亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

05

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 ――君は、破滅の道の先に、幸せが待ってるとでも思ってるのか?

 唯一、本当の“私”の身を案じてくれた友人は、呆れと怒りと同情を滲ませた顔をしてそう言っていた。歪んだ献身を、彼は、彼だけは引き留めようとしてくれたのだ。最後の最後まで。一歩距離はおきつつも、それでも必死に。

 でも私は、その時の彼に何も言葉を返すことが出来なかった。幸せが待っているなど、そんなことは少しも思っていなかったから。だからこそ私は、それにしがみつき、幻を見ようとしていた。そうすることでしか、目を背けることが出来なかったのだ。ひたひたと背筋を這い上ってくる、冷たい現実から。狂うしかなかった。狂う以外に方法がなかった。もうこれ以上、大好きな初恋の人の壊れる姿を見ない為に。大切な両親の萎れた姿を見ない為に。狂わなければやっていけなかったのだ。

 死んだはずの“姉”が戻って以降、アルベルトはもとの元気を取り戻し、仕事も慈善活動も積極的に取り組むようになった。きちんと食事を摂り、夜はしっかりと眠り、そうすることで顔色は随分と良くなり、また昔のやさしい笑顔を見れるようになって、どんなに安心したことだろう。彼が元気になればなるほど、昔の――本物のオリヴィアが生きていた頃の――彼に戻れば戻るほど、私は心から安堵し、そしてとても喜んだ。その為なら、自分の好みでないドレスや宝石を身につけることも、苦手である刺繍を特訓することも、まるで興味のない美術鑑賞をすることも、全く以て苦にならなかった。彼がそれで、“姉”が生きているのだと、幸福な偽りに浸ることが出来るのなら。どんな努力も、私は惜しまなかった。

 友人はそれを、犠牲的だ、と言っていたけれど。でも私は、少しもそうは思わなかった。アルベルトのことを愛していたから。自分自身を殺すのは、だから寧ろ自然なことだった。考えるなんて、そもそもそんなことをしないくらいごく当たり前の、自然なこと。

「あの頃は、ある意味幸せだったのかもしれないわ」

 そう独りごち、手の中の冷たい物体に視線を落とす。蒼白い月明かりに照らされ、淡い光を湛えながら、凍てついたように沈黙する銀色の刃。輪郭を縁取るその輝きは、どこか蠱惑的で、その妖しくも清らかな美しさについ見惚れてしまう。綺麗だ、と思った。とても綺麗で、そして、それはとても剣呑な魅力だ、とも。鈍い色をしているのに、突き抜けるほど澄んでいるように見えるのは、どうしてだろう。
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