた、三年生の春。
『やほー この声が届くひといますか』
南校舎の三階。授業を受けてる生徒はたった五人。先生が全員のようすを把握できる緊張感のなかでもつい寝入ってしまいそうな、あたたかな陽射しの昼下がり。机に落とした視線の先に、几帳面で鋭い右肩上がりの文字があった。
だれだろう。何年生だろう。どっちの学校だろう。
『やほー 見えてるよ』
いつ書かれたものかもわからないのに、おれは凶器みたいなその文字へ、素直にそう返事をした。通信制高校で過ごす最後の一年が、今まさにはじまろうとしていた。
『さくらんぼ生ってる 体育館とグラウンドのあいだ』
『食べてみた。アレ食べてよかったのかな』
『渡り廊下から外に出てごらん 紫陽花が綺麗だよ』
『見にいった。きれーだった』
『二年四組の教室の教卓には、すごく絶妙なドラえもんがいる!』
『探すの大変だったけどホントに絶妙で笑った』
『今の季節そこの窓から田んぼの海が見えるんだよ』
『田んぼの海っておしゃれ表現だ』
『ユスリカが光に集まってて夢みたいだった 職員室脇の小道のカエデと桜のあいだ』
『虫をいいなって思ったのはじめて』
『↑のカエデが紅葉しはじめた』
『紅葉ってこんなにはやいの? 知らなかったな』
春に見つけたメッセージの相手は、ちゃんと現代を生きていて、なんだかんだやりとりが続いていた。相手――字の雰囲気が尖っているので、おれは凶器さんと心のなかで呼んでいる――凶器さんに言われたとおりの場所にいくと、たしかにそこには、心動かされる景色があった。おれなら絶対に通りすぎてしまう光景を、凶器さんは宝物みたいに集めて教えてくれる。
月に二回しか学校にこないおれは、月に二回しか三階教室で授業を受けない。やりとりを増やすために、メッセージを確認したあと、その景色を実際に目に焼きつけてから、また教室に戻ってシャーペンを握った。その労力を無駄だとは思わなかった。今ではこの学校で感じる勉強以外の価値は、ほとんどこのメッセージが占めている。
『体育館とグラウンドのあいだ、凍っててキラキラ』
朝一番に読んだメッセージは、想像するだけでわくわくした。 ダウンジャケットのファスナーを上げて、学校の外に出る。体育館とグラウンドのあいだは、さくらんぼが生っていたところだ。初夏に食べたあの赤い実はおいしかった。半年が経っても忘れられない。
急がないと、授業がはじまってしまう。はやく、はやく。灰色に淀んだ空の隙間から光が射す。さくらんぼの樹の下は、ほんとうにキラキラ光って、大きな水面みたいだった。はやく、はやく。
「きれー……って、うわ!」
見上げた先で口から出た白い雲だけが、頭のあった場所に残っていた。凍っている場所で注意を怠れば転ぶ。そんな雪国の当たり前を忘れていた。
「あはは、ははははは」
地面にひっくり返りながら、校舎に反響するでかい笑いが止まらない。ただアスファルトが凍っているだけで、こんなにも楽しいなんて、二十年以上生きてきて知らなかった。
仰ぎ見る灰色の奥から、白いふわふわが落ちてくる。雪だ。
「……会いたいな」
つぶやいた声は、どこにも響かずおれの上にぽとりと落ちた。ああ、おれってやっぱひとりぼっちなんだな。ずっと当然だと思っていたことが、急に実感を伴って襲ってくる。
知りたい。凶器さんの顔を見たい。どうやって、この場所たちを見つけたの。なんで、おれに教えてくれんの。
次から次へと雪が降る。顔に冷たい欠片がつくたび、心に深い決意の跡がついた。凶器さんに『会いたい』と伝えよう。次の登校日が卒業前最後の一日になる。これが最後のチャンスだ。机の上に刻む言葉を想像するだけで、胸のあたりがそわそわした。
ああそうだ、『氷見にいったら転んだんですけど』とも添えておこう。おれが凶器さんの教えてくれた場所に、ちゃんといったとわかるように。
始業のベルが鳴った。身体を起こして校舎に向かう。凍っているところでも、もう転ばない。地面から数センチ浮いているような感覚が、全身にあった。
『――高等学校、定時制、通信制、合同卒業式を終わります』
長かった冬が終わり、おれはめでたく、ほんとうにめでたく、卒業式を迎えた。ストレートで卒業し、学業成績の優秀さで表彰もされて、これまでのクソな人生が、丸っとひっくり返ってしまいそうなほど満たされた三年間だった。
担任から「おめでとう」の言葉をもらって、それでおれの卒業式は終わりだった。よろこびに肩を叩きあう友だちは、結局できなかった。満たされた三年間だった。最後の一年間、おれの心を占領した存在を除いては。
