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第35話:試練の間、継がれし者たち
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閉ざされた扉の奥は、思ったよりも広く、静まり返っていた。
石畳の廊下はわずかに傾斜しながら下へと続いており、壁面には淡く光る青い魔石が等間隔で埋め込まれている。歩くたびに靴音がこだまし、まるで眠っていた空間が目覚めていくようだった。
「なんか……空気が変わったな」
リオンがぽつりと呟く。彼の足元では、ギンが耳を伏せながらも、しっかりと歩いていた。
「〈こわくない。けど、懐かしい……ような気がする〉」
ギンの声に、ハルトは静かにうなずいた。
「大丈夫。俺たちが一緒だ。何があっても、な」
先頭を行くエルナが、ふと立ち止まった。
「見て……扉」
その先には、半円形の大広間が広がっており、中央に紋章が刻まれた石の扉がひとつ。扉の左右には巨大な石像が鎮座しており、片方は獣の姿、もう一方は翼を持つ人のような姿をしていた。
「まるで、何かを……守ってるみたいだな」
ハルトが近づくと、扉に刻まれた紋章が淡く輝き出した。
《継承者、確認。試練を開始します》
低く、機械的な声が頭に響く。
「また来たな、この脳内ボイス……!」
《最初の試練――記憶の映し。真実を受け入れる覚悟はあるか》
問いかけと同時に、広間の床が淡く光り、周囲の景色がゆがみ始めた。
「っ……これは……!?」
視界が白く染まり、次に開けた時、ハルトたちは別の場所に立っていた。
それは、どこか懐かしい――だが確かに“昔”の風景だった。
風に揺れる草原、青空の下に広がる城塞都市。人々が笑い、魔獣と共に生きる日常。
「これ……ギンの記憶?」
「〈……うん。母さんがいた場所。……この町、覚えてる〉」
記憶の中のフェンリル――ギンの母と思しき大きな銀の獣が、子どもたちと共に広場にいた。
その傍らには、ひとりの女性。青いローブに銀の髪、穏やかな笑顔。
「あの人……獣語で話してる……」
「魔獣使いか……いや、雰囲気が違うな。何者だ?」
《彼女は“調停者”と呼ばれた存在。人と魔獣、神と民。その間に立ち、対話を選んだ者》
またしても、頭の中に響く声。
《だが、彼女はこの地で倒れた。理想と現実の狭間で、信じた者たちに裏切られ……》
その言葉と共に、風景が変わる。城が炎に包まれ、人々が逃げ惑う中、銀のフェンリルが咆哮を上げて立ちふさがる。
人の軍勢と魔獣たちが戦っている。中心には――あの女性の、倒れた姿。
「……やめろ……!」
思わず叫んでいた。
この光景を、ギンに見せる意味はあるのか。過去の傷を、抉るように突きつけるだけじゃないか。
だが、ギンは目を背けずに見ていた。
「〈母さんは、あのとき、何も言わずに……守ってくれた。あの人も……怖かったはずなのに〉」
小さな声が、記憶の空間に響いた。
「〈だから……ボク、ちゃんと知りたい。母さんが、何を守ろうとしたのか〉」
記憶の映像が収束し、再び広間へと戻る。
石の扉が音を立てて開いた。
《継承の資格、確認。第二の試練を開始します》
「試練……まだ続くのか……!」
ハルトは拳を握った。
ギンの過去に向き合い、かつて失われた調停者の記憶と力。
――その先にあるものが、今、少しずつ見え始めていた。
---
石畳の廊下はわずかに傾斜しながら下へと続いており、壁面には淡く光る青い魔石が等間隔で埋め込まれている。歩くたびに靴音がこだまし、まるで眠っていた空間が目覚めていくようだった。
「なんか……空気が変わったな」
リオンがぽつりと呟く。彼の足元では、ギンが耳を伏せながらも、しっかりと歩いていた。
「〈こわくない。けど、懐かしい……ような気がする〉」
ギンの声に、ハルトは静かにうなずいた。
「大丈夫。俺たちが一緒だ。何があっても、な」
先頭を行くエルナが、ふと立ち止まった。
「見て……扉」
その先には、半円形の大広間が広がっており、中央に紋章が刻まれた石の扉がひとつ。扉の左右には巨大な石像が鎮座しており、片方は獣の姿、もう一方は翼を持つ人のような姿をしていた。
「まるで、何かを……守ってるみたいだな」
ハルトが近づくと、扉に刻まれた紋章が淡く輝き出した。
《継承者、確認。試練を開始します》
低く、機械的な声が頭に響く。
「また来たな、この脳内ボイス……!」
《最初の試練――記憶の映し。真実を受け入れる覚悟はあるか》
問いかけと同時に、広間の床が淡く光り、周囲の景色がゆがみ始めた。
「っ……これは……!?」
視界が白く染まり、次に開けた時、ハルトたちは別の場所に立っていた。
それは、どこか懐かしい――だが確かに“昔”の風景だった。
風に揺れる草原、青空の下に広がる城塞都市。人々が笑い、魔獣と共に生きる日常。
「これ……ギンの記憶?」
「〈……うん。母さんがいた場所。……この町、覚えてる〉」
記憶の中のフェンリル――ギンの母と思しき大きな銀の獣が、子どもたちと共に広場にいた。
その傍らには、ひとりの女性。青いローブに銀の髪、穏やかな笑顔。
「あの人……獣語で話してる……」
「魔獣使いか……いや、雰囲気が違うな。何者だ?」
《彼女は“調停者”と呼ばれた存在。人と魔獣、神と民。その間に立ち、対話を選んだ者》
またしても、頭の中に響く声。
《だが、彼女はこの地で倒れた。理想と現実の狭間で、信じた者たちに裏切られ……》
その言葉と共に、風景が変わる。城が炎に包まれ、人々が逃げ惑う中、銀のフェンリルが咆哮を上げて立ちふさがる。
人の軍勢と魔獣たちが戦っている。中心には――あの女性の、倒れた姿。
「……やめろ……!」
思わず叫んでいた。
この光景を、ギンに見せる意味はあるのか。過去の傷を、抉るように突きつけるだけじゃないか。
だが、ギンは目を背けずに見ていた。
「〈母さんは、あのとき、何も言わずに……守ってくれた。あの人も……怖かったはずなのに〉」
小さな声が、記憶の空間に響いた。
「〈だから……ボク、ちゃんと知りたい。母さんが、何を守ろうとしたのか〉」
記憶の映像が収束し、再び広間へと戻る。
石の扉が音を立てて開いた。
《継承の資格、確認。第二の試練を開始します》
「試練……まだ続くのか……!」
ハルトは拳を握った。
ギンの過去に向き合い、かつて失われた調停者の記憶と力。
――その先にあるものが、今、少しずつ見え始めていた。
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│'ω')チラリ
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