亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

文字の大きさ
23 / 50
Main story ¦ リシェル

23

しおりを挟む
 一年の中で最も特別な日だ、と、アルベルトは言っていた。君がこの世に生まれてきてくれた日だから、と。だからこの日は、一年の中で一番幸福な日にしたい、とも。

 朝目が醒めてすぐ、両手ではとても抱えきれないほど大きな花束を贈られた。色とりどりの薔薇を、たっぷりと。昼には庭園のガゼボでお茶を飲み、お菓子を食べた。程よく焼色のついた、甘酸っぱくほろ苦いアップルパイ。それからアルベルトは、特別に仕立てたのだというドレスやジュエリーをプレゼントしてくれた。瞳の色に合わせた薄桃色のドレスと、大粒のパールを組み合わせて創られた、揃いのピアスとネックレス。私は侍女に手伝ってもらいながらそれらを身に着け、アルベルトと両親だけの小さな晩餐会に参加した。豪勢な料理と、一級品のワイン、新鮮で瑞々しい果物。母の勧めでワルツを一曲踊り、ヴァイオリンを奏で、昔話や思い出話に花を咲かせ、たくさん笑い合った。小さくも華やかな、人のぬくもりに溢れたパーティー。

 ――誕生日おめでとう、オリヴィア。

 身支度を整えながら、朝食を摂りながら、廊下を歩きながら、お茶を飲みながら、はたまたプレゼントを抱き締めながら。何度その言葉を、この耳で、この心で受け止めたことだろう。侍女たちから、執事から、料理人や庭師から。もちろん、父や母や、そしてアルベルトからも。

 花束を用意してくれたのも、アップルパイを作ってくれたのも、ドレスを仕立ててくれたのも、小さな晩餐会を開いてくれたのも。それらは全て、オリヴィアの誕生日を祝う為だった。だから、姉の愛した薔薇で花束を作り、姉の好物だったアップルパイを食べ、姉の瞳と同じ色のドレスを仕立て、姉の好んだワルツの曲を選び、姉の得意だったヴァイオリンを奏でた。最愛の妻の誕生日を、大切な娘の誕生日を祝福する為に。オリヴィアの生まれたこの日を、一年の中で一番幸福な日にする為に。
 誰も彼もが、オリヴィアの生誕を祝い、そして喜んでいた。オリヴィアが生きていた頃と同じように。或いはもしかしたら、その頃以上にたくさんの愛を注いで。

 そんなオリヴィアの為だけに創られた幸福な世界に、“リシェル”などという存在があるはずもない。使用人はともかく、アルベルトも、実の父や母でさえ、姉と同じ日にこの世に生まれ落ちた“娘”或いは”妹”がいることに、少しも触れようとはしなかった。憶えていないというより、まるで“リシェル”などという人間は、はじめからこの世に生まれてなどいなかったみたいに。存在そのものが丸ごと消されてしまったような扱われようだった。――いや、そもそも扱われてなんていないのだ。彼らの頭の中にはきっと、“リシェル”のことなんて微塵もなかっただろうから。“考えないようにする”こと自体、考えさえしなかったに違いない。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

結婚式の晩、「すまないが君を愛することはできない」と旦那様は言った。

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
「俺には愛する人がいるんだ。両親がどうしてもというので仕方なく君と結婚したが、君を愛することはできないし、床を交わす気にもなれない。どうか了承してほしい」 結婚式の晩、新妻クロエが夫ロバートから要求されたのは、お飾りの妻になることだった。 「君さえ黙っていれば、なにもかも丸くおさまる」と諭されて、クロエはそれを受け入れる。そして――

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした

三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。 書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。 ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。 屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』 ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく―― ※他サイトにも掲載 ※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!

愛されヒロインの姉と、眼中外の妹のわたし

香月文香
恋愛
わが国の騎士団の精鋭二人が、治癒士の少女マリアンテを中心とする三角関係を作っているというのは、王宮では当然の常識だった。  治癒士、マリアンテ・リリベルは十八歳。容貌可憐な心優しい少女で、いつもにこやかな笑顔で周囲を癒す人気者。  そんな彼女を巡る男はヨシュア・カレンデュラとハル・シオニア。  二人とも騎士団の「双璧」と呼ばれる優秀な騎士で、ヨシュアは堅物、ハルは軽薄と気質は真逆だったが、女の好みは同じだった。  これは見目麗しい男女の三角関係の物語――ではなく。  そのかたわらで、誰の眼中にも入らない妹のわたしの物語だ。 ※他サイトにも投稿しています

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

年上令嬢の三歳差は致命傷になりかねない...婚約者が侍女と駆け落ちしまして。

恋せよ恋
恋愛
婚約者が、侍女と駆け落ちした。 知らせを受けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えたが—— 涙は出なかった。 十八歳のアナベル伯爵令嬢は、静かにティーカップを置いた。 元々愛情などなかった婚約だ。 裏切られた悔しさより、ただ呆れが勝っていた。 だが、新たに結ばれた婚約は......。 彼の名はオーランド。元婚約者アルバートの弟で、 学院一の美形と噂される少年だった。 三歳年下の彼に胸の奥がふわりと揺れる。 その後、駆け落ちしたはずのアルバートが戻ってきて言い放った。 「やり直したいんだ。……アナベル、俺を許してくれ」 自分の都合で裏切り、勝手に戻ってくる男。 そして、誰より一途で誠実に愛を告げる年下の弟君。 アナベルの答えは決まっていた。 わたしの婚約者は——あなたよ。 “おばさん”と笑われても構わない。 この恋は、誰にも譲らない。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

処理中です...