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42 終焉
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鍵を奪い、ジェット機を自ら操縦して、這う這うの体でアルカディアに戻ってきた。どうやって飛行機を操縦したのか記憶がない。
来た道の経緯も憶えていないほど無我夢中で逃れてきた。
やっとのことで解放された。
生成りの白い寝間着姿のまま島に降り立つ。まるで夢遊病者のようだ。
視界には広大な海が広がる。硫酸の色をした深いディープブルー。
あらゆる生命を拒絶するような静謐で神秘的なアルカディアの深淵の海。
しばらく立ち尽くし、潮風に頬を嬲らせる。
やっぱり忘れられない。毎日海鳴りがして死ぬかと思った。
余韻に浸る間もなく、思い出して、ヒロセはすぐに森へと向かった。
あるものを探すために。
_________みんなでここにタイムカプセルを埋めよう。
カズヤが埋めたタイムカプセルがあるはずだ。二年前のあの日、ここに埋めたはずだ。この大きな木の下にカズヤがスコップで穴を掘っていた場面を見ていたから。
懸命にスコップで掘り進めていると、ビニール袋に入ったノート型のタブレットが出てきた。あいつ、こんな大きな物を埋めていたんだ。
幾重にも包れたビニールを剥がして電源を入れると、真っ青な海の画面。
縦に文章の羅列が流れてきた。
______ウェルカム・トゥ・アルカディア。楽園より愛を込めて。
メッセージ。そこにはこう書き記されていた。
________今これを眼にしているということは、これを掘り起こして、誰かがこの文章を読んでいるということだろう。今は何年後だろう。誰がこの文章を読んでいるんだろう。そして、俺は今どこにいて、誰といっしょにいるんだろう。
カズヤの文章が綴られている。
結末を考えれば、これほど虚しさを感じることはないだろう。
未来に対するかすかな希望があって、それは叶えられなかった。
思いもしなかった。あのときはただ、この島アルカディアに連れて来られて、刑期が終わるまで任務を遂行して帰ることしか考えていなかったのだから。
でも、それでも、日々楽しかった。
________ヒロセ、今どうしている?ずっと手紙を書きたいと思っていた。誰かに向けて。時間がたくさんあるし、もしもと思って遺しておく。
普段、特に何か言葉にしなくても、気持ちが伝わっているような気がしていた。なぜだろう。俺はそう思っていたけど、ヒロセはどうなのかな。
だから、手紙なんて書く必要なんかないと思っていたけど、なぜだか、手紙を書きたくなって堪らなかった。
ヒトは死ぬときに、死期が分かるんだって。
死に直面したとき、どんな選択を取るか大切なんだって。
きっと、自分に与えられた時間は限られた時間なのだろう。だから、伝えておきたかった。おそらく、君に会わなければ、このまま終わる筈だった生涯。
自分は死ぬまで、籠の鳥のまま、外の世界を知らずに死んでいたかもしれない。
ありがとう。ほんのいっときでも俺を外の世界に出してくれて。
君と出会えてよかった。君に会えたことが、この上もなく
__________幸福だったと思える。
この世界はこんなにも綺麗で、それを君が教えてくれた。
ここに来て分かったよ。
自由な空はあるんだ。国境も何もない、まっさらな無限の空が。
_________ヒロセは誰にも云えないような秘密を抱えていることを知っている。
これはきっと運命であり、宿命なのだろう。
だからだろうか、ヒロセの睛には諦観があった。目の前にほしいものがあるのに、手を伸ばさずに諦めてしまうような。
君の胸は冷たかった。AIの自分よりも。胸の奥が寒くて、冷たいものが詰まっていた。まるで、虚しさや寂しさで満たされているような。
実際に胸を切り開いて見たわけじゃないけど……。
その訳を知りたかった。でも、無理に聞くつもりもなかったけど。
本当に後悔もしていないし、悔いも何もない。楽しいひとときを過ごした。
もう思い残すことは何もないと思うけど、できることならもう少しみんなと一緒に居たかった。
そうすると本当は、もっとこうしたい、これもやりたかったと、溢れてくる。
楽しい日々ばかりが思い返される。
手紙の最後にこう締めくくってあった。
ヒロセと出会えたこと。みんなと出会えたこと、自分の存在する意味も自分の人生もすべてひっくるめて、感謝したい気持ちでいっぱいだ。自分はしあわせだった。
……不思議だ。こうなるのが最初から決まっていたような気がする。
ここはいい処だ。海も空も綺麗で、穏やかに時間が流れている。風も雲も大気も水も形を持たずに流れていく。あるがままに自由に。
