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私の初恋
** 初めてのラブレター
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キーンコーンカーン…。
「起立、ありがとうございました」
ホームルームが終わり、担任の葉月先生が教室から笑顔で出て行く様子を俺は横目で眺めていた。
「樹ぃー今日もバイトか?」
「おう…」
「何だよ、元気ねーな」
「うるさい!俺は今、葉月先生に裏切られて落ち込んでるんだ」
「何かあったのか?葉月先生と」
俺の顔を不思議そうに覗き込んでいたのはクラスメイトで一つ前の席の柏崎大輔だった。
柏崎は席が前後というもありよく話す友人だ。
俺は今日の教育相談の時に葉月先生に言われた言葉を思い出し、歯軋りをした。
記憶を遡る事二時間前…。
教育相談という名の二対一の貸し切った英語教室で俺は葉月先生に悩み事を聞かれた。
「上崎君は今、何か困ったり悩んだりしていることはありますか?」
俺は即座に答えた。
「先生!俺はどうやったらモテますか?いつになったら彼女が出来ますか?」
ふざけているような質問だが俺は至って真剣に相談していた。
これには色々な訳がある。
そんな惨めな俺を葉月先生は笑顔のまま見つめてこう言った。
「持って生まれた才能は決まっています…ですから上崎君は女性に対する運がないのかもしれません。でも上崎君はそのままでいた方が幸せだと、僕は思います。」
「先生…俺はこのままでいいんですか?」
「はい、上崎君はそのままでいて下さい。」
葉月先生の整った顔は何の取り柄もない俺を見下すように笑顔を讃えていた。
「失礼しました」
俺は唇を噛み締めて英語教室から出た。
葉月先生みたいなモテる男に相談したのが間違いだったと深く後悔した。
二時間前の出来事を大輔に話すと、頭上から笑い声が降ってきた。
「樹、どんまい!」
「笑うなよ…俺だってお前たちみたいになりたいんだよ…」
俺は大きな溜息をついた。
俺の友人達には皆、彼女がいた。
クラス一格好が良い岡本祐一郎には生きた人形のように可愛らしい顔をした梅原碧という彼女がいるし、こうして、俺の話を聞いている大輔にだって今年めでたく彼女が出来た。
幼馴染の山崎や中村だって高校一年生の頃から彼女がいて、俺だけ孤独感を味わっていた。
終いには俺は女子の罰ゲームに使われたり、岡本に対するラブレターを代行するように言われたり、希望など枯れ果てていた。
ラブレター代行係だって、岡本から拒否されるたびに惨め気持ちになった。
『直接渡せないような手紙なんて要らないから、上崎にあげる』
岡本は涼しい顔で毎回俺にそう言った。
やはりモテる男にはこの悲しみは分からないのだ。
落ち込んで机に突っ伏した俺に大輔は懲りずに話しかけてくる。
「元気出せよ!モテない樹も俺は好きだぜ」
「お前に好かれても嬉しくねーよ」
「ちょっとは喜べよ」
「てか、お前早く部活いけよ。中村達はもう行ったぜ」
大輔と山崎と中村はバスケットボール部に所属している。
大輔以外の二人はホームルームが終わると走って体育館に向かっていた。
なのに、大輔はここにいる。
理由は分かっているからあえて聞かない。
「水原待ちに俺を使うなよ」
「ばれてた?」
「はあ、どいつもこいつも…」
大輔が俺と話しているのは、彼女の水原が職員室に用があり戻って来ていないからで俺を励ますのは本来の目的ではないのは知っていた。
再び憂鬱になる俺はまた机と仲良くなろうとしていた。
「樹、呼ばれてる」
「は?」
「だから、呼ばれてる」
「誰に?」
俺は机から頭を上げて大輔を見た。
大輔は教室の入り口を指差していた。
俺が指差す方向に視線を向けると一人の女子生徒が頬を赤らめ立っていた。
あの顔…。
俺とは無縁の恋をしている顔…。
俺はゆっくり立ち上がると手を振り見送る大輔から離れてその子のところへ向かった。
その子は俺を見ると俯いてしまった。
俺はその子に見覚えがあった。
