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28 サマーキャンプ 4
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「まどいせんってどういう意味だ?」
「円居せん。団欒ってこと。親しい人たちで楽しい時間を過ごすっていう意味。ちょうど今と同じ状況」
ユマの問いに応えた後、少し照れたように云い募る。
「自分なりの解釈だけど、今日一日を無事に過ごせて感謝する歌だと思った」
意外な答えを聞けて、カズヤは視線を向ける。
「明日が来ることが当たり前だと思っていた。
それどころか、明日また同じ日が続くことが煩わしいとさえ思っていた。でも、ここに来てから毎日違う日々を送っている。楽しい」
と、焚き火に煌々と照らされる組んだ自分の手を見つめながらカズヤが語った。
続けて、ふと息をついて、思いついたようにユマが云う。
「昔はさぁ、食べるものも着るものも全部手作りで、自分たちで作ったんだ。自分の手で用意できなかったら、いざというときに死ぬかも。サバイバルな生活に慣れておくのも今後のためにいいかもしれない」
そう云って笑った。「それは同感だな」とカズヤも同意した。
日も当たらない。手足も汚すこともない。まったく違う環境にいた彼らと出会えたことは、決して偶然ではなかったような気がする。
云わば奇跡のようなものか。と、しみじみ思って口にする。
「この世は、当たり前にありふれているように思えるけど、感謝するべきかもしれないな。ひとつひとつが誰かの手によって生まれていたり、奇跡の上に成り立って、生かされているのかもしれない」
自然の恩恵に預かり、生命を繋ぐことができる。そのことを実感する暇すらないほどめまぐるしく巡っている。日常から切り離された空間でゆっくり身を置かなければ実感できなかったのかもしれない。云わば、いいきっかけだったのかもしれない。皮肉にも。
