フォーカスレンズであなたをのぞいて…

はるの すみれ

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私の初恋

* レンズに写る二人の恋

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  『続いて台風情報です、気象予報士の松田さんお願いします』


  私はココアを膝に抱いたまま金曜日の天気予報を目を凝らして見つめていた。私がこんなにもテレビに釘付けなっているのには理由があった。


  金曜日は私の学校の体育祭が予定されていて樹君の最後の体育祭の晴れ姿を撮影したい私にとっては天気が悪いことは望ましくなかった。


  気象予報士は私の気持ちとは裏腹に悲しい現実を口にした。


  『台風は南から北に向かって日本列島を縦断します、金曜日の朝には強い風と雨が関東地方を襲うでしょう』


  がくんとうな垂れた私を励ますようにココアが顔を舐めてくれた。


  「ココア~どうしよう…雨だって…せっかく樹君の晴れ姿を撮影しようとおもってたのに…」


  私の顔を舐め続けてくれるココアを撫でていると私の携帯に一軒のメッセージが入った。


  メッセージを開くと私の悲しみがすぐに吹き飛んだ。画面に表示されていたのは樹君からのメッセージで私の今の状況を全て見透かしているかのようなタイミングに驚いた。


  『柚子知ってるか?台風で体育祭延期らしいぜ、日曜日に変わるらしいからバイト休みになってラッキー!柚子との時間が増えて嬉しい!日曜日だから一般の観客も増えると思うから俺がいないときは用具係のテントに来てくれればいるからな!じゃあまたな』


  メッセージを読み終えた私はココアを抱きしめながら樹君のメッセージを読み返して頬を緩めた。私との時間が増えて嬉しいなんて樹君の言葉が胸に染みて暖かくなる。


  私は樹君にメッセージを返した。


  『いま、台風情報を見て嘆いてたところだったの、タイミングがよくてびっくりした!私も樹君と過ごせる時間が増えるのは嬉しいよ!日曜日頑張ろうね!用具係のテントにも遊びに行くね!』


  メッセージに既読がつくと樹君から可愛らしい犬のキャラクターのスタンプが返ってきた。


  私も樹君のスタンプを見習って可愛いスタンプで返信した。


  一般の人も見にこれるならお父さんとお母さんも誘おうかな。

 そんなことを考えていると時間が経つのはあっという間だった。


   私は早速、父と母が帰宅すると体育祭のことを伝えた。

 父は仕事があるから来れるか分からないけど母は観に来てくれると言ってくれた。

  私は体育祭当日のために家で縄跳びの練習をしたり少しでも足が速くなるように動画を見たりして本番に備えていた。

  私が出る種目は大縄跳びと綱引きと短距離走でじゃんけんで負けて短距離走に出る羽目になってしまってかなり緊張していた。

  去年は写真を撮れるだけで舞い上がっていたのに今年は短距離走という重りが私を苦しめていた。

  短距離走さえなければ写真も撮れるし、樹君とも話せるし幸せだったのに…。

  そんなことを考えながら迎えた体育祭当日は台風一過の爽やかな晴れ空が広がっていた。

  体育祭を飾り付ける軽快なクラッシックが流れて生徒達は盛り上がりを見せていた。

 写真部は朝一番に去年同様部室に集まって葉月先生からカメラを渡された。

 「おはようございます、あれ?花白さん元気がないですね?去年はカメラを渡したらとても嬉しそうでしたが今年は何か嫌なことでもありましたか?」

  私は昔からわかりやすいと言われるがきっと顔に出ているのだろう。現に葉月先生を心配させてしまっている。 


  
  私は首を横に振ると口を開いた。


  「写真を撮れる事は嬉しいのですが、じゃんけんで負けてしまって短距離走に出る事になっちゃって…私足が遅いから恥ずかしくて…」 


  私が口ごもっていると葉月先生はにっこりと微笑み私を慰めてくれた。


  「大丈夫ですよ花白さん、人間には得意不得意が必ずあります、だけど花白さんが一生懸命に取り組めば見ている人には必ず花白さんの一生懸命は伝わりますよ、だから安心して走ってください!せっかくだから楽しまないと損ですよ」