やっぱり…俺の嫌な予感は的中する。
俺はその子の手に持つ手紙を見て確信した。
一週間前、俺のバイト先に二人の女子高校生が来ていた。制服を見ると同じ学校だと分かった。
彼女達はバイト中の俺をじっと観察していた。
特に目の前にいる彼女は俺の方を凝視していた。
最初は何か商品に問題があったのかと思っていたけど、バイト先の霧島さんはあまりミスをしないからその可能性は低いし、だとしたらもう一つの可能性しかなかった。
『岡本宛のラブレターを届けに来た』
俺は今日、この場で彼女が大事そうに握っている手紙を見て確信した。
その子は俺にゆっくりとそれを差し出した。
「あのっ…初めまして!花白柚子と言います!これを読んでいただきたくて…」
俺は彼女の言葉を遮った。
「花白さん、悪いけど岡本には直接渡してくれないかな…俺伝いだと受け取ってもらえないからさ…ちゃんと直接渡した方がいいよ」
花白柚子と名乗った女子生徒は俺の言葉を聞いて俯いていた顔を上げた。
真っ赤に染まった頬が可愛らしい童顔の女の子だった。
「あの…岡本さんじゃなくて、上崎先輩に渡したくて…」
「えっ?岡本宛じゃないの?」
思わず口から出たのは驚きの言葉だった。
俺の確信はパターン2に移行した。
「分かった。ありがとう花白さん」
俺は花白さんから手紙を受け取った。
花白さんは俺の言葉を聞くとホッとしたように笑顔を浮かべ頭を下げてから走り去った。
俺は溜息をついた。
「パターン2だったか…あんな可愛い子まて俺をからかうのか…」
俺は花白さんから貰った手紙を手に持って教室に戻った。
教室からずっと俺を見ていた大輔がにやけ顔で待っていた。
「お帰り、ラブレターかよ!祐一郎宛?」
「残念、宛先は俺宛でした。」
「まじかよ!!!」
身を乗り出して驚く大輔に俺は寂しく笑った。
「大輔…パターン2だよ。俺はもう騙されないし、期待はしない」
「パターン2?」
俺の言葉に大輔が首を傾げた。
俺はもう騙されない。
これ以上傷つきたくなかった。
「パターン2っていうのは、罰ゲームだよ…きっとあの子も罰ゲームで俺を使ってるんだ…細谷もそうだっただろ」
細谷…あの事件で俺は絶望に叩きつけられた。
あの日のことは今でも胸に刺さっている。
「でもさ、あの子はそんな風には見えなかったけど、中身見てみたら?」
俺は首を横に振った。
「見たらきっとまた傷つくし、女子から嘘でもラブレターを貰った余韻に浸りたいから開けたくない」
大輔は苦笑いしていた。
「まあ、樹が貰ったんだから、開けないのもいいけどさ、マジだったらどうするんだよ」
「マジなわけないだろ。第一、あの子と話したこともないんだから」
「話したことなくてもさ、一目惚れとか」
俺は大輔の言葉に吹き出しそうになった。
「それはあり得ないだろ。」
「確かにな」
自分で言い出したくせに大輔からそう言われるとムッとしてしまった。
そんな俺を笑って楽しんでいた大輔だったが、待ち人の到来で俺から視線を外した。
「ごめん、大輔!遅くなった」
「おう。今、樹と話してたから大丈夫だ」
大輔に近寄ってきたのは大輔の彼女の水原真乃だった。水泳部の彼女はプールの塩素からか髪の色が薄くハーフのような顔立ちもあり、どこか上品な感じがあった。
大輔と真乃は俺に手を振り、教室から出て行った。
取り残された俺は花白さんから貰った手紙をカバンにしまって、立ち上がった。
時刻は午後4時30分。
俺は複数人残った教室から出るとバイト先に向かった。
俺のバイト先は身内が経営していて毎日のようにバイトに明け暮れていた。
店長兼、オーナーの叔父は俺が彼女がいないことをいいことに何かあればシフトに組み込んでいた。
今日も5時から9時まではバイト先で過ごす。
俺は大きな溜息をついた。
バイト…罰ゲーム…。
今日も俺には何もない。
ただただ一日が過ぎていこうとしていた。
今日も無事にバイトが終わり、バイト先のファミリーショップの裏にある自宅に帰り着いた。
叔父はファミリーショップの二階に住んでいるが、俺はその裏の叔父の実家に住んでいる。
祖父、祖母、父、母、兄、俺、弟、弟。