__________いずれ、ああなるんだろうな。自分も。溶けてなくなるようにすべてのものと一体になって。消えてゆく…………。
まるで、人魚姫が泡になっていくように________________
来た道の経緯も憶えていないほど無我夢中で逃れてきた。
やっとのことで解放された。
生成りの白い寝間着姿のまま島に降り立つ。まるで夢遊病者のようだ。
視界には広大な海が広がる。硫酸の色をした深いディープブルー。
あらゆる生命を拒絶するような静謐で神秘的なアルカディアの深淵の海。
しばらく立ち尽くし、潮風に頬を嬲らせる。
やっぱり忘れられない。毎日海鳴りがして死ぬかと思った。
余韻に浸る間もなく、思い出して、ヒロセはすぐに森へと向かった。
あるものを探すために。
_________みんなでここにタイムカプセルを埋めよう。
カズヤが埋めたタイムカプセルがあるはずだ。二年前のあの日、ここに埋めたはずだ。この大きな木の下にカズヤがスコップで穴を掘っていた場面を見ていたから。
懸命にスコップで掘り進めていると、ビニール袋に入ったノート型のタブレットが出てきた。あいつ、こんな大きな物を埋めていたんだ。
幾重にも包れたビニールを剥がして電源を入れると、真っ青な海の画面。
縦に文章の羅列が流れてきた。
______ウェルカム・トゥ・アルカディア。楽園より愛を込めて。
メッセージ。そこにはこう書き記されていた。
________今これを眼にしているということは、これを掘り起こして、誰かがこの文章を読んでいるということだろう。今は何年後だろう。誰がこの文章を読んでいるんだろう。そして、俺は今どこにいて、誰といっしょにいるんだろう。
カズヤの文章が綴られている。
結末を考えれば、これほど虚しさを感じることはないだろう。
未来に対するかすかな希望があって、それは叶えられなかった。
思いもしなかった。あのときはただ、この島アルカディアに連れて来られて、刑期が終わるまで任務を遂行して帰ることしか考えていなかったのだから。
でも、それでも、日々楽しかった。
________ヒロセ、今どうしている?ずっと手紙を書きたいと思っていた。誰かに向けて。時間がたくさんあるし、もしもと思って遺しておく。
普段、特に何か言葉にしなくても、気持ちが伝わっているような気がしていた。なぜだろう。俺はそう思っていたけど、ヒロセはどうなのかな。
だから、手紙なんて書く必要なんかないと思っていたけど、なぜだか、手紙を書きたくなって堪らなかった。
ヒトは死ぬときに、死期が分かるんだって。
死に直面したとき、どんな選択を取るか大切なんだって。
きっと、自分に与えられた時間は限られた時間なのだろう。だから、伝えておきたかった。おそらく、君に会わなければ、このまま終わる筈だった生涯。
自分は死ぬまで、籠の鳥のまま、外の世界を知らずに死んでいたかもしれない。
ありがとう。ほんのいっときでも俺を外の世界に出してくれて。
君と出会えてよかった。君に会えたことが、この上もなく
__________幸福だったと思える。
この世界はこんなにも綺麗で、それを君が教えてくれた。
ここに来て分かったよ。
自由な空はあるんだ。国境も何もない、まっさらな無限の空が。
_________ヒロセは誰にも云えないような秘密を抱えていることを知っている。
これはきっと運命であり、宿命なのだろう。
だからだろうか、ヒロセの睛には諦観があった。目の前にほしいものがあるのに、手を伸ばさずに諦めてしまうような。
君の胸は冷たかった。AIの自分よりも。胸の奥が寒くて、冷たいものが詰まっていた。まるで、虚しさや寂しさで満たされているような。
実際に胸を切り開いて見たわけじゃないけど……。
その訳を知りたかった。でも、無理に聞くつもりもなかったけど。
本当に後悔もしていないし、悔いも何もない。楽しいひとときを過ごした。
もう思い残すことは何もないと思うけど、できることならもう少しみんなと一緒に居たかった。
そうすると本当は、もっとこうしたい、これもやりたかったと、溢れてくる。
楽しい日々ばかりが思い返される。
手紙の最後にこう締めくくってあった。
ヒロセと出会えたこと。みんなと出会えたこと、自分の存在する意味も自分の人生もすべてひっくるめて、感謝したい気持ちでいっぱいだ。自分はしあわせだった。
……不思議だ。こうなるのが最初から決まっていたような気がする。
ここはいい処だ。海も空も綺麗で、穏やかに時間が流れている。風も雲も大気も水も形を持たずに流れていく。あるがままに自由に。
__________いずれ、ああなるんだろうな。自分も。溶けてなくなるようにすべてのものと一体になって。消えてゆく…………。
まるで、人魚姫が泡になっていくように________________
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