  葉月先生の優しさが身にしみて思わず泣きそうになった。


 私と葉月先生のやりとりを見ていた穂乃果先輩と乙葉と霧島君は黙って頷いていた。


  「さあ、皆さん今年もたくさん写真を撮ってくださいね!」


 「はい!」


 写真部のみんなは葉月先生の言葉に返事をすると部室を後にした。


  教室に戻ると体育祭のやる気に溢れた生徒達が賑わいを見せていた。


  私は乙葉は体育祭のことをそっちのけカメラの話を始めた。 


    「乙ちゃん!私今年はCASIOのカメラ使うつもりだけど来年は午前と午後で使うカメラ分けたりしたいな…同じ写真の撮り比べもいいよね…ああ楽しみ!」


  「もう来年の話!?柚子ったら気が早いんだから!さっきまで短距離走のことでげっそりしてたのに葉月先生のカウンセリング能力は有力ね、もうすっかり忘れちゃってるんだもんね、柚子らしいといえばそうだけど…聞いてる?」


  私は乙葉の話を全く聞いておらずCASIOのカメラに夢中になっていた。


  「ああ、ごめん!聞いてなかった」


 「もう、柚子ったら…上崎先輩も苦労するわね」


 「えっ!?樹君が何!?」


 「ううん、なんでもないの」


 私が首を傾げていると乙葉は肩をすくめてみせた。




  ホームルームが終わると生徒達は校庭に集まっていく。私と乙葉は霧島君と合流した後に用具係のテントの前にやって来た。


 「樹君!!!おはよう」


 私はテントの中に会いたかった人影を見つけ駆け寄った。


  「おはよう柚子!今日は暑いから熱中症に気をつけろよ!水はちょこちょこ飲んで具合悪くなったらすぐ誰かに言うんだぞ!汗かいたらちゃんと拭いて風邪ひかないようにしろよ!それから準備運動はしっかりしないとアキレス腱を…」


  お母さんのように私を心配してくれる樹君に涙がにじむくらい嬉しくなる。


  「樹君…ありがとう…嬉しくて泣きそう」


  「おいおい泣くなよ、ほら早くしないと開会式始まるから!また後でここに来いよ、ほとんどここから動かないからな」


 「うん!分かった!樹君も熱中症に気をつけてね!また後でね」


  樹君に手を振って開会式のために列に並んだ。今日は日曜日ということと一般の立ち入りも許可されているもあり去年より観客が目に見えて多かった。


  教頭先生の開会宣言で幕を開けた体育祭は一年生の短距離走から始まった。


 私は文化祭の展示物のために一年生の走る姿をレンズに収めていった。


 そのほかの競技も5枚ずつくらいで写真を撮って確認していく。


  乙葉達は去年と同様に学校の有名どころを写真に収めに回っていた。 


  
    競技も淡々と進んでいく中、私の出る短距離走の時間がやってきた。


  乙葉を探し出してカメラを預けて重たい足を引きずりながら入場口に集まっていると、短距離走の次の競技の大玉ころがしの玉を移動させている最中の樹君と目が合って胸が高鳴った。


  付き合って一年経つのに胸のドキドキは相変わらず止まらなくて私に頑張れよと口パクでメッセージを送って立ち去る姿をずっと見つめ続けていた。


  「はあ…格好いい…よし!頑張れ私!」


  思わず声に出ていた心の声は周りの人たちに聞かれていて皆の視線が私に集まってしまい恥ずかしくてしゃがみこんだ。


  『二年生女子短距離走』


  放送部のアナウンスと同時に出場する生徒が入場し始めた。


  私は二組目でのんびりしている間もなくスタートラインについていた。


  『位置について、よーいドン!』


  パンっと乾いスタートの合図が聞こえ、私は一生懸命に走り出した。だんだん皆と距離が開き始めるが今日の私は周りの目より自分が楽しめればそれでいいと考えながら走っていた。


  結果は最下位だったが今までで一番清々しく走り切れたようなそんな気がした。


  私が退場して乙葉から預けていたカメラを受け取り次の競技の写真を撮る支度をしていると私の首にひんやりとした何かが当たってゆっくりと振り向いた。


 「いっ、樹君!?あれ?!係の仕事は?」


  振り返った先には大好きな樹君が立っていて、私の鼓動はだんだんと速度を上げていく。


  「お疲れさん、汗かいてるだろ?飲めよ!この次の競技に出るから係の仕事はお預けなんだ、だからクラスのテントに行ってきたところに柚子を見かけたから声かけた、柚子の分もスポーツドリンク用意しててよかったよ、まだあるからどんどん飲めよな」