凶器さんは『会いたい』というおれのメッセージに返事をくれなかった。その事実はおれの心臓をめった刺しにしたけれど、当然だ、とも思った。この世界でひとり。それが卒業前にわかってよかった。
なんとなくの習慣で、三階の教室へと向かう。入学式に着た以来の硬いスーツで階段を昇るのは、かなり骨が折れた。卒業証書の入った紙袋を揺らしながら、南校舎を歩く。廊下の端、うららかな陽射しが入る教室の窓際に、いつもの席は変わらずあった。
机の半分を埋め尽くしそうな、メッセージの羅列。『会いたい』というおれの丸い字を最後に、やりとりは途切れていた。途切れるもなにも、はじめからなにもなかった、というのが正しいのかもしれない。凶器さんはおれに会いたくなかった。会いたくないっていうのは、最大の拒絶だ。でも、おれは。
「……会ってみたかったな」
「――おれも、ずっと会いたかったよ」
声がして振り返る。教室の入り口にいたのは、スーツを着た、年上の大人の男のひとだった。手にはおれと同じ紙袋を持っている。
「よかった、想像どおりのひとだ」
軽やかな話し方だった。ため息をついて、そのひとが近づいてくる。体育館での卒業式で冷えたはずの身体が、速すぎる脈で熱くなっていく。
「きみ、そのメッセージのひとでしょう」
「は、い」
「ありがとう。おれのこと、忘れないでいてくれて」
となりの机に腰かけて、そのひと――凶器さんは上目遣いでおれを見た。「なん、で」と声が漏れて、目の前のひとが笑う。「なんでって、それ、なにについて聞いてる?」。
困ったような顔をして、だけどやわらかい笑みを浮かべて、首を傾ける顔が憎たらしい。想像どおりのひと。このひとは今、おれのことをそう表現した。それなら、おれだって一緒だ。勝手に凶器さんと名づけたイメージのなかのひとと、目の前のひととはぜんぜん似ていないのに、どうしてか「まちがいない」と心が言う。
「うーん、おれ、定時の七年生だったの。先生が変わっても、時間割が変わっても、この教室から脱出できなかった悲しきモンスター。やっと今年卒業できるかも? って単位数になって。でも、おれ友だちひとりもいなくて。このまま終わっちゃうのさみしいなってね」
おれの答えを待たずに、そのひとはペラペラと言葉をなぞった。用意してきた台詞を、ほんとうになぞっているのがわかる話し方だった。太ももの上で組んだ指先を、何度も組み替えながら唇を動かしている。
「……あんな一方通行なやりとりでよく言いますね」
「ごめん。途切れるのがこわくて」
「実際途切れましたよね」
「ごめん。おじさんだってわかったら、逃げられちゃうかなって」
緊張しているのが自分だけじゃないとわかった途端、気が緩んだ。責めるようなおれの物言いに、凶器さんはまた困ったように笑う。
「この教室で授業を受ける通信の子は、卒業年度の生徒だって知ってたんだ。だから最後に会えるかなって、まあ、ワンチャンてやつ?」
茶化した声で、そのひとはまた首を傾げた。こうやって首を傾けて文字を書くから、凶器みたいに鋭い角度の文字が生まれるんだろうか。そのうち、文字を書いているところを見せてもらおう。
「おれには、ここできみとした話の思い出しかないから。やっぱり会いたくて。ごめんね、自分勝手で」
凶器さんは指先で、とんとん、と、メッセージの残る机を叩いた。
「一緒です、おれも。いろんな景色、教えてもらえてよかったです。会えて、よかったです」
見下ろした先で、小豆色の瞳が細められる。「うん。おれもね、そう思うよ」。窓からの光をぜんぶ受けて、その赤みを帯びた色が輝いていた。
「あ、卒業おめでとうございます。お互い、がんばりましたね」
「そっちこそ、おめでとう。ところで、名前教えてもらってもいい?」
覗き込むような動きに、いたずら心がむくむくと湧いてくる。こっちは一世一代の言葉を無視されていたのだから、少しくらいやり返しても罰は当たらないだろう。
「急がなくても、ちょっとずつ知っていけばいいでしょ、お互い」
そう言ったおれの言葉に驚いた顔をしてから、凶器さんは顔いっぱいの笑顔で「そうだね」とつぶやいた。その笑顔はおれの心の傷痕を、より深くして、同時に、やわらかく癒した。
クソな人生にも、心が躍るような瞬間はくり返しやってくるらしい。それは、まだ本物の春にはすこし遠い、雪国の冬の終わり。二十三歳になる春、おれは不思議な出会いとともに、高校を卒業した。
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