フォーカスレンズであなたをのぞいて…

はるの すみれ

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私の初恋

*私の初恋

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    高校一年生の秋、私は初めての恋をした。
誰よりも一生懸命に頑張るその姿に慌ててシャッターを切った。

    レンズ越しに見た貴方はこの世界の誰よりも輝いていて、私の心にキラキラした何かを運んでくれた。

    そのキラキラはとっても素敵な気持ちで、無くさない様に抱きしめていないと無くなってしまいそうな儚いもので…。

    この気持ちを無くさない様に離さないように、私はこの気持ちを、シャッターを押す指に託して大事に抱きしめた。

                                私の初恋…。

  私、花白柚子は16歳の秋、貴方に恋をしました。



 * 高校一年生の夏休みが明けて初めての登校日、始業式の終わったの教室は、帰り支度をする生徒の姿が目に入る。


 日直の生徒が黒板を消したり、教室の窓を閉めたりするのを私は眺めながら身支度を進めていた。


「柚子~部室行くよ、まだ準備できてないの?」


 のろのろと身支度を進めていた私に近づいて来たのは小学生の頃からの親友の有坂乙葉だった。


 乙葉は私と違ってしっかりした性格をしていて、親友であり、頼れるお姉ちゃんみたいな存在だった。


 切れ長の少し吊った目に筋の通った綺麗な鼻、性格も良いうえに顔まで良いなんて神様は不公平だな、なんてたまに思ったりもする。


 そんなことを考えていた私は、すっかり乙葉に返事をする事を忘れていたらしい。
 乙葉は眉根を寄せ、何か言いたげに私を見つめていた。


「柚子?何ぼーとして、具合でも悪いの?」


 私は慌てて首を横に振った。


「ううん大丈夫だよ。ごめん、ぼーとしてた」


 乙葉は私の言葉を聞いて溜息を一つこぼした。


 「はぁー、あんたって昔からいつもぼーとしてて、一緒にいて心配なのよね」


 私は乙葉の言葉に苦笑いをする。


 「乙ちゃんには昔から心配ばっかりかけてるね」


 「まあ、でもそういうところがあんたらしくて良いけどね」


 「乙ちゃんがいなかったら私はもっとぼーとしてる人生を送っていたかもしれないね」


 「本当に、この先が不安だわ。」


 私は首を傾げた。
 乙葉の言うこの先の意味がよく分からなかったからだった。


 「はあ、柚子は…この先もし、私とクラスが離れたりしたらどうするの?」


 「たしかに…それは不安です」


 私は、突然提案された不安概要に思わず敬語になる。こうして今までは乙葉とクラスが離れたりすることはなかったけど、この先もしかしたら乙葉と離れるかもしれないと思うと急に寂しくなる。