  「いただきます!樹君何の競技に出るの?」


  私は樹君から渡されたスポーツドリンクの蓋を開けて喉を潤した。


  「ん、俺も短距離走に出るんだ、中村が腹が痛いから出たくないとか言い出しやがって代理で葉月先生から指名されて急遽な…ま、頑張るから見ててくれよ!」 


    「うん!応援してるね!写真も沢山撮るっ!」


  意気込む私に優しく微笑んだ樹君は私の頭を優しく撫でてくれた。


  「わっ…樹君…恥ずかしいよぉ」


  「一生懸命走ってる柚子も可愛いかったぞ!俺も頑張ってくるか!」


  「うん!いってらっしゃい」


  爽やかに走り去る樹君に手を振って見送りながら樹君が撫でてくれた頭に残る体温を感じて頬が緩んだ。


  去年の体育祭で初めて恋をしたのが樹君で良かった。心からそう思った。


  私は樹君を撮影するために競技の見えやすい位置に移動していると後ろから誰かに声をかけられた。


 「おーい柚子ちゃん」


  「?」


 私が振り返ると樹君の友達の中村宏樹先輩がそこには立っていた。


 あれ?確か腹痛が酷い中村先輩の代わりに短距離走に出るって行ってたような気がしたけど、目の前の中村先輩は至って元気そうだった。


  「あれ?中村先輩腹痛は大丈夫なんですか?」


  私の質問に中村先輩は苦笑いしながら答えてくれた。


  「樹は優しいから俺の下手な演技に引っかかってくれたんだ、俺が走るより明らかに樹の方が足早いしな」


  「腹痛じゃなくてよかったです、体育祭の日に具合が悪いのは大変ですから…樹君って足早いんですか?」


  中村先輩が元気なのに安心しながらも樹君の話に食いついている私がいた。


  「ありがとう柚子ちゃん、柚子ちゃんも樹と一緒で優しいな…ああ見えて樹は中学まで陸上やってたからな」


  「へえーそうなんですか!?初めて知りました!もっと樹君のこと知りたいです!」


  中村先輩は私に笑顔を浮かべながら口を開いた。


  「本人から沢山聞けばいいよ、柚子ちゃんにならなんでも話してくれるよ…柚子ちゃんにベタ惚れだからな樹」


  「私に!?私なんかにですかっ!?」


  「口を開けば柚子ちゃんの自慢ばっかりだよ…あいつの幸せそうな顔は柚子ちゃん作ってるんだよ」


  中村先輩の言葉を聞いた私は目尻に涙が浮かぶのを感じて指でそっと拭った。


  「ありがとうございます!中村先輩!私、もっと樹君にもっと好きになってもらえるように頑張ります!そろそろ始まりますね、それじゃあ失礼します!」
 

  私に向かって手をひらひらと振る中村先輩に頭を下げてグラウンドに近い場所までやって来た。


  カメラを構えて待っていると三年生男子が入場して走る順番に並び始めた。


  樹君は二組目の走者であっという間に名前を呼ばれてスタート位置についた。


  パンっと乾いたピストルの音が響くと樹君達は一斉に走り始めた。


  樹君を目で追いながらカメラのシャッターを切った。樹君は二番目を走っていて一番先頭を走っていたのは樹君の友達の柏崎大輔先輩だった。


  汗を流しながら走る樹君の姿は格好が良くて自然と視線を合わせてしまう。


 私は一般の人の声援に合わせて樹君を精一杯応援してみた。


  「樹君頑張れ!!!」


  私は頑張る三年生の姿を写真で収めながら樹君が完走するのを見守った。


  結果、樹君は二位でゴールして一位は柏崎大輔先輩が維持して笑顔で完走した。


  走り終わった樹君は柏崎先輩と笑顔で何やら楽しげに話していた。


  午前中の競技も順調に進んで私が出る競技も全てこなしてほっとしながら用具係のテントに樹君に会うために立ち寄った。


  私は用意してきた冷やしたタオルを保冷バッグから取り出して樹君に手渡した。


   「スポーツドリンクありがとう、はい、これ!冷やして来たから冷たいよ」


  樹君はタオルを手にとると首や額に当てて嬉しそうな顔で私を見つめた。


  「ありがとうな柚子!気持ちよかった」


  「喜んでもらえてよかった!樹君、格好良かったよ」


  「ん?俺なんかしたか?」


  「樹君の走る姿見れて良かった!中村先輩に感謝しなきゃ」


  「なんだよ、恥ずかしいな、宏樹と話したんだって?あいつ仮病だったんだぜ…走り損かと思ったけど柚子が褒めてくれたから頑張って良かったよ、まあ、大輔には勝てなかったけどな」