夕刻頃は昼間の熱が放出しきれずに、まだ蒸し暑さが残っていたけれど、次第に風が出てきてだいぶ涼しくなってきた。微かに遠くで潮騒の音が聞こえる。
潮の香りのする夜風に晒され、頬を掠る。
そういえば、と海岸から聞こえる波の音に耳を澄ませながらヒロセが話し始める。
「波の音ってさ、F分の一のゆらぎといって、聞いていると脳からアルファ波が出て、リラックス効果があるんだって」
知っている。とカズヤが云った。
「心臓の鼓動の音と同じなんだって。だから落ち着くんだって。母親の胎内の音に似ていて安心するからだとか、宇宙の調和だとか、いろいろ云われているよね」
「いろいろな関連があるんだな。知らなかった。そんなことも云われているのか」
ユマは軽く驚く。ヒロセもそこまでは知らなかった。
カズヤは普段パソコンでいろいろ検索しているので流石によく知っている。
「自然界には人を癒す音で溢れているんだって」
ヒロセは眼を閉じて、波の音に耳を澄ませる。
「単調だけど、無限にループしているみたいだ。自然界に存在する音って、ずっと聞いていられる気がする」
耳に心地よくて、聞いていて飽きない。カズヤが以前作ってくれた雨音を思い出す。
「へぇ、子守唄にちょうどいいな」
とユマは寝ているリアを見遣り苦笑する。
そうだ、と。何かに気付いてヒロセが声を上げる。
「もうひとつ思い出した。波には怖い話があるんだ」
「へぇ、なに?」
カズヤの好奇な眼差しを受けて、意味深な視線を送りながら話し出す。
「一度目に聞くと、足を止める。二度目に聞くと、足止めされる。三度目に聞くと、どこかに行こうとしていたけれど、どこにも行けなくなるんだ」
ふっ、と笑いを収めながら、どうだ、こわいだろ?と。
不思議な話だ。確かに、ぞっとしない話しだな。とヒロセは返した。
「ユマは今、幸せか?」
なぜだか唐突に訊きたくなった。
ユマは隣に眠るリアを見遣りながらやさしく髪を梳く。
「俺はしあわせだ。リアが笑ってくれれば、それで幸せだ」
満足そうに笑うユマを見てとって
「そうか」
なぜだか嬉しくて眼を細めた。
他愛もない話に花が咲き、屈託のない笑い声が響き渡る。とりとめのない会話。
いつまでも話が尽きることがない。こんな時間がずっと続けばいいのに、と思う。
火が燃え尽きる寸前で、そろそろお開きかなと思い始めた頃だった。
今思い浮かんだ。本当はもうひとつキャンプで唄う歌があるんだ。
でも、口にすることは叶わなかった。熱いものが込み上げてきそうだったからだ。
その歌は__________「今日の日はさようなら」だ。
いつまでも絶えることなく友達でいよう。
明日の日を夢見て希望の道を。
__________ねえ、ソウルメイトって知ってる?
魂の友達っていう意味だよ。魂に強い結びつきがあって、自分たちを成長させるために巡り合うんだ。
いつだったか、SNS上でカズヤが云った言葉を思い出していた。
___________俺たちはどことなく似ていると思わないか。もしかして前世で出会っていたのかもしれない。きっと今と同じように。
カズヤはアンドロイドだから、それはないなと思う。
だけど、彼からは懐かしい感じがした。
__________約束しよう。一生友達でいよう。
カズヤがいつだったか、自分に云った言葉だ。
中学校のときの臨海教室でもキャンプファイヤーをやっていた。
あのとき、三、四十人もの人がいたのに、特に親しい友人がいるわけではなかった。
あれほどたくさんの人がいながら、自分だけ取り残されたような感覚がした。
まるで、この世に自分ひとりだけしかいないのではないかと思うような錯覚を味わった。すぐ近くにいるのに、騒ぐ歓声が遠くから聞こえるようだった。
孤独な生活を送っていたのは自分だった。これからも孤独な世界に身を置くのだと思っていた。
だから__________
誰かと自分がこんなことを約束するなんて夢にも思わなかった。
「円居せん。団欒ってこと。親しい人たちで楽しい時間を過ごすっていう意味。ちょうど今と同じ状況」
ユマの問いに応えた後、少し照れたように云い募る。
「自分なりの解釈だけど、今日一日を無事に過ごせて感謝する歌だと思った」
意外な答えを聞けて、カズヤは視線を向ける。
「明日が来ることが当たり前だと思っていた。
それどころか、明日また同じ日が続くことが煩わしいとさえ思っていた。でも、ここに来てから毎日違う日々を送っている。楽しい」
と、焚き火に煌々と照らされる組んだ自分の手を見つめながらカズヤが語った。
続けて、ふと息をついて、思いついたようにユマが云う。
「昔はさぁ、食べるものも着るものも全部手作りで、自分たちで作ったんだ。自分の手で用意できなかったら、いざというときに死ぬかも。サバイバルな生活に慣れておくのも今後のためにいいかもしれない」