 「まあ、そうなっても柚子が一番の友達なのはずっと変わらないけどね」


 乙葉の言葉に胸がじーんとして涙が溢れる。


 「乙ちゃん…ありがとう…」


 「ちょっちょっと、泣かないでよ」


 いきなり泣き出した私を慌てて宥める乙葉はやっぱり一番な友達だ。


 「もう、柚子ったら泣き虫なんだから!早く準備して部室行くよ!」


 私は指で涙を弾き、頷いた。

 
  やっと身支度を終えると乙葉と二人で教室を出て、1階にある部室に向かう。


 部室に行くのは、9月になってから初めてだからちょっぴり新鮮だった。


「失礼します!」
「失礼します」


 私たちは、部室に着き元気よく挨拶をして部屋の中に入った。


「花ちゃん、有坂ちゃん久しぶり!」


 私たちを出迎えてくれたのは、三年生の前田愛理先輩と二年生の松川穂乃果先輩だ。


 前田愛理先輩は長い髪を二つにまとめて可愛らしいリボンで髪を飾っていた。
 愛理先輩の童顔も相まってリボンが本当によく似合う。


 松川穂乃果先輩は愛理先輩の見た目に反するようにバッサリとしたショートヘアーにいつもスカートの下からは体操着が覗いていた。


 他にも部員はいるのだが、メインで活動しているのは、現時点で私たち四人だけだった。


 というのも、大半の部員が顧問の先生が目当てで直ぐに活動内容に飽きて一週間もしないうちにいなくなっていった。


 顧問の先生はこの学校で女子生徒に一番人気の葉月悟先生。
 毎年四月に沢山の部員が入るけど、あっという間にいなくなっていくのは恒例行事みたいなっているらしい。


 私がこの学校を選んだのはこの部活に惹かれたのが大きかった。


 私が入部したのは写真部だった。
幼い頃にお父さんにインスタントカメラを貰って写真を取るようになって、それから私は写真が大好きになった。


 それ以来、事あるごとにカメラ片手に出掛けるようになった私は、高校の入学案内のパンフレットを見て写真部という文字に惹かれて志望校に城咲高校を選んだ。


 乙葉も特に行きたい学校がなかったらしく、私と一緒にこの高校に進学してくれた。


 今日は、久しぶりの部活に心が踊っていた。
先輩達の前の空いている席に座り今日の活動内容を聞く。


「二人とも、さっき穂乃果には話したんだけど、次の学校行事の体育祭で写真を撮ってもらいます!」


「体育祭の写真ですか?」


 乙葉が私はの代わりに愛理先輩に聞いた。


「そう、文化祭とかで飾る写真とか、コンテストに出す用とか、毎年写真部は自分が出ない競技以外は自由に行動して良いことになってるから好きな写真取り放題だよ」


「つまりは、さぼってもばれないってこと」


 愛理先輩の話に穂乃果先輩が言葉を挟んだ。 


  「ちょっとお、穂乃果!純粋な一年生なんだから変なこと教えないでよね!」


「愛理先輩は真面目ですよね、去年も一生懸命写真撮ってたし、私は今年もさぼりに徹するんで」


「もお、穂乃果ってば!ちゃんと写真撮らなきゃだめだよ!」


愛理先輩は頬を膨らませて穂乃果先輩を睨んでいた。何気ない仕草も愛理先輩がすると何でも可愛く見えてしまうから不思議だ。


それにしても体育祭で写真が撮れるなんて嬉しい。
運動音痴の私にとって体育祭は毎年恒例の公開処刑のようなものだった。


何の競技に出ても足を引っ張ってしまうから今までの人生で体育祭と聞くと嫌な気分になっていたけど写真が自由に撮れるなら話は別だった。


写真を撮るためなら体育祭も好きになれそうだ。
よし、頑張るぞ!
私は心の中で気合を入れた、はずだった。


「よし、頑張るぞ!!」


心の中で入れたはずの気合は、口から溢れ出てしまって、この場にいる三人の目が私に集まった。
恥ずかしさで身体中が熱くなるのを感じた。


「花ちゃん、気合入ってるね!その調子、その調子!」


愛理先輩が笑顔で私の肩をトントンと優しく叩いた。それを見ていた穂乃果先輩が乙葉と私を見つめながら口を開く。


「花ちゃんって可愛いよね、ど天然丸出しで純粋無垢な感じだし、終いには音楽少女でしょ、私に女子力を分けてくださいっていつも思うよ」


乙葉が穂乃果先輩の言葉に力強く頷く。
天然なのかは分からないし、純粋無垢かも分からないけど、音楽少女と穂乃果先輩が言うのは私が幼い頃からピアノを習っていたり、趣味でフルートを吹いたりしているからだろう。