  私は首を横に振った。


  「順位なんて関係ないよ、すっごく格好良かった!樹君足早いんだね」


  「昔、陸上してたからな…高校になってからバイト始めたから辞めちゃったけど」


 「そうだったんだね!樹君は何をしても格好良くてドキドキしちゃうよ」


  思わず素直な感想をこぼした後に恥ずかしくなって顔を手で覆いながらしゃがんだ。 


    「おっおい!そんなに言われると照れるだろ…」


 うずくまり続ける私の頭を樹君は優しく撫でてくれた。午前中の競技が終わると樹君と私、霧島君と乙葉の四人で昼食を摂った。


  「いただきます」


  今日は、乙葉達も見ていて恥ずかしいから樹君にお弁当を作ってこなかったけど、皆で食べるためにクッキーを焼いて用意してきた。


  「んー、美味い!柚子、卵焼き交換しようぜ」


  「はい、私の卵焼きカニカマ入ってるけど食べれる?」


  「うお!美味そう!いただきます!」


  嬉しそうに私のあげたカニカマ入りの卵焼きを堪能する樹君を見ていると私まで幸せになってくる。


  「崎先輩煩いし喧しいし、食べながら話すなよ」


 「煩い後輩だな黙って食えよな!本当に可愛くないやつ」


  「お褒めいただきありがとうございます」


  「褒めてねーよ」


  「仲良いね二人とも」



 私が二人のやりとりを聞いていて思ったことを口に出すと樹君と霧島君は息ぴったりに私に言い返してきた。


  「仲良くない!!!」


  本当に仲良しなんだなと思い、私は笑みをこぼした。


  「ふふっ仲良しだね、よく分かったよ!」


  私のこぼした笑みにつられて乙葉も吹き出していた。


  皆の昼食が済んだ頃に私は作ってきたクッキーを皆に配った。
 食べきれないと困るだろうから一人ずつラッピングして用意してきていた。


  皆に配り終え、樹君の方をちらりと覗き見ると樹君もこっちを見ていて優しく微笑んでくれた。
 樹君のこういう仕草に私の心臓はすぐに反応してしまって体中が熱くなる。


  そんな私を置いていくように時間はどんどん過ぎていて気がつくと午後の競技の始まりを告げるアナウンスが私たちの耳に入ってきた。 


    「午後も一杯写真撮るぞー!」


  気合の入った私は樹君に手を振りながらグラウンドに走って行こうとした。


  「柚子っ!わかりやすいところにいろよ」


  「えっ!?」


  樹君の言葉の意味を知りたくて急いで振り返ったけど樹君は右手をひらひらと振りながら爽やかに走り去って行った。
 私はその様子を樹君が遠くなって見えなくなるまで見つめていた。


  「わかりやすいところってどこだろう?それに、何のことかな?きっとすぐに分かるよね」


  独り言を盛大に呟きながらグラウンドの端っこまで移動するとカメラを構えて入場してきた生徒を撮影し始める。






  午後の競技も順調に進み自分でも満足のいく出来の写真もいくつか撮れた。


  午後の競技のほとんどは三年生の競技が占めているため高校生活最後の体育祭の思い出を私の撮った写真を見て喜ぶ人がいて欲しいな、という気持ちもこもり写真を撮る事に集中出来た。


  三年生の組体操を樹君と穂乃果先輩を探しながらシャッターを何回か切ったところで誰かが私の肩を優しく叩いて振り返った。


  「お父さん!?お母さん!?」


  私の視界には仕事帰りに立ち寄ってくれたのかスーツ姿の父と母が写っていた。驚いて目を丸くしていると父は優しい笑顔を浮かべながら口を開いた。


  「柚子!探したよ」


  「お父さん達来てくれたんだ!ちょうど今午後の競技が始まったところだよ、私が出る競技は午前中だったから後は写真に集中出来るんだ」


  「そうか、それは残念だな、せっかく柚子の走る姿を見に来たのに」


  「高校生にもなってお父さん達に走る姿見られるなんて恥ずかしいよぉ」


 「いいじゃないか、いつまでたっても娘は娘なんだからな」


  「お父さんったら恥ずかしいよぉ」


  私が照れていると父は爽やかに笑っていた。
 他の人から見たら親バカかもしれないけれど私は父と母に大事にされているのを肌で感じることができる幸せ者だと昔から思っている。