そう云って笑った。「それは同感だな」とカズヤも同意した。
日も当たらない。手足も汚すこともない。まったく違う環境にいた彼らと出会えたことは、決して偶然ではなかったような気がする。
云わば奇跡のようなものか。と、しみじみ思って口にする。
「この世は、当たり前にありふれているように思えるけど、感謝するべきかもしれないな。ひとつひとつが誰かの手によって生まれていたり、奇跡の上に成り立って、生かされているのかもしれない」
自然の恩恵に預かり、生命を繋ぐことができる。そのことを実感する暇すらないほどめまぐるしく巡っている。日常から切り離された空間でゆっくり身を置かなければ実感できなかったのかもしれない。云わば、いいきっかけだったのかもしれない。皮肉にも。
夕刻頃は昼間の熱が放出しきれずに、まだ蒸し暑さが残っていたけれど、次第に風が出てきてだいぶ涼しくなってきた。微かに遠くで潮騒の音が聞こえる。
潮の香りのする夜風に晒され、頬を掠る。
そういえば、と海岸から聞こえる波の音に耳を澄ませながらヒロセが話し始める。
「波の音ってさ、F分の一のゆらぎといって、聞いていると脳からアルファ波が出て、リラックス効果があるんだって」
知っている。とカズヤが云った。
「心臓の鼓動の音と同じなんだって。だから落ち着くんだって。母親の胎内の音に似ていて安心するからだとか、宇宙の調和だとか、いろいろ云われているよね」
「いろいろな関連があるんだな。知らなかった。そんなことも云われているのか」
ユマは軽く驚く。ヒロセもそこまでは知らなかった。
カズヤは普段パソコンでいろいろ検索しているので流石によく知っている。
「自然界には人を癒す音で溢れているんだって」
ヒロセは眼を閉じて、波の音に耳を澄ませる。
「単調だけど、無限にループしているみたいだ。自然界に存在する音って、ずっと聞いていられる気がする」
耳に心地よくて、聞いていて飽きない。カズヤが以前作ってくれた雨音を思い出す。
「へぇ、子守唄にちょうどいいな」
とユマは寝ているリアを見遣り苦笑する。
そうだ、と。何かに気付いてヒロセが声を上げる。
「もうひとつ思い出した。波には怖い話があるんだ」
「へぇ、なに?」
カズヤの好奇な眼差しを受けて、意味深な視線を送りながら話し出す。
「一度目に聞くと、足を止める。二度目に聞くと、足止めされる。三度目に聞くと、どこかに行こうとしていたけれど、どこにも行けなくなるんだ」
ふっ、と笑いを収めながら、どうだ、こわいだろ?と。
不思議な話だ。確かに、ぞっとしない話しだな。とヒロセは返した。
「ユマは今、幸せか?」
なぜだか唐突に訊きたくなった。
ユマは隣に眠るリアを見遣りながらやさしく髪を梳く。
「俺はしあわせだ。リアが笑ってくれれば、それで幸せだ」
満足そうに笑うユマを見てとって
「そうか」
なぜだか嬉しくて眼を細めた。
他愛もない話に花が咲き、屈託のない笑い声が響き渡る。とりとめのない会話。
いつまでも話が尽きることがない。こんな時間がずっと続けばいいのに、と思う。
火が燃え尽きる寸前で、そろそろお開きかなと思い始めた頃だった。
今思い浮かんだ。本当はもうひとつキャンプで唄う歌があるんだ。
でも、口にすることは叶わなかった。熱いものが込み上げてきそうだったからだ。
その歌は__________「今日の日はさようなら」だ。
いつまでも絶えることなく友達でいよう。
明日の日を夢見て希望の道を。
__________ねえ、ソウルメイトって知ってる?
魂の友達っていう意味だよ。魂に強い結びつきがあって、自分たちを成長させるために巡り合うんだ。
いつだったか、SNS上でカズヤが云った言葉を思い出していた。
___________俺たちはどことなく似ていると思わないか。もしかして前世で出会っていたのかもしれない。きっと今と同じように。
カズヤはアンドロイドだから、それはないなと思う。
だけど、彼からは懐かしい感じがした。
__________約束しよう。一生友達でいよう。
カズヤがいつだったか、自分に云った言葉だ。
中学校のときの臨海教室でもキャンプファイヤーをやっていた。
あのとき、三、四十人もの人がいたのに、特に親しい友人がいるわけではなかった。
あれほどたくさんの人がいながら、自分だけ取り残されたような感覚がした。
まるで、この世に自分ひとりだけしかいないのではないかと思うような錯覚を味わった。すぐ近くにいるのに、騒ぐ歓声が遠くから聞こえるようだった。
孤独な生活を送っていたのは自分だった。これからも孤独な世界に身を置くのだと思っていた。
だから__________
誰かと自分がこんなことを約束するなんて夢にも思わなかった。
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