幼い頃からピアノを習っているのは、いつか音楽教諭になりたいという夢を持っているからだった。


週に3回、月水金はピアノ教室に通っている。たまたま写真部が火曜日と木曜日に活動していることが私にとって幸いだった。


「私、そんな風に見えますか?」


穂乃果先輩の言葉にようやく返答をすると、先輩は笑いながら頷いた。


「でもっ私より愛理先輩の方が可愛くて女子力も高いと思います」


両手を握りしめて力強く宣言した私に穂乃果先輩は大きな声で笑い始める。


「あはは!花ちゃん、愛理先輩のは可愛いんじゃなくて、あざといの間違いだから!」


首を傾げた私に穂乃果先輩はさらに笑い始め、乙葉もつられて笑い始めた。


  愛理先輩は頬を膨らませて、穂乃果先輩を睨んでいた。


「もお、穂乃果!あざといなんて酷い事言わないで!」


「だって、本当の事じゃないですか!葉月先生の前だとぶりっ子全開だし、まあ愛理先輩があざとくなくなったら何も残らないですよ」


「穂乃果!怒るよ」


「わあ、怖い、有坂助けて」


いきなり巻き込まれた乙葉は苦笑いを浮かべていた。


私たちは、いつもこうして楽しい時間を過ごしていた。大好きな写真も撮れて、優しい先輩達とお話し出来てとっても充実した日々を送っていた。


実のところ。今年の五月頃、乙葉はクラスメイトの男子に告白されて付き合い始めた。その頃から少しだけ私は孤独感を感じていた。


もちろん、乙葉が幸せそうに恋の話をする姿は大好きだったし。幸せそうな乙葉を見ているのも嬉しかった。だけど私は、たまに一人になる時間が寂しいと感じる時もあった。


あれから四か月も過ぎ、だんだんに寂しさにも慣れてきて、寂しくなったら大好きな写真を撮るという不安の解消方法を活かして過ごしてきた。


今日も楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば予定していた電車に乗る時刻に近づいてきていた。


先輩達に頭を下げて乙葉と駅に向かう。
私はこの学校から二つ先の三葉駅から登下校している。


朝は乙葉が必ず一緒だけど、帰りの電車は乙葉の彼氏が同じ時間の電車だと一人で三葉駅まで電車に揺られることが殆どだった。
そんな時は決まってピアノの楽譜を見て心を和ませた。


大好きなものは私を幸せな気持ちにしてくれる。
乙葉に対する我慢も、すぐに忘れさせてくれた。


今日も駅に向かう途中の道で乙葉の彼氏から連絡が入った。
私は笑顔で乙葉を見送り電車の中に一人で乗り込んだ。


携帯にイヤホンを繋いで今練習している曲を耳に流す。
楽譜とにらめっこしながら苦手な部分を、繰り返して聞いているうちに三葉駅に到着した。


駅のホームに降りると再び乙葉と合流する。
乙葉の彼氏は三葉駅から更に三つ先の駅で降りるらしい。
短い一時を楽しんだ乙葉は私の知らない恋をしている女の子の顔をしていた。