 だって、私が今こうして幸せに生きているのは両親が育ててくれたからだ。


  「柚子、お手洗い何処かにあるかな?」


  私が物思いに耽っていると背後の父から話しかけられハッと我に帰った。 


    「お手洗いはこっちだよ」


  私が父を案内し始めると、次の競技の始まりを告げるアナウンスが響いていた。


  『次の競技は三年生による借り物競争です』


  借り物競争には樹君も参加するって言っていたから早く戻りたいけどせっかく時間を割いてまで父と母が来てくれているのを放って置くわけには行かなくて父がお手洗いを済ませるのを待っていた。


  「悪いな柚子、助かったよ父さんたち帰るから頑張って写真撮るんだぞ!水分はちゃんと摂れよ」


 お手洗いから戻って来た両親とさっきまでいた位置まで戻るのに少し時間がかかってしまった。
 三年生の借り物競争は生徒達が楽しみにしている競技だし、一般の人が沢山見に来ている事でお手洗いも混み合っていた。


  樹君の番がまだ来てなければいいな。


  なんて考えながら父と母と別れ際の話をしていた時。


  「柚子!!!」


  大きな声で私を呼ぶ声がして振り返ってみると、私の前には息を切らした樹君が立っていて私に走って近寄って来た。


  「いっ樹君!?」


 驚く私と両親が呆然と立ち尽くしていると樹君は私に近寄り私の手を引いて歩き始めた。


  「柚子、行くぞ!めちゃくちゃ探したんだからな!」


  慌てた様子の樹君と目を丸くする両親を交互に見ていると樹君が両親に気付いて頭を軽く下げて会釈した。


 きっと急いでいるから挨拶する余裕もないのだろう。表情を見ていればすぐにわかった。


  「よし、柚子っ最下位は確定だけど全力で走るから捕まってろよ!」


  「えっ!?」


  私が何か言う前に樹君は私の体を軽々と持ち上げでお姫様抱っこした。
 恥ずかしさから樹君の肩に顔を当てると樹君の体温を感じて余計にドキドキしてしまった。


  「いっ、樹君…?」


  「柚子のせいだからな!わかりやすいところにいろって言っただろ?」


  「えっ?」


  「話は後からな!」


  笑顔で話す樹君から顔を上げて周りを見ると私はグラウンドで樹君にお姫様抱っこされながら皆の視線を集めていた。


  私の頭が現実を理解するのに時間がかかるほど不思議な光景が広がっていて、まるで夢のような時間だった。 


    『上崎さんが探し人を見つけて来たみたいですよ!二人で仲良くゴールを目指します』


  頭が追いつかない私に、放送部の楽しげなアナウンスが響いて恥ずかしくなる。


  『頑張れー!』 『ラブラブだな!』 『樹!!!』


 樹君を応援する声を聞きながら私はただ樹君の肩にしがみついていた。


  葉月先生が笑顔で待つゴールラインを越えると樹君は私をそっと地面に降ろしてくれた。


 すぐさま汗を拭う樹君にマイクを向けた放送部員がやってきた。


  『上崎さんの借り物のお題を最後にもう一度お願いします』


 私の頭はようやく追いついて、樹君がなんのために私を探していたのかに気がついた。
 樹君は何のお題を引いて私を探していたのだろうか、気になって息を飲んだ。


  樹君を見つめながら答えを待っていると樹君は顔を赤くしながら私の手を握って口をゆっくりと開いた。


  「俺の引いたお題は」


  ドキドキと心臓が音を立ててなり始める。


  「将来左手の薬指に指輪をはめてあげたい人でした!」


  「えっ!!!?」


  驚いて口を開けたまま立ち尽くす私と照れた樹君に放送部員が上手く声をかけてこの場を締めくくった。


  『上崎さん、格好良かったですよ!末永くお幸せに!ありがとうございました』


  グラウンドから溢れそうなくらいの拍手が送られて恥ずかしくて体中が熱くなった。


  樹君に手を引かれて退場する途中で樹君をちらりと見ると樹君も照れた表情を浮かべていた。


 「いっ、樹君、あの…」