という家族構成で今まで暮らしてきた。
兄は去年から就職して東京に行ってしまった。
仲は悪くもなく、良くもなかったが、いざいなくなると寂しいところはあった。
「ただいま」
家に入ると制服のままリビングで夕飯を食べた。
弟たちは二人で風呂に入っているらしい。
まだ5歳と7歳だから仲良く毎日風呂に入っていた。俺は夕飯を済ますと自室のある二階に上がり携帯画面を開いた。
メッセージが一件と不在着信が一件入っていた。
メッセージも着信も中村広樹からのものだった。
俺は中村広樹に折り返し電話をかけてみた。
プルルルル、プルルルル、プルルルル。
3コール目で毎日聞いている頭の悪そうな声が俺の耳に入る。
「広樹でございまーす!」
どこかで聞いたことのある国民的アニメのような口ぶりで中村広樹が応答した。
中村広樹は俺の親友であり、エロマスター中村と呼ばれるくらい変態だったりする。
「樹でございまーす!ところで広樹、何の電話だった?」
広樹が思い出したように話し出した。
「大輔から聞いたんだけど、お前宛にラブレター貰ったらしいじゃん」
「それが何だよ…」
「開いてみて、罰ゲームかどうか確かめようぜ」
「お前は俺をからかってまたバカにするんだろ」
「まあまあ、開けてみたらどうだ?大輔がもし罰ゲームじゃなかったらって心配してたぞ」
「そこまで言うなら開けてみる。もし、罰ゲームだったら慰めてくれよ」
俺の言葉に広樹はしばらく笑っていたが俺は気にせず、カバンから今日貰ったラブレターを取り出して思い切って封を切った。
妙な緊張感が俺を包んだ。
また、罰ゲームなのは分かってる…でも、もしかしたら…。
「ん?」
「何だよ、樹?」
「写真が入ってる…」
「岡本の?」
「いや、違う」
「じゃあ、誰のだよ」
「俺」
広樹は一瞬黙り込んだ後に盛大な笑い声をあげた。
「罰ゲームも進化してるんだな!で?どんな内容の罰ゲームなんだ?」
広樹という奴はこうやって昔から俺をからかうネタを回収するために全力を尽くすから虚しくなる。
俺は封筒から俺の写った写真と手紙を取り出した。
手紙を広げて黙読した。
綺麗な字で俺の名前と本文が書いてある。
『上崎樹先輩へ
いきなり手紙を渡す運びになりすみません。
私は一年二組の花白柚子といいます。
体育祭の時に樹先輩の一生懸命に役職をこなす姿を見てから恥ずかしながら好きになっていました。
私は、写真部で体育祭の写真を撮っていましたが、気づけば樹先輩の写真を撮り続けていました。
いきなりで迷惑なのは承知していますが、私の気持ちを伝えさせて下さい。
樹先輩が好きです。
もしよろしければ連絡して下さい。
連絡先…。
花白柚子より』
俺は手紙を読み終えるとしばらく夢見心地で固まってしまった。
「おーい!樹?泣いてんのか?慰めてやるからどんな内容だったか教えてみ?」
広樹の声で我に返りもう一度手紙を見つめた。
夢じゃない…。
本物の俺宛のラブレター…。
「広樹…」
「何だよ?」
「俺、ラブレター貰った」
「は?何言ってんだ?」
「俺宛のラブレター貰ったんだよ!」
「まじかよ!!!」
「まじだ!どうしよう!俺、どうすればいいんだ!?」
人生で初めての経験に頭が真っ白になり、ちょっとしたパニックに陥った。
「うわっ」
「どうした樹??」
「鼻血出てきた…嬉しすぎて」
言葉の通り俺の鼻からは赤い液が流れてきた。
放課後のあの子は俺に恋をして頬を染めていたなんて思いもしなかった。
「樹!明日また詳しく聞くわ。母さんが風呂入れって煩いから切るわ」
「おう、またな」
俺は流れ出る鼻血と戦いながら手紙と写真を交互に見つめた。写真は体育祭の時の俺の写真で、用具係の襷が肩から下がっていた。
とりあえず落ち着いて考えないと…。
俺は深呼吸した後、走って部屋から出た。
一階までの階段を転びそうな勢いで走り下りる。
「母さーん!!!」
バタバタ音をさせて階下に着いた俺を母さんは目を丸くして見ていた。
「母さんあのさ…」
この日俺は人生初めての経験に心を踊らせていた。
花白柚子さん…。
本当にありがとう…。