なんだかこういう顔をしている乙葉は可愛い。
恋をすると綺麗になるというのは本当なのかもしれない。
そんな乙葉を見ていて気になることを聞いてみる。


   「ねえ乙ちゃん、恋愛って楽しいの?」


乙葉は困った顔で私を見つめた。
切れ長の瞳に私が映る。


「うーん、楽しいかと聞かれたら違う気もするけど恋してるって気持ちは幸せに近いかもしれないな」


「そうなんだ」


「まあ、柚子もいつかは分かると思うよ」


「そんな日が来るのかな?」


私には想像も出来なかった、今までの人生で恋なんてしたこともなければ好きな人も出来た事がない。


そんな私にいつか分かる日が来るのだろうか…。


「まあ、焦らなくても柚子ならすぐ彼氏できると思うよ。なんか、恋してる柚子見てみたいかも」


眉根を寄せ考え込んでいる私の顔が乙葉の瞳に映っていた。
恋してる私か…本当に想像がつかない。


「乙ちゃん、私恋できるかな?」


「出来るよ!」


「想像してみたんだけど…想像出来なかった」


「無理に想像しなくてもいいの!柚子が想像してるよりきっと恋は楽しいよ」


「そうなのかな」


乙葉が笑顔で頷くのを見ると、本当に幸せそうでこっちまで頬が緩んでしまう。


「乙ちゃん幸せそうだね」


突然の私の言葉に乙葉は驚いたのか、目を見開いた。


「そう?」


「うん、前より綺麗になってるよ」

「本当に?!自分じゃわからないけど」


「本当だよ、私が言うんだから間違いはないよ」


私は微笑んだ。
乙葉の幸せそうな顔を見るのは嫌いじゃない。
むしろ嬉しい。


「もう柚子ったら、でも、ありがとう」


照れながら歩き始めた乙葉について歩く私。
私達の影は夕日に照らされて歩く度に一生懸命について来ているみたいだった。


私の家は乙葉の家より駅から遠い場所にあって、乙葉と別れた後は暫く一人で歩く。


今日も乙葉に手を振り一人歩き始めた。
家までの道には商店街があり、小さな町の商店街は夕方の賑わいを見せていた。


小学生くらいの子供達がアイスクリームを片手に歩いているのを見つけると、私の口はアイスクリームの甘みを欲してしまった。


残念なことに、鞄の中の財布には小銭が数える程しか入っていない事を頭の中で思い出した。


昨日、欲しかった楽譜のスコアを書店で見つけてしまった私は月に一度のお小遣い日まで待ちきれずに全財産を叩いて購入してしまったのだった。


「はあ、アイス食べたかったな…」 


  大きな溜息をついて再び家路へと歩き出した。
商店街を抜けると急に人気がなくなり閑静な住宅街が広がる。


私の家は住宅街の一番最初の路地にある二階建ての外観が煉瓦造りの住宅だ。
私は玄関へ続く階段を小走りで上がると鞄から鍵を取り出し鍵穴に差し込む。


ガチャン。
心地の良い音が響いて玄関の鍵が解錠される。


「ただいまー」


誰もいないと分かっていても毎日こうして家の中に声をかけるのは私の癖だ。


靴を脱いで玄関にあがり、明日の自分が履きやすいようにきちんと揃えた。


リビングの扉を開けると可愛いらしい出迎えが私の頬を緩ませた。


「ココアただいま!」


花白家で5年程前から飼っている女の子のチワワのココアは、毎日こうして帰ってくる家族に嬉しそうに尻尾を振って出迎えてくれる。


私はココアを抱き上げると、そのままソファーまで歩いて勢いよく腰掛けた。
ココアは私の顔を頻りに舐めて喜びを伝えてくる。


「ココア、今日もお留守番ありがとう」


ココアは私の言葉に尻尾を振り返事をする。
一つ一つの動作が愛らしくて頬が緩む。


ココアを膝に座らせながらテレビの電源を入れた。
リモコンでチャンネルを変えながらローカルテレビ局の番組を眺める。


私はテレビを流したまま、一旦制服を着替えるために二階の自分の部屋に上がった。


制服を畳み、洗うものと分け終わると適当な服に着替えを済ます。
ふと姿見に映った自分を見つめた。


なんの取り柄もない普通の女の子、乙葉みたいに美人ではないし、愛理先輩みたいに可愛くもない。
穂乃果先輩みたいにボーイッシュなのも私には似合わない。


体格だって太っているわけでもないし、痩せすぎているわけでもない。
身長だって、高くもなく低くもない。


私にも何か取り柄が欲しいと最近思うようになってきた。
一つだけ取り柄を挙げるなら髪の毛がサラサラしているとよく言われる事くらいだ。


だけど、髪型に至っては長く伸ばすこともなく、無造作に肩に着く前に切り揃えてある。


この髪型をかれこれ小学生から続けているから、今更変えることも考えなかった。


鞄から携帯を取り出すと、ココアの待つ一階のリビングに足を急がせた。


   リビングに戻ると再びココアを膝に乗せて、麦茶を飲みながらテレビを見た。


まだまだ残暑が厳しい中、ローカルのタレント達が農家の方にインタビューをしたりしていた。


暑いのに大変だな、と私は思っていた。
流れる汗が仕事に対しての情熱を伝えてくる。


一時間程経った頃、ココアが私の膝から飛び降りて玄関の方へ走って行った。


「ただいま」


ココアが私の次に出迎えたのは、私の母、花白香織だった。
母は、保育士をしていて近くの保育園に勤務している。大抵帰りは午後の6時頃でココアは6時前になると母の帰りを出迎える準備を始めるのだ。


