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Main story ¦ リシェル
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一年の中で最も特別な日だ、と、アルベルトは言っていた。君がこの世に生まれてきてくれた日だから、と。だからこの日は、一年の中で一番幸福な日にしたい、とも。
朝目が醒めてすぐ、両手ではとても抱えきれないほど大きな花束を贈られた。色とりどりの薔薇を、たっぷりと。昼には庭園のガゼボでお茶を飲み、お菓子を食べた。程よく焼色のついた、甘酸っぱくほろ苦いアップルパイ。それからアルベルトは、特別に仕立てたのだというドレスやジュエリーをプレゼントしてくれた。瞳の色に合わせた薄桃色のドレスと、大粒のパールを組み合わせて創られた、揃いのピアスとネックレス。私は侍女に手伝ってもらいながらそれらを身に着け、アルベルトと両親だけの小さな晩餐会に参加した。豪勢な料理と、一級品のワイン、新鮮で瑞々しい果物。母の勧めでワルツを一曲踊り、ヴァイオリンを奏で、昔話や思い出話に花を咲かせ、たくさん笑い合った。小さくも華やかな、人のぬくもりに溢れたパーティー。
――誕生日おめでとう、オリヴィア。
身支度を整えながら、朝食を摂りながら、廊下を歩きながら、お茶を飲みながら、はたまたプレゼントを抱き締めながら。何度その言葉を、この耳で、この心で受け止めたことだろう。侍女たちから、執事から、料理人や庭師から。もちろん、父や母や、そしてアルベルトからも。
花束を用意してくれたのも、アップルパイを作ってくれたのも、ドレスを仕立ててくれたのも、小さな晩餐会を開いてくれたのも。それらは全て、オリヴィアの誕生日を祝う為だった。だから、姉の愛した薔薇で花束を作り、姉の好物だったアップルパイを食べ、姉の瞳と同じ色のドレスを仕立て、姉の好んだワルツの曲を選び、姉の得意だったヴァイオリンを奏でた。最愛の妻の誕生日を、大切な娘の誕生日を祝福する為に。オリヴィアの生まれたこの日を、一年の中で一番幸福な日にする為に。
誰も彼もが、オリヴィアの生誕を祝い、そして喜んでいた。オリヴィアが生きていた頃と同じように。或いはもしかしたら、その頃以上にたくさんの愛を注いで。
そんなオリヴィアの為だけに創られた幸福な世界に、“リシェル”などという存在があるはずもない。使用人はともかく、アルベルトも、実の父や母でさえ、姉と同じ日にこの世に生まれ落ちた“娘”或いは”妹”がいることに、少しも触れようとはしなかった。憶えていないというより、まるで“リシェル”などという人間は、はじめからこの世に生まれてなどいなかったみたいに。存在そのものが丸ごと消されてしまったような扱われようだった。――いや、そもそも扱われてなんていないのだ。彼らの頭の中にはきっと、“リシェル”のことなんて微塵もなかっただろうから。“考えないようにする”こと自体、考えさえしなかったに違いない。
朝目が醒めてすぐ、両手ではとても抱えきれないほど大きな花束を贈られた。色とりどりの薔薇を、たっぷりと。昼には庭園のガゼボでお茶を飲み、お菓子を食べた。程よく焼色のついた、甘酸っぱくほろ苦いアップルパイ。それからアルベルトは、特別に仕立てたのだというドレスやジュエリーをプレゼントしてくれた。瞳の色に合わせた薄桃色のドレスと、大粒のパールを組み合わせて創られた、揃いのピアスとネックレス。私は侍女に手伝ってもらいながらそれらを身に着け、アルベルトと両親だけの小さな晩餐会に参加した。豪勢な料理と、一級品のワイン、新鮮で瑞々しい果物。母の勧めでワルツを一曲踊り、ヴァイオリンを奏で、昔話や思い出話に花を咲かせ、たくさん笑い合った。小さくも華やかな、人のぬくもりに溢れたパーティー。
――誕生日おめでとう、オリヴィア。
身支度を整えながら、朝食を摂りながら、廊下を歩きながら、お茶を飲みながら、はたまたプレゼントを抱き締めながら。何度その言葉を、この耳で、この心で受け止めたことだろう。侍女たちから、執事から、料理人や庭師から。もちろん、父や母や、そしてアルベルトからも。
花束を用意してくれたのも、アップルパイを作ってくれたのも、ドレスを仕立ててくれたのも、小さな晩餐会を開いてくれたのも。それらは全て、オリヴィアの誕生日を祝う為だった。だから、姉の愛した薔薇で花束を作り、姉の好物だったアップルパイを食べ、姉の瞳と同じ色のドレスを仕立て、姉の好んだワルツの曲を選び、姉の得意だったヴァイオリンを奏でた。最愛の妻の誕生日を、大切な娘の誕生日を祝福する為に。オリヴィアの生まれたこの日を、一年の中で一番幸福な日にする為に。
誰も彼もが、オリヴィアの生誕を祝い、そして喜んでいた。オリヴィアが生きていた頃と同じように。或いはもしかしたら、その頃以上にたくさんの愛を注いで。
そんなオリヴィアの為だけに創られた幸福な世界に、“リシェル”などという存在があるはずもない。使用人はともかく、アルベルトも、実の父や母でさえ、姉と同じ日にこの世に生まれ落ちた“娘”或いは”妹”がいることに、少しも触れようとはしなかった。憶えていないというより、まるで“リシェル”などという人間は、はじめからこの世に生まれてなどいなかったみたいに。存在そのものが丸ごと消されてしまったような扱われようだった。――いや、そもそも扱われてなんていないのだ。彼らの頭の中にはきっと、“リシェル”のことなんて微塵もなかっただろうから。“考えないようにする”こと自体、考えさえしなかったに違いない。
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