自分宛のラブレターなんてもらう日が来るなんて思ってもみなかった。
「よしっ!」
俺は覚悟を決めて眠りについた。
明日は俺にとって大事な日になる。
一生の大事な日になる。
「起立、ありがとうございました」
ホームルームが終わり、担任の葉月先生が教室から笑顔で出て行く様子を俺は横目で眺めていた。
「樹ぃー今日もバイトか?」
「おう…」
「何だよ、元気ねーな」
「うるさい!俺は今、葉月先生に裏切られて落ち込んでるんだ」
「何かあったのか?葉月先生と」
俺の顔を不思議そうに覗き込んでいたのはクラスメイトで一つ前の席の柏崎大輔だった。
柏崎は席が前後というもありよく話す友人だ。
俺は今日の教育相談の時に葉月先生に言われた言葉を思い出し、歯軋りをした。
記憶を遡る事二時間前…。
教育相談という名の二対一の貸し切った英語教室で俺は葉月先生に悩み事を聞かれた。
「上崎君は今、何か困ったり悩んだりしていることはありますか?」
俺は即座に答えた。
「先生!俺はどうやったらモテますか?いつになったら彼女が出来ますか?」
ふざけているような質問だが俺は至って真剣に相談していた。
これには色々な訳がある。
そんな惨めな俺を葉月先生は笑顔のまま見つめてこう言った。
「持って生まれた才能は決まっています…ですから上崎君は女性に対する運がないのかもしれません。でも上崎君はそのままでいた方が幸せだと、僕は思います。」
「先生…俺はこのままでいいんですか?」
「はい、上崎君はそのままでいて下さい。」
葉月先生の整った顔は何の取り柄もない俺を見下すように笑顔を讃えていた。
「失礼しました」
俺は唇を噛み締めて英語教室から出た。
葉月先生みたいなモテる男に相談したのが間違いだったと深く後悔した。
二時間前の出来事を大輔に話すと、頭上から笑い声が降ってきた。
「樹、どんまい!」
「笑うなよ…俺だってお前たちみたいになりたいんだよ…」
俺は大きな溜息をついた。
俺の友人達には皆、彼女がいた。
クラス一格好が良い岡本祐一郎には生きた人形のように可愛らしい顔をした梅原碧という彼女がいるし、こうして、俺の話を聞いている大輔にだって今年めでたく彼女が出来た。
幼馴染の山崎や中村だって高校一年生の頃から彼女がいて、俺だけ孤独感を味わっていた。
終いには俺は女子の罰ゲームに使われたり、岡本に対するラブレターを代行するように言われたり、希望など枯れ果てていた。
ラブレター代行係だって、岡本から拒否されるたびに惨め気持ちになった。
『直接渡せないような手紙なんて要らないから、上崎にあげる』
岡本は涼しい顔で毎回俺にそう言った。
やはりモテる男にはこの悲しみは分からないのだ。
落ち込んで机に突っ伏した俺に大輔は懲りずに話しかけてくる。
「元気出せよ!モテない樹も俺は好きだぜ」
「お前に好かれても嬉しくねーよ」
「ちょっとは喜べよ」
「てか、お前早く部活いけよ。中村達はもう行ったぜ」
大輔と山崎と中村はバスケットボール部に所属している。
大輔以外の二人はホームルームが終わると走って体育館に向かっていた。
なのに、大輔はここにいる。
理由は分かっているからあえて聞かない。
「水原待ちに俺を使うなよ」
「ばれてた?」
「はあ、どいつもこいつも…」
大輔が俺と話しているのは、彼女の水原が職員室に用があり戻って来ていないからで俺を励ますのは本来の目的ではないのは知っていた。
再び憂鬱になる俺はまた机と仲良くなろうとしていた。
「樹、呼ばれてる」
「は?」
「だから、呼ばれてる」
「誰に?」
俺は机から頭を上げて大輔を見た。
大輔は教室の入り口を指差していた。
俺が指差す方向に視線を向けると一人の女子生徒が頬を赤らめ立っていた。
あの顔…。
俺とは無縁の恋をしている顔…。
俺はゆっくり立ち上がると手を振り見送る大輔から離れてその子のところへ向かった。
その子は俺を見ると俯いてしまった。
俺はその子に見覚えがあった。
やっぱり…俺の嫌な予感は的中する。
俺はその子の手に持つ手紙を見て確信した。