「ちゃんと指輪はめてやるからな」


  「………。」


  「柚子?」


  私なんかでいいの?なんて聞こうとしたら樹君に先を越されてドキドキが止まらなくなってしまった。
 樹君といると心臓が壊れてしまうんじゃないかと心配になる。


  「…ドキドキしすぎて思うように話せないよ…」


  「可愛い…」


  「可愛いなんて言われたらまたドキドキしちゃう」


  「しょうがないだろ素直な感想だからさ」


  樹君は私に笑顔を向けてくる。私は樹君を直視できないまま樹君に手を引かれて歩いていた。 


    まだ競技は途中のため樹君は私が写真を撮っていた場所まで誘導してくれるとグラウンドに走り去ろうとしていた。


  私はその時までさっきまで私が何をしていたをすっかり忘れていた。


  「柚子?」


  「おっお父さん!!」


  私の声に樹君も気付いて足を止めて近寄って来た。


  「さっきのは誰かな?」


  私はまだ父にお付き合いしている人がいる事を話したことがなかった。母は私のたじろぐ姿を面白いものを見ているような目で見つめていた。


  「えっと…あの、さっきの人は私がお付き合いしている人です」


  私は父の顔を見るのが怖くて目を逸らしながら答えた。その直後に私の肩を優しく叩く人に気付いて少しだけ緊張感が溶けた。


  「初めまして、上崎樹と言います、柚子さんとお付き合いをさせてもらってます、挨拶が遅れて申し訳ありません」


  私に救いの手を差し伸べたのは樹君だった。
 高校生とは思えない丁寧な挨拶を聞いているとバイトで大人の人達と働いているのが樹君の礼儀正しさを作り上げているんだなと実感した。


  「こちらこそ初めまして、柚子の父です」


  「こんな形で挨拶をする事になってしまってすみません」


  「上崎君、ご丁寧にありがとう、柚子にこんなに素敵彼氏がいたなんて驚いたな、今度ゆっくり話をしよう、じゃあ父さん達は帰るからな!」


  「はい、ありがとうございます!」


 樹君は丁寧に頭を下げると父と母は笑顔で私達に手を振って歩き去って行った。


 父と母の姿が見えなくなると樹君はふうっと息を息を吐いた。


  「ふうっ、緊張した…」


  「樹君、ありがとう…嬉しかった!」


  「寿命が縮まったぜ、でも良かった、ちゃんと挨拶出来て」


  「私もお父さんに紹介出来て良かった!」


  「本当は就職してから挨拶に行くつもりだったんだけどな」


  「そうなの?」 


    「ちゃんと一人前の社会人になって、柚子を貰う準備が出来てからにしようか考えてたんだ…」


  真っ赤な顔をして俯く樹君の表情から私のことを真剣に考えてくれているんだということが伝わってくる。
 私は深呼吸をすると俯き続ける樹君の手を両手で包み込むように握った。


 「柚子?」


  「樹君のお嫁さんになる為に私も頑張るね、樹君が私のことを真剣に考えてくれてるのがすっごく嬉しいよ…」


  「馬鹿…恥ずかしいだろ…」


 樹君は耳まで真っ赤にしながら私の手を握り返してきた。


  「ありがとうな…柚子…」


  「うん!そろそろ行こうか、帰りにまた会おうね」


  私達はそれぞれの場所に分かれて向かった。


 17歳、高校2年生の体育祭は無事に幕を降ろした。


 体育祭も終わり教室に戻った私はクラスメイトに取り囲まれて根掘り葉掘り質問された。
 クラスメイト達は私と樹君の幸せそうな走りが素敵だったと羨ましそうに話してくれた。


  当事者としては、恥ずかしくて逃げ出したい気持ちもあったけど、そうやって見ていた人が喜んでくれて嬉しかった。


  こうして17歳の体育祭は素敵な写真とたくさんの思い出が溢れる一日になりました。


  

 来年は樹君は高校にはいないけどきっと私と樹君は仲良く過ごせるような、そんな気がしています。


 

  
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