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Main story ¦ リシェル
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アルベルトを愛していた。とても。それはもう、彼の為なら何でも出来ると、無条件に思えてしまうくらい。私はアルベルトを、心の底から愛していた。――彼が姉を一途に想っていたのと同じように。
おかしなことかもしれないけれど、ルシウスへ対する感情は何かと問われると、私はほとほと困ってしまう。アルベルトほど明確でないのだ。愛でも恋でもなければ、かといって“友情”という言葉はあまりにも陳腐で薄っぺらすぎる。それくらい、私にとって彼は、誰とも比べることの出来ない、もっとずっと大きな何かなのだ。むき出しの心で、“私”という全てで、正直に、真っ直ぐにぶつかり合える、唯一無二の存在。
「私って本当に……貴方に助けられてばかりね」
鼻をすすり、くすりと小さく笑う。夜風にふわりと靡いた髪の毛が、涙でぐっしょりと濡れた頬にはりつき、くすぐったくて気持ちが悪い。ゆるゆると片腕を持ち上げようとして、けれどそうするより先に、ふいに視界へ滑り込んだ大きな手が、やさしく、まるで撫でるように髪を払い退けてくれる。色が白く、女性のように綺麗な、でも骨や筋のしっかりとした、男らしい手。
そのまま流れるような仕草で両頬を包まれ、そっと顔を持ち上げられる。白い指先から頬の皮膚を通してじんわりと伝わる、やわらかなぬくもり。懐かしい、と思った。懐かしくて、とても心の安らぐぬくもりだ、と。
その感覚にまどろむように閉じかけた目は、しかし、いつの間にか眼前に腰を屈めていたルシウスの瞳にとらえられ、視線が間近で絡み合う。その瞬間、辺りがふっと静まり返ったような気がした。彼の向ける眼差しが、あまりにも真っ直ぐで、あまりにもひたむきで。
言葉に出来ない何かが胸に触れた気がして、私は小さく息を呑んだ。じわじわと見開かせた目の端から、ほろりと、涙がこぼれ落ちる。それを、彼は苦笑を浮かべながら、親指の腹でそっと拭ってくれた。まるで繊細な硝子細工でも扱うかのように、やさしく、丁寧に。
「そんなに見ないで。今の私、凄く酷い顔をしてるから」
「ああ、本当にな。泣き腫らして、ぐちゃぐちゃで。すげぇ顔してる」
酷いことを言うくせに、その声はでも、どこまでもどこまでもあたたかくて。もう疾うに壊れてしまっているはずの涙腺が、またぼろぼろと崩れてしまいそうで、私は咄嗟に唇を噛み締めた。震えながら、弱々しい力で。どうにか堪らえようと、必死に。
けれど、そんな私のなけなしの努力を、ルシウスは簡単に壊してしまう。見つめられれば見つめられるほど、目元を拭われれば拭われるほど。彼は、私の強張った心をいとも容易くほどいて、真綿で包んでしまう。
おかしなことかもしれないけれど、ルシウスへ対する感情は何かと問われると、私はほとほと困ってしまう。アルベルトほど明確でないのだ。愛でも恋でもなければ、かといって“友情”という言葉はあまりにも陳腐で薄っぺらすぎる。それくらい、私にとって彼は、誰とも比べることの出来ない、もっとずっと大きな何かなのだ。むき出しの心で、“私”という全てで、正直に、真っ直ぐにぶつかり合える、唯一無二の存在。
「私って本当に……貴方に助けられてばかりね」
鼻をすすり、くすりと小さく笑う。夜風にふわりと靡いた髪の毛が、涙でぐっしょりと濡れた頬にはりつき、くすぐったくて気持ちが悪い。ゆるゆると片腕を持ち上げようとして、けれどそうするより先に、ふいに視界へ滑り込んだ大きな手が、やさしく、まるで撫でるように髪を払い退けてくれる。色が白く、女性のように綺麗な、でも骨や筋のしっかりとした、男らしい手。
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その感覚にまどろむように閉じかけた目は、しかし、いつの間にか眼前に腰を屈めていたルシウスの瞳にとらえられ、視線が間近で絡み合う。その瞬間、辺りがふっと静まり返ったような気がした。彼の向ける眼差しが、あまりにも真っ直ぐで、あまりにもひたむきで。
言葉に出来ない何かが胸に触れた気がして、私は小さく息を呑んだ。じわじわと見開かせた目の端から、ほろりと、涙がこぼれ落ちる。それを、彼は苦笑を浮かべながら、親指の腹でそっと拭ってくれた。まるで繊細な硝子細工でも扱うかのように、やさしく、丁寧に。
「そんなに見ないで。今の私、凄く酷い顔をしてるから」
「ああ、本当にな。泣き腫らして、ぐちゃぐちゃで。すげぇ顔してる」
酷いことを言うくせに、その声はでも、どこまでもどこまでもあたたかくて。もう疾うに壊れてしまっているはずの涙腺が、またぼろぼろと崩れてしまいそうで、私は咄嗟に唇を噛み締めた。震えながら、弱々しい力で。どうにか堪らえようと、必死に。
けれど、そんな私のなけなしの努力を、ルシウスは簡単に壊してしまう。見つめられれば見つめられるほど、目元を拭われれば拭われるほど。彼は、私の強張った心をいとも容易くほどいて、真綿で包んでしまう。
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