一週間前、俺のバイト先に二人の女子高校生が来ていた。制服を見ると同じ学校だと分かった。
彼女達はバイト中の俺をじっと観察していた。
特に目の前にいる彼女は俺の方を凝視していた。
最初は何か商品に問題があったのかと思っていたけど、バイト先の霧島さんはあまりミスをしないからその可能性は低いし、だとしたらもう一つの可能性しかなかった。
『岡本宛のラブレターを届けに来た』
俺は今日、この場で彼女が大事そうに握っている手紙を見て確信した。
その子は俺にゆっくりとそれを差し出した。
「あのっ…初めまして!花白柚子と言います!これを読んでいただきたくて…」
俺は彼女の言葉を遮った。
「花白さん、悪いけど岡本には直接渡してくれないかな…俺伝いだと受け取ってもらえないからさ…ちゃんと直接渡した方がいいよ」
花白柚子と名乗った女子生徒は俺の言葉を聞いて俯いていた顔を上げた。
真っ赤に染まった頬が可愛らしい童顔の女の子だった。
「あの…岡本さんじゃなくて、上崎先輩に渡したくて…」
「えっ?岡本宛じゃないの?」
思わず口から出たのは驚きの言葉だった。
俺の確信はパターン2に移行した。
「分かった。ありがとう花白さん」
俺は花白さんから手紙を受け取った。
花白さんは俺の言葉を聞くとホッとしたように笑顔を浮かべ頭を下げてから走り去った。
俺は溜息をついた。
「パターン2だったか…あんな可愛い子まて俺をからかうのか…」
俺は花白さんから貰った手紙を手に持って教室に戻った。
教室からずっと俺を見ていた大輔がにやけ顔で待っていた。
「お帰り、ラブレターかよ!祐一郎宛?」
「残念、宛先は俺宛でした。」
「まじかよ!!!」
身を乗り出して驚く大輔に俺は寂しく笑った。
「大輔…パターン2だよ。俺はもう騙されないし、期待はしない」
「パターン2?」
俺の言葉に大輔が首を傾げた。
俺はもう騙されない。
これ以上傷つきたくなかった。
「パターン2っていうのは、罰ゲームだよ…きっとあの子も罰ゲームで俺を使ってるんだ…細谷もそうだっただろ」
細谷…あの事件で俺は絶望に叩きつけられた。
あの日のことは今でも胸に刺さっている。
「でもさ、あの子はそんな風には見えなかったけど、中身見てみたら?」
俺は首を横に振った。
「見たらきっとまた傷つくし、女子から嘘でもラブレターを貰った余韻に浸りたいから開けたくない」
大輔は苦笑いしていた。
「まあ、樹が貰ったんだから、開けないのもいいけどさ、マジだったらどうするんだよ」
「マジなわけないだろ。第一、あの子と話したこともないんだから」
「話したことなくてもさ、一目惚れとか」
俺は大輔の言葉に吹き出しそうになった。
「それはあり得ないだろ。」
「確かにな」
自分で言い出したくせに大輔からそう言われるとムッとしてしまった。
そんな俺を笑って楽しんでいた大輔だったが、待ち人の到来で俺から視線を外した。
「ごめん、大輔!遅くなった」
「おう。今、樹と話してたから大丈夫だ」
大輔に近寄ってきたのは大輔の彼女の水原真乃だった。水泳部の彼女はプールの塩素からか髪の色が薄くハーフのような顔立ちもあり、どこか上品な感じがあった。
大輔と真乃は俺に手を振り、教室から出て行った。
取り残された俺は花白さんから貰った手紙をカバンにしまって、立ち上がった。
時刻は午後4時30分。
俺は複数人残った教室から出るとバイト先に向かった。
俺のバイト先は身内が経営していて毎日のようにバイトに明け暮れていた。
店長兼、オーナーの叔父は俺が彼女がいないことをいいことに何かあればシフトに組み込んでいた。
今日も5時から9時まではバイト先で過ごす。
俺は大きな溜息をついた。
バイト…罰ゲーム…。
今日も俺には何もない。
ただただ一日が過ぎていこうとしていた。
今日も無事にバイトが終わり、バイト先のファミリーショップの裏にある自宅に帰り着いた。
叔父はファミリーショップの二階に住んでいるが、俺はその裏の叔父の実家に住んでいる。
祖父、祖母、父、母、兄、俺、弟、弟。
という家族構成で今まで暮らしてきた。
兄は去年から就職して東京に行ってしまった。