「柚子お帰り、今日の夕飯はハンバーグにするから手伝ってね」


「お帰り、お母さん!お母さんの作るハンバーグ楽しみ」


私はリビングに入ってきた母に麦茶注いで手渡した。
母はそれを受け取るとゆっくりと麦茶を飲み干した。


「今日は暑かったね、子供達は倒れたりしてない?」


「今日は大丈夫だったけど、先週何人か具合悪くなっちゃった子がいてね…私達も気を付けてるんだけどね…」


母の顔に浮かんだ子供達を思い遣る表情が昔から大好きだった。
母は、じゃれ付くココアを抱き上げて私の膝に乗せるとエプロンを着けて台所へ入って行った。


私は現在、母と父とココアと暮らしている。
私には、姉が一人いるが今年から上京して一人暮らしを始めていた。
最初は姉のいない生活が寂しかったけど今は姉がいない分、ちょっとだけ責任感が付いてきた気がする。


私はココアを床に下ろして、母のいる台所へ足を運んだ。
母はハンバーグの材料をキッチンに広げて、まな板の上で玉葱を刻んでいた。


トントンッと心地の良い音と共に玉葱がだんだんに小さくなっていく。


私はその様子を暫くじっと観察していた。
母は慣れた手つきで次から次へとハンバーグを完成させるための工程を進めていく。


私はそれを眺めつつ、母に頼まれた作業をちょこちょことこなしていた。

 
 ジューっという、食欲をそそる音を奏でながら三つ分のハンバーグが温まったフライパンの上で焼かれていた。


私はそれを眺めながら、レタスをちぎって器に盛ってサラダの支度を始めた。


「お母さん、サラダ運んじゃうね」


「お願いね」


「はあい」


私は、レタスとトマトを盛り付けて簡単なサラダを食卓に運んだ。


リビングではココアが三人目の出迎えの為に準備をしていた。


「ただいま!おっココア、今日も出迎えありがとな」


ココアの予想通り、五分もしないうちに私のお父さん花白和人が帰って来た。


「お父さん、お帰り!今日の夕飯はお母さんの手作りハンバーグたよ」


「ただいま柚子、それは楽しみだな」


私の言葉を聞いたお父さんの表情は笑顔であふれていた。


それから、私達はいつものように三人で食卓を囲んだ。姉がいた頃を思い出すと少しだけ寂しい気持ちになる。


食事を済ましてから入浴を済ますと、寝る前に少しだけピアノの楽譜を見る。
コンクールも終わったばかりだからか少し気が抜けてしまっていて楽譜を家で見ることも少なくなっていた。


一時間くらい楽譜とにらめっこをしてから眠りについた。


私の人生は今までピアノと写真で満たされていた。
だけど姉がいなくなったり、乙葉に彼氏ができたり…。


受け止めなければいけない事だけど少しだけ逃げて来た自分がいて、夏のコンクールはそのせいかしっかり集中して取り組めなかった。


私には何にも取り柄がない。
最近の私はそんなことを気にしている。


私は両手で頬をつねった。


「いたい…」


自分で与えた痛みに少しだけ涙が浮かんだ。


「私にも、何か欲しいな」


私は溜息をついた。
溜息はやがて欠伸に変わり私はいつのまにか眠りについていた。


私もいつか素敵な人になりたい、そう思いながら。 


 

 

  

 
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