仲は悪くもなく、良くもなかったが、いざいなくなると寂しいところはあった。
「ただいま」
家に入ると制服のままリビングで夕飯を食べた。
弟たちは二人で風呂に入っているらしい。
まだ5歳と7歳だから仲良く毎日風呂に入っていた。俺は夕飯を済ますと自室のある二階に上がり携帯画面を開いた。
メッセージが一件と不在着信が一件入っていた。
メッセージも着信も中村広樹からのものだった。
俺は中村広樹に折り返し電話をかけてみた。
プルルルル、プルルルル、プルルルル。
3コール目で毎日聞いている頭の悪そうな声が俺の耳に入る。
「広樹でございまーす!」
どこかで聞いたことのある国民的アニメのような口ぶりで中村広樹が応答した。
中村広樹は俺の親友であり、エロマスター中村と呼ばれるくらい変態だったりする。
「樹でございまーす!ところで広樹、何の電話だった?」
広樹が思い出したように話し出した。
「大輔から聞いたんだけど、お前宛にラブレター貰ったらしいじゃん」
「それが何だよ…」
「開いてみて、罰ゲームかどうか確かめようぜ」
「お前は俺をからかってまたバカにするんだろ」
「まあまあ、開けてみたらどうだ?大輔がもし罰ゲームじゃなかったらって心配してたぞ」
「そこまで言うなら開けてみる。もし、罰ゲームだったら慰めてくれよ」
俺の言葉に広樹はしばらく笑っていたが俺は気にせず、カバンから今日貰ったラブレターを取り出して思い切って封を切った。
妙な緊張感が俺を包んだ。
また、罰ゲームなのは分かってる…でも、もしかしたら…。
「ん?」
「何だよ、樹?」
「写真が入ってる…」
「岡本の?」
「いや、違う」
「じゃあ、誰のだよ」
「俺」
広樹は一瞬黙り込んだ後に盛大な笑い声をあげた。
「罰ゲームも進化してるんだな!で?どんな内容の罰ゲームなんだ?」
広樹という奴はこうやって昔から俺をからかうネタを回収するために全力を尽くすから虚しくなる。
俺は封筒から俺の写った写真と手紙を取り出した。
手紙を広げて黙読した。
綺麗な字で俺の名前と本文が書いてある。
『上崎樹先輩へ
いきなり手紙を渡す運びになりすみません。
私は一年二組の花白柚子といいます。
体育祭の時に樹先輩の一生懸命に役職をこなす姿を見てから恥ずかしながら好きになっていました。
私は、写真部で体育祭の写真を撮っていましたが、気づけば樹先輩の写真を撮り続けていました。
いきなりで迷惑なのは承知していますが、私の気持ちを伝えさせて下さい。
樹先輩が好きです。
もしよろしければ連絡して下さい。
連絡先…。
花白柚子より』
俺は手紙を読み終えるとしばらく夢見心地で固まってしまった。
「おーい!樹?泣いてんのか?慰めてやるからどんな内容だったか教えてみ?」
広樹の声で我に返りもう一度手紙を見つめた。
夢じゃない…。
本物の俺宛のラブレター…。
「広樹…」
「何だよ?」
「俺、ラブレター貰った」
「は?何言ってんだ?」
「俺宛のラブレター貰ったんだよ!」
「まじかよ!!!」
「まじだ!どうしよう!俺、どうすればいいんだ!?」
人生で初めての経験に頭が真っ白になり、ちょっとしたパニックに陥った。
「うわっ」
「どうした樹??」
「鼻血出てきた…嬉しすぎて」
言葉の通り俺の鼻からは赤い液が流れてきた。
放課後のあの子は俺に恋をして頬を染めていたなんて思いもしなかった。
「樹!明日また詳しく聞くわ。母さんが風呂入れって煩いから切るわ」
「おう、またな」
俺は流れ出る鼻血と戦いながら手紙と写真を交互に見つめた。写真は体育祭の時の俺の写真で、用具係の襷が肩から下がっていた。
とりあえず落ち着いて考えないと…。
俺は深呼吸した後、走って部屋から出た。
一階までの階段を転びそうな勢いで走り下りる。
「母さーん!!!」
バタバタ音をさせて階下に着いた俺を母さんは目を丸くして見ていた。
「母さんあのさ…」
この日俺は人生初めての経験に心を踊らせていた。
花白柚子さん…。
本当にありがとう…。
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